第15話「異常事態」



 ――アンジュ・スターリーは希代の使である。

 歴代の勇者パーティーに参加してきた魔法使いたちにも劣らない天才であり、相応しい実力を備えている。

 同時に、歴代の勇者パーティーの魔法使いたちに負けず劣らずクセの強い人物である、というのも事実か。


 カレン・メドラウドを名乗るウサギ宇宙人グレイの仮面を付けた少女は、頭の端っこでそう評価を下した。


「――良く見てなさい! これが『殴られた分の十倍の威力が跳ね返る防御壁シールド』よ!」


 拳を握って勢いよく走ってくる赤鬼オーガに向かってアンジュが手をかざし、透明度の高いオレンジの膜を魔法――否、魔術で構築する。魔法で言えば〝反射幕リフレクター〟か〝爆発盾ニトロシールド〟が近いか。


 オーガが全身の血管を浮き上がらせながら拳を振り下ろすと、攻撃を受け止めた橙色の防御幕シールドがバジィッ!! と同色の雷光を迸らせた。直後、アンジュの説明通りに威力を跳ね返されてその巨体が吹き飛ぶ。


【!!!???】

【オーガが吹っ飛んだ!?】

【漫画みたいなぶっ飛び方www】

【物理法則さんはいずこへ? ちゃんと仕事して(震え声)】

【なんか放電した? すげえ綺麗に光った気がする】


 オーガの肉体がダンジョンの壁に激突し爆発四散する惨状を遠い目で眺めつつ、カレンは素早くコメントを把握する。一秒の思考を挟んで、浮遊カメラにも拾ってもらえる声量でアンジュに問いかけた。


「……これ、〝反射幕リフレクター〟とどう違うの? エフェクトが違うだけじゃない?」

「派手でカッコイイでしょ?」

「……。見た目以外の違いは?」

「んー……まあ単純に跳ね返す威力が等倍そのままじゃなくて十倍になっているのと、受け止められる威力の上限かしら。〝反射幕リフレクター〟は――というか魔法全般には――暴走防止の制限リミッターがかかってるから、ダークドラゴンのタックルとかは防げないだろうし」

「…………最上級ダンジョンの階層ボスを比較対象に出されても……」


 頭痛がしたような気がして、カレンは額に手を当てた。本日五度目である。


【はえー、すっごい】

【勇者……じゃない、ウサギ宇宙人ちゃんもお疲れの顔ですね……】

【オーガの肉体ってあんな風に破裂するんだな(白目)】

【え、魔法ってリミッター付いてるの?】

【↑俺も初耳だわ】

【とりあえずリフレクターの強化版だってことはわかった(わかってない)】


 この配信でのカレンの役割は、生徒役。視聴者の疑問を代弁してアンジュにぶつけるのだが、肝心のアンジュの説明が一般人の感性からするとぶっ飛んでいるのでなんともやりづらい。というかもはや視聴者側は「なんかそういうやつだからそうなってる」と別世界の理論を聞いている気分だ。理解することを諦めている。


 ただ――探索者としてその動きを見ると、とんでもなくと思った。同時に、ズルい、とも。


 本来斥候スカウトが請け負うモンスターの警戒や罠の発見を魔力感知と魔術の併用で代行し、

 地図の代わりに鷹の目だか反射波測定レーダーだかでダンジョンの内部構造を丸裸にし、

 超威力・異次元理論の魔術が各種耐性持ちのボスモンスターだろうと瞬殺する。

 しかも探索に必要なアイテムは全て(本人曰く無限に近い容量の)異空間に放り込んであり、いつでも魔術で取り出せる。


 ……仲間としてそのハチャメチャな強さは心強いのだが――同時に、思う。


(この子は、どうしてここまで強いんだろう……?)


 しばしば、世界には物語の英雄染みた桁外れの力を持った人間が生まれる。

 かつての勇者パーティーのメンバーや、当代最強の魔法使いがそれに当たる。

 勇者候補であるカレンもその一人なのだが、しかしアンジュと比べると見劣りしてしまうだろう。


 言うなれば、反則級チート

 ……ごく稀に、人類の限界を軽々と突破する理解不能な化け物が世に現われる。

 指定禁域の最奥に待ち構える神話級の怪物を単騎で下したり、イレギュラーの超強化個体を剣の一振りで両断して見せたり、最上級ダンジョンを最速攻略チャレンジ(平均タイム三十分)するようなトンデモ身体能力を備えていたり。


 その多くが前世持ち――管理者かみさまを自称する上位存在との接触経験のある、星の理から外れた者たちなのだが。


(……たぶん、この子は違うかな)


 

