第16話「VS蜘蛛型機械兵」
「アンジュは後衛から援護して。まずは私が――斬り込むッ!」
聖剣を構え、カレンは地を蹴った。候補止まりとはいえ勇者は勇者。その優れた肉体は爆発的な加速を生み出し、数十メートルの距離を一瞬で詰める。
標的――真紅の蜘蛛型機械兵。
やや潰れた丸ボディから八本の足が生えたそいつに、生物的な目はない。代わりに、ガラス質の部位に灯る
(――私の動きに、付いてきている――ッ?)
内心の驚愕を振り払うように、カレンは聖剣を叩き付ける。
瞬間、ギィン――ッ!! という金属音が大広間を突き抜けた。
「――ッ」
――斬り裂けなかった。
一般に破壊不能と言われるダンジョンの壁すら斬り裂く聖剣が、真紅のボディにひっかき傷に似た小さな痕を付けるだけに留まった。
カレンは目を見開き、――しかしすぐさま身を捻る。
直後、カレンの体を掠めるように、機械の足が
反撃を辛うじて躱したカレンは、続く別の足の攻撃をバク転の要領で回避する。と同時、隠し持っていた短剣を二本、カメラアイに向かって投げ放った。
「ちッ」
聖剣で切断できなかったボディよりも幾分か脆いと予想していたガラス質は、しかし短剣の切れ味では貫けない程度の硬度を持っていたようで、軽い音を立てて弾かれてしまう。――が、ダメージを与えることが目的ではない。
反射か危険度の計算結果か、機械の目がカレンを追う。
そこへ、
「〝撃ち貫け〟」
殺意の籠もった詠唱。高速飛翔した三本の漆黒の槍が続けざまに機械兵を突いていく。
「ナイス攻撃っ!」
「誘導ありがとうっ!」
互いに短く言葉を交わして、――しかし油断はない。
膨大な魔力を乗せていたのだろう、着弾から数秒の間、黒い稲妻がビリビリと空気を灼いていた。だが、攻撃を受け止めた機械兵は機能停止していない。――カメラアイに直撃する寸前で、前足を使って庇ったのだ。アンジュの魔術の威力は凄まじかったようで、その足はひしゃげているが――。
(なんて反応速度――いや、もしかして目だけで判断しているわけではない……?)
推測を立てつつ、カレンは機械兵の背後に回り込む。アンジュと二人で挟む立ち位置だ。
「〝縛り圧せよ〟」
アンジュの魔術が機械兵の影を操り、足と床とを縫い付ける。ただ拘束するだけではない。巻き付いた影の縄はさらに圧力をかけ、握り潰さんとばかりにぎゅうぎゅうと八本足を締め付けていく。
その動けない隙に、
「ふッ、ぅ――ッ!!」
気合いと大量の魔力を籠めて、カレンは聖剣を突き出した。
狙いは足ではなく、中心部位。
潰れた丸いボディに黄金光を纏った刃が激突――落雷にも似た轟音が部屋全体を震わせた。
だが、その大音量に反して傷はない。
代わりに、血色の火花が舞った。
(な、に――っ?)
手応えはあった。足ではなく中心部位なら攻撃が通る――そう思える感触だった。それなのに、かすり傷さえ見られない。
疑問を抱きつつも、勇者の体は敵の速度に遅れない。重力を感じさせないほど軽快に上へ跳んでひらりと舞うと、直前までカレンが踏んでいた床を機械の足が鋭く貫いた。――機械兵は魔術の影を強引に引き千切り、拘束を脱したのだ。
「〝貫き
大広間を一直線に引き裂いたのは、純白の光線。
中心部位をまっすぐ狙ったアンジュの魔術は、しかしまたも機械兵の足が庇い、逸らされてしまう。
その様子を見届けながら、カレンは空中で身を翻す。靴の裏を天井へ向けた体勢だ。
「ら、ァ――ッッッ!!」
聖剣を大きく振り上げ、裂帛の気合いを叫ぶ。
同時、足で空気を蹴った。――空間固定の魔法だ。即席の足場を作り、それを自ら破壊する勢いで蹴り出すことで、爆発的に加速し落下する。
脳天を叩き割るように。
頭上から超速で降ってくるカレンに、機械兵の防御は間に合わない――。
バジィッッッ――!! と。
電気が弾けるような音を立てて、聖剣ごとカレンの体は弾かれた。
「――――ッッッ!?」
血色の放電が機械兵の中心部位を覆うさまを見届けながら、カレンはなんとか空中で体勢を整え、着地。
かつてないほど強烈な手応えだった。
確実にその体を砕いたと思えるほどに。
だというのに――弾かれた。
――いや。
(
表面上の事実を言語化して。
(――いや、待って)
そして、違和感に気付く。
(私の攻撃はそのまま受けるのに、アンジュの攻撃は足で防御した……?)
カレンの攻撃はシールドで受けて問題ない。対処する必要がない。
しかし、アンジュの攻撃はシールドを頼れなかった。足で防御しなければいけなかった。
なぜか?
アンジュの攻撃は、シールドでは防げないからではないか――?
理解したカレンは、後方の仲間に向かって叫ぶ。
「アンジュ! 私が足をなんとかするから、キミの全力で中心部位を攻撃してッ!」
「――ッ、わかったわ!」
返事を受けるや否や、カレンは再び地を蹴り突撃する。
――足にだってまともに攻撃は通らない。
己の力不足を悔やむばかりだが、しかし勇者候補として奥の手くらいはある。
……いや、これは奥の手と言うより――本来使えていなければならない力、なのだが――。
「ふぅ――」
カレンは小さく息を吐いて。
引き延ばされた時間の中で、己が握る剣へと意識を向ける。
(応えて――聖霊。私はこんなところで死ねない。負けられないの)
心中での呟きに――果たして答える声があった。
『汝、なにを目的に
女性の声だった。
初めて返事があったことに驚くが――すぐにカレンは胸の内を答える。
(決まってる――この星を、守るためだよ)
記憶にある
それが間違いなくカレンの想いであり、戦う意味である――。
『そうか。――では、駄目だ』
「は――っ?」
気付けば、カレンは機械兵の目の前にいた。
咄嗟に聖剣を振るって足を斬りつけ、反動を利用し横へ跳ぶ。機械兵の反撃を回避しながら、混乱する頭でなんとか考え――ようとして。
「ッ」
全身に走った
突然の警鐘は、機械兵の変化を視界に捉えたことに由来する。
八本足が――ひしゃげた一本も含め――ガチャガチャと音を鳴らし、その内部から筒を表に出した。明らかに体積が合っていない気がする大きさ。内部構造が果たしてどうなっているのか、科学でも魔法でももちろん生物学でも読み解けない。
銃口。あるいは、砲門。
赤黒いカメラアイが、ギラリと光ったように見えた。
(まず――っ)
理解した瞬間、カレンは体勢を低くし聖剣を盾のように前方へ構える。少し離れたところからアンジュが呪文を唱える声が聞こえた。
直後のことだった。
ビィ――――ォォォォオオオオッッッ!! というどこか異質な轟音。
そして、世界はクリムゾンレッドの閃光に呑み込まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます