第13話「聖剣の担い手」



「というかそもそも、あんたが勇者っていう証拠がないのよねえ」


 薄暗い石壁の通路を進みながら、アンジュは並んで歩くカレンに呟く。

 ここは上級ダンジョン『あかていの檻』。記念すべきアンジュの初配信を行った場所である。


 ファミレスでの提案の後、「とりあえずダンジョンに入って色々確かめよう」ということになり、急遽近場のダンジョンに潜ることにしたのだ。


 確かめること――というのは、先のアンジュの言葉にも表れている。

 すなわち、勇者パーティーの魔術師がどうとか以前に、「カレンが本当に勇者であるのか」を確認するのだ。


「勇者って、最後に現われたのが五百年前でしょ? 同じだけ魔王も現われてないから、んじゃないの?」


 もちろん「自称勇者」は度々世間を騒がせているが、世界が認める「本物の勇者」はついぞ現われなかった。ゆえに、そんな考えが生まれたのだ。すなわち「勇者は魔王とセットで生まれる」と。


 しかし勇者を名乗る少女――カレンは首を横に振った。


「現代にも魔王はいるよ」

「それって、魔王ハルシオンのこと?」

「そう」


 こくりと頷くカレンに、アンジュは思考を回す。


 ――魔王ハルシオン。

 五百年前の「最後の魔王」の討伐によって、「本来の意味での魔王」は生まれなくなった。しかしは三百年前、世界中に数多のダンジョンを生み出したことで、「新時代の魔王」と呼ばれるようになったのだ。


「……でも、あの人は『本来の意味での魔王』じゃないでしょ?」


 というアンジュの言葉にカレンは頷いて肯定を示したが、その後に「けれど」と続けた。


「『本来の意味での勇者』は、世界から――星から求められているから」

「?」


 奇妙な言い回しにアンジュは首を捻るしかない。

 ……ぶっちゃけ興味がなかったので、勇者と魔王の関係性だとかそれらが生まれる意味だとか、全く詳しくないのだ。歴史の授業は聞き流しているし。


「……まあ良いわ」


 わけがわからないが特別興味も湧かないのでスルーして、アンジュは問いかける。


「で? どうやってあんたが勇者だって証明するのよ?」


 物語の勇者にあるような「聖なる印」みたいなわかりやすい紋様が体に表れる、なんてことはない。


 ――いや、「わかりやすい目印」自体は存在する。

 しかし、それを示すことはできないだろう。


 アンジュが頭の中で切り捨てていると、カレンは証明する方法を端的に述べた。


使

「っ!?」


 聖剣。

 勇者にしか扱えない、特別な剣。それを手にし、使いこなすことができたのなら、その人物は確かに勇者だと認められるだろう。


 アンジュが思い至った「勇者であることを簡単に証明する方法」は、ずばりこれだった。


 ――だが、この方法は不可能だ。

 前提条件が達成できない。


 なぜなら先々代――六百年前の異世界の勇者が、自分の故郷いせかいに持ち帰ってしまったから。


 だからカレンの言ったことはあり得ない。ハッタリだ。

 しかし、黒髪の少女の表情に緊張はない。人を騙そうとする意志は見られない。


「……ちょうど良い相手が来たね」


 と、カレンの言葉に促されて視線を追えば――一体のモンスターがやってきていた。

 赤い肌をした筋肉ダルマの鬼――オーガである。


 一般的な探索者なら、四人以上のパーティーを組んで立ち向かう強敵。

 威嚇するように吠え猛るオーガを前にして、カレンは悠然と手を前に伸ばし――唱える。


「〝異空間収納インベントリ〟――開放オープン


 魔法名コマンド命令オーダー。異空間に仕舞い込まれていたソレが、カレンの眼前に出現する。

 薄く光を纏う大剣。

 そこにあるだけで神聖な気配を感じさせる――けれどもどこか懐かしい力を宿した美しい剣の柄を、カレンが右手で握る。


 瞬間、パァッ! と光の粒子が舞い散った。

 担い手を祝福するような黄金の輝き。

 それはまさに、宗教画に描かれる――まったき勇者の姿。


「ふ――ッ!」


 短く息を吐いて、一閃。

 少女が振るうには大きすぎるその剣を、しかし全く重さを感じさせない速度で振るう。――剣筋が見えなかった。後に残った稲妻のような光の軌跡だけが、アンジュが辛うじて捉えられた攻撃の証。


