第18話「戦いに勝って、勝負に負けた?」



【すっっっっっっっご!!!???】

【俺たちは今、歴史的瞬間を目にした……!】

【英雄譚の戦闘シーンを見た気分だわwwwもしくは天上の戦いwww】

【なに……え、なに? カレンちゃんの動きも人外だったけど、アンジュちゃんの魔法はなんかもう次元が違わなかった??????】

【やばすんぎwww】

【世界広し、探索者の最上位勢は化け物だらけと言っても、こんな戦いができるのこの子たちだけでしょ……】

【彼女たちは紛れもなく世界トップレベルだよ】

【勇者候補……ってこの強さで候補止まりなのかよカレンちゃん? もう本物の勇者で良いだろ】

【↑そしてアンジュちゃんは勇者パーティーの魔法使いかwww】

【↑この強さはもはや魔王だと思うんだが??】


 かつてない速度で流れるコメント欄――ピックアップ機能を使ってもこの勢いなのだ、もとのコメント欄は自分で打ったコメントが一瞬で押し流されて認識できないレベルだろう。


「ふふんっ」


 しかし自分たちが賞賛されているのはわかるので、アンジュは上機嫌だ。――「派手に、格好良く」と配信でいつも意識していたことが今回は頭から抜けていたが、それでもこれだけ盛り上がっているのだ、成功と言っていいだろう。


「……とりあえず、脱出方法を考えよう、アンジュ」

「ん? ああ、そうね」


 アンジュの治癒魔術と自前の自己治癒能力によって回復したカレンの提案に、頷く。

 強制転移によってこの部屋に飛ばされたのだが、さて緊急脱出の道具もなしにどうやって帰ったものか――と真面目に頭を回そうとした、そのとき。


「ッ――」


 なんの前触れもなく、周囲の風景が切り替わった。

 機械兵の残骸が横たわるボロボロの大部屋から、見覚えのある薄暗い石畳の通路へと。


 ――転移したのだ。


「え――」

「……、」


 驚き声をこぼすカレン。アンジュはすっと目を細める。


 ――

 認識できなかった。アンジュたちをあの部屋に飛ばした術者が、再びアンジュたちを転移させた――その術に気取ることすらできなかった。


 その敗北感は――しかし、


【また転移!?】

【あ、でもここは罠にかかったとこか。ってことはボスに勝利したら強制的に戻される感じ?】

【ドロップアイテムを拾う暇すらなかったぞ。酷すぎるトラップ……というかイレギュラーだ】

のドロップアイテムとか、ウン百ウン千万の価値だぞ? もったいなさ過ぎる!】

【↑認識が甘い。そもそもの遭遇例自体がここ百年なかったし、研究材料として国でも探索者協会でも億単位出してくれるぞ】

【陸の大魔獣と言われるを倒すなんて、アンジュちゃんは凄いなぁ】


「――――――は?」


 呆けたような声が飛び出た。

 意味がわからなかった。

 コメント欄の内容が、アンジュたちの認識とズレている。


 真紅の蜘蛛型機械兵――


 ベヒーモスの存在はアンジュも知っている。実物に遭遇したことなどないが、本か何かで見たことがある。

 だから断言できる――アレは、ベヒーモスなどではない。

 だというのに――。


「……? なんでベヒーモス……?」


 カレンもコメントを読んだのだろう、疑問の声をこぼしていた。


 カレンはアンジュと同じ認識を持っている。だがそれは視聴者の話と乖離するものだ。

 ゆえに。

 嫌な予感を覚えたアンジュが、配信を行っている端末を取り出し――。


「ッ!!」


 気付いた。

 奥歯を噛みしめ、湧き上がる激情を辛うじて抑え込む。


……ッ!」


 浮遊式カメラが拾わない程度の小声で、アンジュは吐き出す。


――いや違うわ、――ッッッ!!」

「――ッ!?」


 隣のカレンが息を飲んだ。


 アンジュとカレンが戦ったのは確かにあの機械兵だった。だが配信上では、その機械兵の姿を――あるいは戦闘そのものを――


 注意を払っていなかったから気付かなかった。……そんな言い訳が頭に浮かぶが、「そもそも自分には同じことができるか?」という疑問がそれを打ち壊す。


 戦闘には勝った。

 だが、アンジュたちを何者かには――負けたのだ。


   ◆ ◆ ◆


 多大な敗北感を全身に受けながら、二人はダンジョンを出た。

 配信はすでに切っている。


 誰が、何の目的で配信画面を偽装したのかわからないので、無理に視聴者の認識を変えようとはせず、「強敵だったけどあたしの魔術にかかれば問題ないわ!」と言うだけに留めた。


