第17話「撃ち貫け」



 いつか、どこかの世界で。

 聖剣を返してもらうためにやってきた魔術師に、その勇者は気楽な調子でこう言ったという。


「え、聖剣抜刀の方法? んーなんだろ、こう、ぐぐぐっとやってデュアーン!! って感じ? ……いやふざけてないよ、わたしをふざけさせたら大したものだよ。ん……ま、そうだねぇ。重要なのは、……、かな」


 勇者の少女は、へらへら笑ってこう続けた。


「聖剣を握る限り勇者は勇者らしくするべきだけど、その勇者らしさは自分で決めて良いと思うよん。少なくともわたしはそうやって戦ってきた。――本当に勇者の役割を果たそうとするなら、そもそもわたしのやったことはNGだしね」


   ◆ ◆ ◆


 アンジュは、誰かと一緒に戦うのは初めてだった。

 正確には、強敵を相手に共闘するのが初めてだった、と言うべきか。


 魔法使いメイジ、そして魔術師ウィザードというのは後衛職であり、前線で戦う仲間をサポートしつつ、前衛が生み出した敵の隙を突いて必殺の攻撃マジックを叩き込むのが本来の役割ロールだ。


 ……最初にはっきりと言っておくが、カレン・メドラウドは紛れもなく英雄級の強者だ。


 アンジュ一人では恐らく未知の敵――真紅の蜘蛛型機械兵に対処しきれなかっただろう。……先の転移術の影響で、アンジュが意識をそちらに持って行かれていたことも原因の一つだが、カレンという実力のある前衛がいたおかげできちんと戦いになっていたことは事実だ。


 しかし、カレンの攻撃は機械兵に通らなかった。

 カレンは二度目の中心部位への攻撃で気付いたようだが、同時にアンジュも察していた。


 単純な威力か、それとも別の要因があるのか――機械兵の中心部位(蜘蛛なら頭胸部だろうか?)に対し、カレンの攻撃は無効化されるが、アンジュの攻撃は通用する。


 ……機械兵の中心部位を守る結界を突破する条件に対し、アンジュはおおよその予想を立てている。

 恐らく間違っていないはずだ。肌で感じ、魔力でかいし、魂で納得した――すなわち「世界法則を越えられるか、否か」。


 だが、仮にその予想が正解だとして――が、わからない。



「けほっ――――〝晴れろ〟」


 部屋に充満する血色の粒子を魔術で吹き飛ばし、アンジュは素早く視線を巡らせた。


 機械兵の八つ足から飛び出した砲門、そこから発射されたクリムゾンレッドの閃光――否、ビーム攻撃は大広間全体を雑に薙ぎ払った。部屋内のアンジュとカレンは当然の如く範囲に含まれており、両者とも咄嗟に防御姿勢を取ったが……攻撃の威力は想像を絶するもので。


「つぅ……ッ」

「ッ、カレン!」


 少し離れたところで、カレンが膝を突いていた。床に突き刺した聖剣に体重を預けるような体勢。血を吐いたのだろう、唇が赤く濡れている。その全身は一目見ただけでボロボロだった。


 攻撃の直前、カレンはアンジュより前にいた。機械兵に近かったせいで、アンジュよりダメージが大きかったのだろう。


 アンジュはすぐさまカレンに近寄り、回復の魔術をかけ――ようとして。


「――ッ、〝跳ね返せ〟!」


 咄嗟の防御が間に合い、橙色の防御膜シールドが飛来した血色の光線を反射する。


 真紅の機械兵は健在だ。その足の砲門のいくつかはオーバーヒートしたように口から蒸気を吐いているが、無事なものは無機質な殺意をたたえてアンジュたちを睨んでいる。


「アンジュ……私は放っておいて」

「んなことできるわけないでしょッ、馬鹿なの!?」


 傷だらけのカレンの言葉に反射的に叫んだが、勇者の少女はゆるゆると首を振った。


「大丈夫……勇者の基本能力として、強力な自己治癒能力があるから、放っておいても徐々に治っていくよ。だから今は、私のことよりも、やつを――お願い」

「……、ええ、わかったわ」


 金色の瞳にじっと見つめられ、その力強い視線にアンジュは頷き返す。


 カレンを守るように、一歩前に足を出す。

 ふよふよと浮遊式カメラが追ってきた。――こいつ、壊れてなかったのか。さすがに高級品とはいえカレンをボロボロにする攻撃を受けて無事とは思えないし、たまたまアンジュの防御の内側にいて難を逃れたのだろう。運の良いやつめ。


「――ふぅ」


 短く息を吐き、まっすぐ機械兵を睨み据える。


 ――今日は驚くことばかりだ。

 聖剣を振るう勇者の少女。アンジュの技術を上回る転移魔術を扱う誰か。そして、目の前の未知の機械兵。


 アンジュは個人の限界に辿り着いたと思っていた。だから魔術を広めて、新しく魔術師を目指すものを生み出そう――そしてその存在と切磋琢磨できる環境を作ろう、と考えていたが……それは間違いだった。