「――、」


 悲鳴を上げることすらなく。

 そも自分が斬られたのだと認識することさえできなかったかもしれない。


 オーガの体が遅れて鮮血を噴き出し、すぐに黒い霧となって消滅する。

 後に残ったのはドロップアイテムであろう一本の牙だけ。


(――凄い)


 最初に浮かんだのは、素直な賞賛だった。

 疑いの心は消えていた。

 目の前の少女は、超絶技巧の剣士であり――正しき聖剣の担い手なのだ、と。


「どうかな?」


 と、聖剣を肩に担いで振り返るカレン。その顔に疲れはなく、重い大剣を片手に涼しげな表情をしていた。


「……疑って悪かったわね。あんたは間違いなく勇者よ」


 正直に伝えると、カレンはほっとしたように息を吐いた。


「そっか、良かった。(……聖剣の本来の力を引き出せてないけど、認めてもらえるなら良いか……)」

「え?」

「いや、なんでもないよ。うん。あはは……」


 なぜか誤魔化すような笑みを浮かべるカレンに、アンジュは小さく首を傾げる。


「こほん。……ええと、勇者として認めてくれたってことは、私のパーティーに入ってくれる……ってことで良いんだよね?」

「それについてはさっきも言ったでしょ。あたしの配信に出るのが条件よ」

「配信……」


 カレンは渋い顔をした。もしかして彼女もビアンカと同じで顔出しNGなのだろうか?


「かぶりものでもする? 馬のやつなら売ってたと思うけど」

「ん……いや確かに素顔でやることに抵抗はあるけど、馬はちょっと……」

「なら今日のところはこれでも付けてなさい」


 と言って、アンジュはあるものを異空間から魔術(仕組みは異空間収納の魔法インベントリと同じ)で取り出し、カレンに手渡す。カレンは渡されたものを顔の前に掲げて、一言。


「……お面?」

「そ、ウサギさん。可愛いでしょ? 前に夏祭りで買ったのよ」

「う、ウサギ……? これが……? 宇宙人グレイではなく……?」


 白ウサギのお面をじっと見つめて、怪訝な表情をするカレン。どうやら彼女の趣味ではないらしい。


「…………これを付けるぐらいなら素顔のままで良いよ」

「そう? まあカレンが良いなら良いけど」


 突き返されたウサギのお面を異空間に収納し、代わりに別のものを取り出す。いつもの浮遊式カメラだ。

 撮影モードをセットしていると、カレンが遠慮気味に声をかけてきた。


「あのさ……できれば聖剣は映したくないんだけど、良いかな?」

「え? いいけど……でも、なんで?」


 別に聖剣を見世物にして視聴者を集めようなどとは考えていなかったのでカレンの願いは受け入れるが、その理由に見当が付かず問い返す。と、カレンは聖剣を異空間に戻しながら答えた。


「メロディアさん――ギルドリーダーから、『来たるべき時まで、聖剣を振るう姿を仲間以外に見せるな』って言われているんだよね。だから、配信みたいな大勢の人に見られるところで使うのは不味いんだ」

「なるほどね。……ちなみに、来たるべき時って?」

「あー……その、正確には条件を満たすまでというか……」

「……?」


 訝しげな目でじっと見ていると、カレンはだらだらと冷や汗を流し始める。目線がキョロキョロせわしない。……焦っている。なぜかはわからないが。


「……………………その、私が『聖剣抜刀』できるようになるまでは駄目、というか」


 ぼそっとした呟きを拾って、アンジュは両目をぱちくりさせた。


「聖剣抜刀……ってなによ?」

「ぐうっ、聞こえてたか……」

「ふふん。魔術師は敵の詠唱を聞き逃さないよう耳を鍛えているのよっ!」

「ちっ……さっきは聞こえてなかったのに」

「その悪態も聞こえているわよ」

「……、」


 アンジュのジト目から逃げるようにカレンは目を逸らす。


 聖剣抜刀――そのままの意味なら「聖剣を鞘から抜き放つ」こと。……派生して「聖剣本来の姿を見せる」「聖剣の枷を外す」「必殺技の名前」と推測できるが、これらが正解かはわからない。ただ、なんとなく「聖剣の担い手たる勇者に必要な技能」だということは察せられた。