 ダンジョンの出入り口を監視するように設置された探索者協会の支店で出入記録(ダンジョン内部で起こる事件への備えや遭難対策のために探索者の出入りを記録するもの)を終えると、視聴者から通報が行っていたのか転移罠についての報告を求められたので、転移術を仕掛けた誰かについては言及せず、表面上の事実だけを告げた。探索者協会は突発的な異常事態イレギュラーとして処理するだろう、というのがカレンの予測だ。


「…………、アンジュ」


 探索者協会職員による軽めの事情聴取から解放され、支店を出たところで、カレンが声をかけてきた。目を向けると、カレンは真剣な顔でこちらを見て――おもむろに頭を下げた。


「今日は本当にありがとう。そして、ごめんなさい」


 感謝と謝罪をいっぺんに受け、アンジュは両目をぱちくりさせる。


「ありがとう、はこっちも言わせてもらうわ。で、その謝罪はなにに対してよ?」


 尋ねると、カレンは少しだけ唇を噛んでから、絞り出すように言った。


「……私、足手纏いだった」

「……、」

「キミ一人なら、あの機械兵をすぐに倒すことができたよね? ……私が出しゃばったから、キミの得意な攻撃――周辺被害を考えないような大規模攻撃ができなかった。私がいなければ、あのとんでもない爆発を連発して、ごり押すこともできたはずなのに……」

「別に周りの被害を考えてないわけじゃないし、ごり押しが趣味なわけじゃ……って、そうじゃないわね」


 、違ったようだ。どちらにせよカレンに謝罪されることではないが。

 アンジュは意識を切り替えるように息を吐いて、カレンの金の瞳をまっすぐ見つめる。


「優秀な前衛であるカレンがいたおかげで、あたしはあいつの性質と行動を読めたのよ。だからカレンは足手纏いなんかじゃないわ」

「……無理に持ち上げなくて良いよ」

「嘘を言っているわけじゃないわ、事実よ」


 カレンに言ったことは本心だ。確かにごり押しできたかもしれないが、その場合酷い怪我を負っていた可能性が高い。相手はそれほどの強敵だった。


 アンジュの気持ちは正直に伝えたが、カレンの表情は晴れない。暗い声でポツポツと言葉をこぼす。


「でも、私の攻撃はやつに通らなくて……それに、を引きつけることもできなかった。私が提案したことなのに、自分の役割もこなせなかったんだよ……」

「それなんだけど」


 カレンの述懐を遮るように、アンジュは声を挟んだ。


「あたしの想像通りなら、聖剣の攻撃は通ってたはずなのよね。機械兵の中心部位を守っていた結界……あれはたぶん、だろうし」

「? どういうこと……?」


 この説明では理解できなかったようで、眉根を寄せるカレン。

 アンジュは、カレンが機械兵の中心部位を攻撃した際に発生した血色の放電を脳裏に思い描きながら、自身の考えを述べる。


「世界法則……この星に住む全ての生物が影響を受ける絶対の理。あの機械兵は、その影響を抜け出さなければ傷つけられないようになっていたのよ。そういう魔術をかけていたのか、特殊効果のあるアイテムでも組み込んでいたのかはわからないけどね」

「……、世界の理を越えるなんて」

「あんたは勇者で、攻撃手段は聖剣。。……って思ってたんだけど……」


 以前、師匠から聞かされたことと、直接見て感じたことからそう判断したのだが、実際には聖剣の刃は通らなかった。その事実がアンジュの頭を悩ませる。


「……それはきっと、私が聖剣抜刀できないから、じゃないかな」


 ぽつりと呟かれた沈むような声にはっとする。


「なるほどね。その可能性は確かにあるわ……!」


 思わず声を上げて。

 目の前のどんよりした空気に遅れて気付く。


「……やっぱり私、役立たずだったんだね……聖剣抜刀できない駄目勇者候補……殻も破れない勇者の卵……」

「あっ、いや責めたわけじゃ……ええと、カレンは駄目なんかじゃないわ。優秀よ、うん」

「ふふ……慰めなんて要らないよ。事実として、あの戦いで私は役立たずだったと判明したわけだし。あはは……」

「ああもう面倒くさいっ! 攻撃が通らなくたって相手の技を引き出したり、弱点を看破したりしてたんだから充分な活躍でしょ! 結論――あんたは役に立ってた、足手纏いなんかじゃなかった! はい終わりっ!」


 ハイライトの消えた目で半笑いを浮かべるカレンの意識を引き戻すため、強引に話を打ち切るアンジュ。しかしカレンは「あはは……」と半開きの口からこぼすばかり。正気に戻さねば、とアンジュが肩を掴んで揺さぶり――。


 と、そんなときだった。



「あら、暫定勇者パーティーは、能力の不均衡を理由に解散かしら?」



 小馬鹿にするような声が聞こえてアンジュが振り向くと、見覚えのある豪奢な金髪が目に入った。

 全身から高貴さを主張する少女――ローラ・メイザースが、二人に冷ややかな目を向けていた。


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