 まだ、上はいた。

 技術を磨くため、能力を鍛えるための挑むべき上位者ちょうどいい強敵は――存在したのだ。


(……


 自分より上の存在を知っていただろう。師匠という偉大な魔術師を、彼女と同じく表に現われない深淵の存在を。


「あは」


 笑って。

 アンジュは目の前の強敵に指を向ける。


「〝乱れ撃て〟」


 いつか黒鬼ブラックオーガに放ったものと同じ魔術。しかし規模、威力ともに比較にならないほど高め、もはや別次元の技と化している。


 一秒の間に五本の氷の武器が生み出され、それらがまるで機関銃のような音を立てながら間断なく撃ち放たれる。五本で終わらない。次々と、莫大な魔力を材料に、尽きることなく武器タマは製造される。


 一つひとつが異次元の堅さを持つダンジョンの床すら砕く、必殺の刃。


 しかし、殺意の嵐の標的となった機械兵はその八本足を器用に使って武器タマを弾き、逸らし、捌いていく。その動きは徐々に速度を上げ、最適化を進めるにつれて風を纏い――いつしか独楽こまのように回転を始めた。


 そして、


「――ッ、〝跳ね返せ〟!」


 一瞬の発光を見逃さず、アンジュは橙色の防御膜シールドを構築。直後、四方八方へ血色のレーザーがばらまかれた。


 大技によってそこら中に穴が空いていた大広間が、無差別攻撃によってさらに傷ついていく。そんななか、アンジュとその後方のカレンを狙ったものは魔術によって反射され、弧を描くようにして機械兵に殺到する。――今日の配信で一度説明したものだ。威力を十倍にして返す増幅反撃の防御膜エクセシブ・アヴェンジ


「〝縛り圧せよ〟――〝硬く重くれ〟」


 自身が放った分に上乗せされて返ってきた血色の光線を横に跳んで回避した機械兵、その着地点を指定し、影縫いによって足を強制的に止める。アンジュはそのまま間髪入れずに魔術を行使、機械兵の頭上に巨大な金属球を出現させた。


「――〝押し潰せ〟!!」


 金属球に手を向け、振り下ろす動作をする。さながら歌い始めを指示する指揮者のように、あるいはギロチンの刃を落とす死刑執行人のように。


 ズゥン……ッッッ!! と床が大きく沈むような独特の浮遊感と振動。下敷きになった標的はぺちゃんこだろう――普通ならば。


 もちろん機械兵がそんな常識通りの反応を見せてくれるとは思えない。

 だからこその、次の手。


「〝〟」


 瞬間――視界を、世界を灼く純白の閃光。


 説明すれば簡単で。――機械兵を押し潰した金属球は爆弾だったのだ。


 当然ながら自分の攻撃で傷つく趣味はアンジュにはない。事前に構築していた術式の通り、アンジュとカレンを守るように防御膜シールドが現われ、恒星ほしの爆発を思わせる超高温の余波を遮ってくれる。


「――す、ごい――」


 宇宙の始まり、あるいは惑星せかいの終わりを見たような。

 呆然としたカレンの呟きがアンジュの耳朶を打つ。


 その賞賛に思わず口元が笑みの形を作って――。


 刹那、


「――〝拒め〟ッ!!」


 全身に走った電撃のような感覚に従い、防御術式を構築。

 果たしてその反射的な行動は正しかった。


 真紅の槍が、アンジュの眼前で魔力の壁に激突し、火花を散らした。


「ッ、違う――」


 槍、ではなく

 すなわち――蜘蛛型機械兵の足の一本。

 


「アンジュ、上――ッ!」


 カレンの鋭い声に、弾かれたように視線を上げ――

 頭上から降ってくる、真紅の蜘蛛を。


 ――あれだけの攻撃を受けて、やつは未だにたおれない――!!


 機械兵は残った足を束ね、ドリルのように回転を加えながら迫り来る。

 アンジュとカレンを磨り潰し、床の染みに変えるつもりだろう。たとえ防御膜シールドを構築したとしても削り切られてしまう勢いだ。

 回避は――傷だらけのカレンが咄嗟に動けるとは思えない。


 万事休す。

 その、絶望的な現実を前に。


「あは」


 アンジュは笑った。

 まるで、チャンスだとでも言うように。

 そして、真上から降ってくる機械兵の足――そのを見出し、指を差す。


「〝撃ち貫け〟」


 慣れ親しんだ詠唱。

 一条の闇が、天をく。

 ――機械兵の中心部位を貫いて。


「――――、」


 細い糸のような、あるいはキャンバスにまっすぐ引いた一本の線のような攻撃。しかしそこに秘められた威力は見た目と一致しない。


 内部を貫通する刹那の間に、闇は音もなく喰らい尽くしている。

 生物であれば内臓を、機械であれば中枢機構を。

 

 中身を失った真紅の蜘蛛は、アンジュの小さな爆発を起こす魔術によって弾き飛ばされ、部屋の中央に転がった。傷だらけの足が力なく垂れる。ガラス質の部位はヒビ割れ、カメラアイはすでに消灯していた。


 沈黙。

 目の前の光景を理解するのに数秒を要したのだろう、カレンはいくつかの呻き声に似た吐息を漏らし――やがて、絞り出すような声音で囁いた。


「勝った……んだよ、ね……?」


 対し、アンジュは「ふん」と鼻を鳴らして、


「ええ――勝利よ。あたしたちの」


 とびきりのキメ顔を浮遊式カメラに向けた後――すぐさまカレンに駆け寄り、治癒魔術を施すのだった。


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