「それで? その聖剣抜刀っていうのは、なに?」

「…………言わなきゃ駄目?」

「あんたがパーティーメンバーに対して、戦闘力に関わる隠しごとをする不誠実な人間だと思われても良いなら、どうぞ黙っててちょうだい」


 仲間だからといって何でもかんでも共有すべきだ、とは思わないが、戦闘に関するものならできる限り知らせておくべきだろう。命に関わるのだから。


 まあ何があっても魔術で対処できるだろうけど――と自分の力に対する絶対の自信を持ちつつ、それでも聞けるなら聞いておこうとカレンをじっと見つめる。

 しばらく聖剣の担い手は悩んでいたようだが、やがてゆっくりと口を開いた。


「言う前に、約束して。勇者パーティー――私の仲間として、星の脅威と戦うことを」


 真剣な目でこちらを刺すカレンに、アンジュはさらりと答える。


「言ったでしょ? あんたが配信に出てくれるなら、仲間でもなんでもなってあげるわ」

「……むぅ」


 アンジュの返事に不満があるのか、むくれたように少しだけ頬を膨らませるカレン。


「……さっきはああ言ったけど、別に言えないなら言わなくても良いわよ? あたしの魔術があれば、どんな危険地帯だろうが問題ないし」

「いや、言うよ。仲間には伝えておくべきことだろうし……」


 カレンはどうしてか諦めたように――あるいは何かを呑み込むようにかぶりを振ってから、告げた。


「聖剣抜刀っていうのは、ための、勇者の基本にして最大の奥義のこと。私の実力が足りないのか、それとも聖剣の中のが眠っているせいかはわからないけど……勇者として絶対に必要な技術がまだ習得できてないんだ」


 嘆くような声色の説明を聞いて、アンジュはぽんと手を打った。


「なるほど。つまりあんた、勇者って言ってもまだまだってこと?」

「…………、そうとも言える、かもしれない」

「勇者の卵、ね」


 端的な表現をぶつけてやれば、カレンはもの凄く渋い顔になった。滅茶苦茶嫌だけど自覚はあるから反論できなくて頑張って呑み込もうとしている、といった感じ。せっかくの綺麗な顔が台無しだった。


 そんなカレンを眺めながら、アンジュはぽつりと呟く。


「なら、助手かしら」

「……、は? なにが?」


 苦々しい表情に戸惑いを混じらせたカレンに、アンジュはビッと指を向けて、


「あんたが、助手」

「誰の?」

「あたしの」

「なんの?」


「配信の」

「……なんで?」

「ひよっこならその扱いかな、って」

「…………、」


 瞬間、カレンの顔からすとんと表情が抜け落ち――次いでヒクヒクと口の端が動く。が、何事か言いかけた唇はしかし、言葉を発する前にぎゅっとつぐまれた。そのまま空気と一緒に激情を呑み込んだカレンは、酷くこわった声音で言った。


「……私が聖剣抜刀できるようになったら、まずキミで試し斬りしてみることにするね。聖剣は邪を払うからさ、勇者パーティーの使にふさわしい純真で優しい心の持ち主になるはずだよ」

「はあっ? あたしのどこが邪悪なのよ」

「思考回路、かな」

上下強振動シェイクの刑、ファミレスでのやつも含めて二十秒ね」


「…………まあ勇者パーティーの使ってタカビーお嬢様が鉄板だし、ここは私が折れておくべきか」

「三十秒になったわよ。って、誰がタカビーお嬢様よっ!」

「……………………私が男なら萌えられたのかな。いや無理っぽいな。あはは……」


   ◆ ◆ ◆


「ローラ様、アンジュ・スターリーはを配信のパートナーにしたみたい」

「なんですって!?」

「ちなみにローラ様のことは『あいつだけはねえわ、ぺっ』って言ってた」

「なっ……!?」


「嘘。ジョークだから白目剥くのやめて。怖い」

「…………あなた、私の影の駒であることを忘れたのかしら? 次、下らない冗談を言ったらその舌切り落とすわよ」

「こわー。……あ、本当は『あのお貴族様と配信するのはストレスがヤバそうだから却下』って言ってた」

「………………それも冗談かしら?」


「ううん、ホント。一字一句間違えてない」

「……、…………、……………………そう」


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