第14話「四度目の配信、with助手」



『宛先:聖域の魔王様

 本文:予定していたメンバーから変更があったため、難易度の調整を要求。

    第一試練をレベル3から5へ』


『宛先:敗北系幼馴染み賢者

 本文:お忙しい魔王様に代わって、この白き美少女がお答えしまぁす!

    了解。しょっぱなから地獄を見せてやるぜ(キリッ)』


   ◆ ◆ ◆


「配信の内容だけど」


 携帯端末を弄って配信準備を進めながら、アンジュは配信の助手パートナーであるカレンに説明する。


「あたしが先生役として魔術を説明して、視聴者が理解できてなさそうだなーってところを生徒役であるあんたが質問する、って感じでやりたいのよ」

「ん……なるほど。つまり意味不明なところに遠慮なく突っ込みを入れれば良いってことだよね?」

「まあ……間違ってはない、かしら? うん、それで良いわ」


 なぜかシュッシュッとシャドーボクシングするカレンに、アンジュは首を捻りつつ肯定する。


「……って、そうだ。キミ、服はそのままで良いの? 身バレするよ?」


 カレンがアンジュの衣服に目を向け、言う。

 指摘され、アンジュは今頃になって自分が制服のままだと気付いた。


「あー……そういえば着替えてなかったわね」


 本来であれば一度帰宅し、着替えてからダンジョンに入る予定だったのだが、校門でカレンに呼び止められ、そのままファミレス、そしてダンジョンへと行ってしまった。自分の格好をすっかり忘れ、着替えるタイミングを逃していた。