 ただし、出会ったのはもっと別の存在だろう。

 なにも証拠はないが、勇者としての勘が囁いた。

 あるいは――カレンの持つ記憶が、「この子は特別だ」と騒ぎ出すのだ。


 だって。

 目の前の銀髪の少女は、かつて自分を救ってくれた――やるべきことを明確にしてくれた恩人と、酷く似た気配を纏っていた。


 あるいは、魔力。

 そして――紅玉ルビーの右目。

 記憶の中にあるとそっくりのツインテールも、影を重ねてしまう要因だろう。



『――カレン。あんたの抱えるを現実にしたくないのなら、勇者になりなさい』



「っ…………はあ」


 気付かれない程度に小さく息を吐いて、蘇ってきた記憶を振り払うようにかぶりを振る。

 、余計にそう思ってしまうのだ。

 口の中で悪態を吐いて、カレンは配信に意識を切り替える。


「さあ、どんどん行くわよ! カレン、わからないところがあったらすぐに質問して! あたしが完っ璧に説明してみせるから!」

「……、まあ、欠片くらいは理解できるように頑張るよ」

「意識が低い!? いっそ『世界最高の助手の誇りにかけて、完璧にサポートしてみせる!』ってくらい言いなさいよっ!」

「別に助手としての誇りとかないし……」


 と、そんな会話を交わしているときだった。


「ん?」


 まず、アンジュが疑問の声をこぼした。

 なにか気になることでもあるのか、キョロキョロと忙しなく視線を四方八方へ飛ばし始める。恐らく魔力感知と探知の魔術を併用し、違和感の正体を調べているのだろう。

 カレンはその動きを見て、何事かと周囲の気配を探り始め――。


 全てが遅かった。

 カレンの足下を中心に、突如として円形の幾何学模様が出現した。


「――こ、れは……転移の魔法陣……!?」


 アンジュが両目を見開き、驚愕を表わす。

 それも当然か。

 転移――とそれだけで超高難度の「一般技術では実現不可能な現象」であるのだが、ことダンジョン内においてはさらに難易度が跳ね上がる。理由は、ダンジョン自体が転移を阻害する特殊な空間だから。


 それを何者かが突破した、とは考えにくい。難易度的な意味だけでなく、動機の意味でも。

 であるならば、答えは一つ。――ダンジョンのトラップだ。

 しかし、


(なにが切っ掛けで発動した……!? いや、そもそも――アンジュと私の警戒をすり抜ける罠が、上級ダンジョンにあるなんて――)


 アンジュの超技術は言うまでもないが、カレンだってソロで上級ダンジョンを攻略できる上澄みの探索者だ。単独攻略時の必須技能である罠探知の技能は当然鍛えている。

 それなのに、トラップに気づけなかった。

 配信中だからといって気を逸らしていたわけではない。だというのに――。


「っ」


 思考を打ち切り、カレンは足を動かす。

 わかりやすく足下に魔法陣が描かれているのだから、その範囲から出てしまえば良い。

 単純な発想だが、これが設置型トラップの対処として最も簡単で確実な方法だ。


 ――しかし。


「はっ?」


 体が動かなかった。

 石化か麻痺の状態異常バッドステータスでも食らったときのように、肉体が脳の命令を受け付けない。


「――ッ」


 魔法陣が一際強く発光した。

 テレビのチャンネルを切り替えるように、視界が全く別の風景に入れ替わる。

 薄暗い石畳の通路から、青白いランプが照らす大広間へと。


【え?】

【なにが起こった!?】

【転移罠!?】

【いやイレギュラーだろこれ!? やばいって!!】

【なんだこれ……広いな。まさかボス部屋か!?】

【ボス部屋!? 強制的にボス戦をさせられるって凶悪すぎるだろ!!】

【こんな部屋見たことないんだが?】

【探索者協会のデータベースにもないんだけど!?】

【まさかの隠し部屋か。転移罠を使わないと行けないタイプの】

【え……あれ? なんか奥にいない?】


 コメント欄は大騒ぎだった。

 当然か。配信者がトラップにかかった――それも凶悪な転移の罠だ。緊急事態と判断して、探索者協会に通報が行っているかもしれない。……ただ、いくつかのコメントから察するに、ここは未確認エリアだろう。すぐに救助が来るとは考えづらい。


「アンジュ、『戻りの宝珠』は持ってる……? 緊急脱出のための。もの凄い希少レアだから、私は今持ち合わせがないんだけど……」


 と、否の答えを八割方予想しながら問いかけたが、すぐに返事はなかった。

 訝しみ、カレンはアンジュに目を向けて――息を飲む。


「……、」


 アンジュは、酷く険しい表情をしていた。

 いつなる時でも自信満々な態度を崩さないあのアンジュが、だ。その額には玉の汗が浮かんでいる。


 ――いや、転移の罠で未知の領域……それもボス部屋らしき場所に飛ばされたのだ。誰だって恐怖し、顔をこわらせるだろう。


 そう心中で納得したカレンだったが、アンジュがこぼした言葉は別のことだった。


「…………?」

「え?」


 聞き間違いかと思った。

 呆けたような声を漏らすカレンに、アンジュは声色に悔しさと――わずかばかりのにも似た感情を乗せて続ける。


。あたしはそれの妨害を試みたけど、失敗した。の方が早くて、上手かった」

「相手……って、トラップだよ? そんな、誰かが私たちを攻撃したみたいな言い方……いや確かに『罠イコールダンジョンからの攻撃』って認識なら間違いじゃないかもしれないけど」

「いいえ、違うわ。


 アンジュは敵の存在を断言した。

 強制転移現象はダンジョンが仕掛けた罠ではなく、何者かの手による術だと。


「あたしを上回る魔術を使えるなんて……それこそ師匠くらいのものだけど」

「……、」


 たらりと額から汗を垂らすアンジュを横目で見て、カレンは覚悟を決めた。


 視界の半分を覆うウサギ宇宙人グレイのお面を外し、異空間収納インベントリに突っ込む。そして、代わりに一振りの大剣を取り出した。――聖剣だ。

 同じ空間に引っ張り出された瞬間、その存在を主張するように黄金の輝きを撒き散らす聖剣を目にして、アンジュが囁いた。


「いいの? 人前で見せちゃ駄目なんでしょ?」

「命よりも大事な約束ってわけじゃないからね」


 言いながら、カレンは聖剣を片手に一歩前に出る。

 目線はまっすぐ――を見据えていた。


 人魂のような青白い灯火が揺らめく大広間、カレンたちが立つ反対側から歩いてくる八足歩行のそいつ。

 真紅のボディをした、蜘蛛のようなシルエット。その金属質の質感から、機械兵という単語がカレンの頭に浮かんだ。


「……強大な敵を前にして全力を賭さないやつが、勇者なんて名乗れるわけないよ」


 名称不明の怪物を前に、勇者の卵は金色の瞳に火を灯す。


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