「どうする? 今日はやめておく?」


 と(なぜか少し期待した目で)言ってくるカレンに、アンジュはにやりと笑みを見せて、


「〝闇よ〟」


 呟きは、詠唱。

 アンジュを中心に半径五メートル範囲がまるで真っ黒のペンキをぶちまけたような漆黒に塗り潰される。

 次いで、


「〝新たな姿へ〟――〝晴れろ〟」


 二つの呪文により、わずか五秒で闇が晴れた。

 と、


「えっ」


 カレンが驚きの声を漏らす。

 彼女の視線はアンジュの体――否、服を見て止まっている。

 理由は単純。アンジュはつい先ほどまで制服に身を包んでいたのに、今は別の服を着ていたからだ。


「ふふん。どう? 早着替えの魔術よっ!」

「……いや凄いけど、わざわざ魔術でやることかな?」


 カレンが引き攣った顔で言った。

 対し、アンジュは胸の前で腕を組みながら、


「もちろん。だってカッコイイでしょ?」

「格好良い……? 便利そうではあるけど……」

「参考にしたのは魔法少女もののアニメと、変身ヒーローのアレね。本当はもっと早くしたいんだけど……うん、今後に期待してて」

「充分早いと思う。……というか、参考にしたものの割にはキラキラしてないのはどうして?」


 魔法少女や変身ヒーローのピカピカ演出を思い浮かべたのだろうカレンの問いに、アンジュは格好良いキメ顔(アンジュの主観)で答える。


「だってあたしは魔術師だもの。闇の方が、でしょ?」

「なんだ、ただの中二病か……」

「?」

「知らないのか……。アレだよ、格好良いものが好きな人の総称だよ、うん」


 なぜか目を逸らしたまま言うカレンに、アンジュは左右異色の目オッドアイをぱちぱちとまばたかせた。


   ◆ ◆ ◆


 ともあれ。

 配信についてのいくつかの問答(○○の場合はどうするか、などの認識の共有)をした後。

 いつもの時間(夕食時)よりもやや早いが、四回目の配信をスタートする。


「テステステス……よっしよし。こんばんは――ん、こんにちは? 魔術師のアンジュよ!」


【お、珍しい時間に配信だ】

【って言ってもまだ四回目ですけどね】

【こんちゃ~】

【来ちゃ、こんばんはアンジュちゃん!】


「現在時刻は十八時六分……こんばんはで良いと思うよ。……どうも視聴者さん、今回から生徒役として参加するカレンだよ。よろしく」


 ひょこっとアンジュの隣に立ち、浮遊カメラに向かって挨拶するカレン。

 初めて映る共演者に、コメント欄は湧き上がった。


【おおお!? 新たな美少女の登場だ!】

【かわいい。くぁわいい】

【コラボ?】

【↑配信者ではなさそう。概要欄にも書かれてないし】

【↑配信タイトルを捻りすらしないアンジュちゃんがまともにコラボ相手のチャンネルリンクなんて貼れるとは思えないんだよなぁ】

【生徒役 いず なに?】


「生徒役って言うのは、あたしがする魔術の説明でわからなかったところに質問をしてくれる役のことよ」


【???】

【つまり突っ込み役?】

【アンジュちゃんの異次元理論に突っ込み入れてもまともな回答なんて返ってこないと思うんだがw】

【別世界の法則で生きている人間に俺らの常識で質問しても無意味では?】


「……、なんかおかしなことを言っている人がいるんだけど」

「突っ込み役って認識は正しいかな。あとアンジュが超理論振りかざしているのは事実だと思うよ」

「は?」

「嘘。冗談だよ。半分くらい」


 ぴゅるる~、と(そこそこ上手な)口笛を吹くカレン。

 ちなみにカレンもアンジュと同じようにコメント欄が見えている。超高級浮遊式カメラの機能のおかげだ。性能の高さに感謝である。


 と、そんなやりとりをしている中で、あるコメントが流れを変えた。


【あれ? この黒髪の子、『星霊の剣』の勇者候補じゃない?】


「うわちゃ」


 カレンが反射的に表情を苦々しく歪めた。


【勇者候補……って、あれは男じゃなかった?】

【↑それはミーシャちゃんのところに映ったイケメソ。この子は最近『星霊の剣』に所属した美少女や】

【勇者ってマ? なんでわかるの?】

【↑イケメソの方は聖剣(?)ブッパしてダンジョンぶっ壊したのが映ったから。この子は星詠みの賢者が勇者候補であることを仄めかしてるから】

【ってかこの子、どっかで見たことある気がするんだよな……?】

【美少女だから覚えてたわ。たしかアラヤ王国の新聞かニュース辺りに映ってたことがあったような……?】


 自分の素性に関するもので埋まるコメント欄を見て、カレンが小声で呟く。


「……やっぱり宇宙人グレイのお面、付けておくべきだったね」

宇宙人グレイじゃないわよ、白ウサギ」

「アンジュ。宇宙ウサギのお面、ちょっと出してくれないかな?」

「混ざって月ウサギの変種みたいになってるわよ」


 言いつつ、異空間から取り出した白ウサギのお面をカレンに渡す。……ちなみに空間の穴を開けて手を突っ込む部分が視聴者的に驚きポイントだったようで、少々コメント欄がざわついていた。


 カレンはお面を顔に付けると、カメラに向かって咳払いを一つ。それから少しだけ声のトーンを上げて、


「こ、ここにいるのは麗しの勇者候補カレン・メドラウドなどではなく、ウサギ宇宙人なので」


【いや無理があるw】

【え……なにこの仮面? うさ……いやこれは決してウサギではないな】

【『速報』大手ギルドの新人ちゃん、宇宙人の仮面を付けて配信者デビュー】

【どうして美少女の顔を隠す必要があるんですか?(純粋な疑問)】

【すでに切り抜かれてるから今更顔を隠しても無駄なんだよなぁ】

【一万人越えの視聴者が目に焼き付けましたよ^^】


「……、う、ウサギ宇宙人なので」

「カレン」

「ウサギ宇宙人だよ、アンジュ」

「無理があるでしょ。あと宇宙人じゃないわ、白ウサギよ」

「私はこれを普通のウサギだとは認めたくない……」


 なにやらぶつくさ言いながら仮面を横にずらす。前が見えにくかったらしい。いちおう顔は隠し続けたいのか、正面から見れば顔の左半分が隠れる形にしている。……ほぼ無意味な気がするけど。

 アンジュは配信を先に進めるため、こほん、と咳払いを一つ。それから胸の前で腕を組み、(カメラ写りを考えながら)ツンと顔の角度を変えて、


「これはあたしの配信よ。カレンの正体なんてどうでも良いわ」

「ウサギ宇宙人だよ」

「カレンは、あたしの配信においてはただの助手だから!」

「せめて協力者とかにしてくれないかな?」


 カレンは不満のようだが、コメント欄はアンジュの誘導に乗ってくれたようで、少しずつカレンの所属や正体についてのコメントは減っていった。


【了解! ただの宇宙人の仮面の美少女だなっ!】

【OK! 実は大手ギルドの秘蔵っ子で勇者候補とかは心の内に秘めておくのだぜ!】

【助手ちゃんは顔半分隠れてても可愛いなぁ】

【常識人としてアンジュちゃんの超理論に突っ込みを入れてくれることを期待しよう】


「やさいせいかつ……」

「? カレン、野菜好きなの?」

「そういう意味じゃないけど……」

「あ、キャラ作りのために人参食べる?」

「私、このお面がウサギだとは断じて認めないから」


 お面に手を触れて微調整しながら、カレンはそっと息を吐いた。


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