第12話「聞き手役を求めて」



 ビアンカから「相方を作れ」とアドバイスされ、当の本人からは「顔出ししたくないから」と断られてしまったアンジュは、早速次の心当たりに電話をかけた。


「――ってことで、あたしと一緒に配信に出てくれない?」

『すみません、先輩。わたしも先輩の力になりたいとは思っているのですが……家の手伝いをしなければいけないので……』

「うっ。そ、そうなの。なら仕方ないわね……」

『はい……すみません、先輩。良いお相手が見つかることを祈っています』


 通話が切れた端末をポケットに仕舞い、アンジュは溜息を吐いた。

 先の電話の相手は二つ下の後輩、ナディアだ。


 アンジュの心当たり二人目……つまり親しい友人は彼女で最後だ。これで打つ手はなくなった。自分の交友関係の狭さに今更ながらへこんでしまう。……初中高一貫校でアンジュは中等部三年からの転入なので、友達が少ないのは仕方のないことだと思う。人間関係が完成しきっている中に入ることほど大変なことはない。


「ローラは……あのお貴族様と配信するのはストレスがヤバそうだから却下。とすると、ホントに打つ手なしね……」

「(可哀想なローラ様……)」

「ん?」


 なにやら囁き声が聞こえたような気がしてキョロキョロと周囲を見回すが、放課後の校門は下校する生徒でごった返すので誰の声かはわからなかった。

 アンジュは首を捻りつつ、とりあえず一度家に帰ることにする。


 ――制服から着替えて、適当なダンジョンに入ろう。そして四度目の配信をしよう。まだ聞き手役パートナーは決まっていないので授業っぽくやるのはお預けだが、いつも通り魔術を格好良く披露して――。


 と、考えていたときだった。


「ちょっと良いかな?」

「?」


 声がかかり、振り向くと、黒髪の少女がアンジュを見つめていた。

 周りがシュプレンゲル魔法学園の制服だらけだから、私服の少女は酷く目立つ。年齢はアンジュよりも少し上くらいだろうか。どこか大人びた雰囲気を感じた。


「あの、キミがアンジュ・スターリー……で合ってる?」

「ええと……誰? あたしのファンかなにか?」

「いいえ……いや、はい?」

「?」


 よくわからない返しをしてくる黒髪の少女に、アンジュは首を捻る。

 と、黒髪の少女はちらと周囲に目を向けてから、


「……ここで話す内容でもないよね、うん。ちょっとついてきてくれるかな?」


 知らない人についていくのは云々――というお決まりの警句が頭にぎるが、少女の目がえらく真剣だったので、押されて頷いてしまった。

 ……まあ見た感じ危ない人でもなさそうなので、大丈夫だろう。仮に何かあってもどうにかできるだけの実力はあるので問題ない、はず。


 そして、黒髪の少女について歩くこと数分。

 アンジュたちはとあるファミレスに入った。

 店員に二人掛けのテーブル席に案内され、向かい合って座る。


「さて」


 手早く注文――といっても二人ともドリンクバーだけ――を済ませ、アンジュがオレンジジュース、黒髪の少女がメロンソーダを淹れて席に座り直すと、黒髪の少女が切り出した。


「まずは自己紹介をしよっか。――私はカレン・メドラウド。カレンって呼んで。この春からギルド『星霊の剣』に所属して、探索者をしているよ」

「ふぅん、『星霊の剣』……」


『星霊の剣』と言えば、アンジュも知っている超有名な大手ギルドだ。その知名度ゆえに入団希望者はごまんといるが、入団条件が厳しいらしいのでメンバー数は他の大手と比べて少ない。目の前の少女がその狭き門をくぐり抜けた実力者であるというのは、この天才をして興味を引かれる。


 と、ビアンカが聞けば「なんで上から目線なんだよ」と突っ込まれるであろう思考を脳内で繰り広げながら、アンジュはファミレスに似合わぬ優雅な動作で名乗り返した。


「知ってるみたいだけど、あたしはアンジュ・スターリー。アンジュで良いわ。魔術師よ」


 アンジュの自己紹介に引っかかるところでもあったのか、カレンと名乗った少女は、その金色の瞳に疑問の色を浮かべた。


「魔術師……? 魔法使い、ではなくて?」

「ま・じゅ・つ・し! 次あたしのことを魔法使いって言ったら空中で上下強振動シェイクして内臓かき混ぜるわよっ」

「こわっ」


 自分の体を念動力テレキネシスで持ち上げられて上下に揺さぶられる様を想像したのだろう、カレンは吐き気を抑えるように口元に手をやった。


「……ちなみに一回言うごとに何秒くらいシェイクする?」

「十秒。……ってなによ、あたしを苛つかせる予定でもあるの?」

「苛つかせたいわけじゃないんだけど……」


 と、カレンは少しだけ眉を八の字に歪めて言った。

 それから小さく息を吐くと、真剣な表情で本題を切り出す。


「単刀直入に言うね。――私の仲間になってほしいの」

「仲間……?」


 カレンの要求にアンジュは首を傾げて、


「ダンジョン探索のパーティーに入ってほしいってこと?」

「間違いではないけど、もっと重要な意味があるかな。……ああ、こう言えば良いのか」


 何やら一人で納得すると、カレンはその金色の瞳に強い意志を宿して――言った。



「勇者パーティーの魔法使いになってほしい」

「え、嫌」



 反射で答えてしまった。

 カレンはアンジュを見つめたままの体勢で、ピシッと固まってしまう。

 が、数秒かけて理解が追いついたのか、口の端をヒクヒクとさせながらなんとか言葉を紡ぐ。


「……そ、即答? もうちょっとこう……考えたりとか……」

「まず魔法使いってのが駄目よね。魔術師なら考えるけど」

「じゃあ魔術師で良いから……」


 カレンは頭痛を抑えるように頭に手をやって。

 それから仕切り直すように咳払いを挟むと、もう一度真剣な表情を作って言った。


「勇者パーティーの魔術師になってほしい」

「え、嫌」


 やはり即答してしまった。


「ちょっと、ねえっ! 考えるんじゃないの!?」


 いきり立つカレンに、アンジュはオレンジジュースで口の中を潤してから、素直に告げる。


「考えたわよ? 一瞬だけ」

「一瞬!? こっちは一世一代の告白レベルなんだけど!?」

「そんな大事なものならファミレスなんかでやらないでよ。雰囲気作りから拘ってちょうだい」

「なッ……ふぁ、ファミレスのなにがいけないの!? 女子高生が外でお話するなら一番の定番スポットだよ! ……私はもう女子高生じゃないけどっ!」


 女子高生云々はともかく、探索者が誰かを仲間に誘うときは(ゲームとか物語的には)酒場と決まっているものだ。まあ年齢的に無理だけど……と思ったのでアンジュはそれ以上はなにも言わないことにした。


 しばらくカレンは「ふーっふーっ!」と荒い息をしていたが、メロンソーダをストローで勢いよく吸い上げてグラスの三分の一まで減らすと、幾分か落ち着いたようだ。軽く前髪を整えるような仕草をしてから、顔を上げて口を開く。


「……理由は?」

「?」

「理由。キミが私のパーティーに入ってくれない理由だよ」

「ああ……」


 アンジュは納得の声をこぼしてから、正直に心情を述べた。


「勇者とか言い出してなんだこいつ……ってのもあるけど、一番は、他にやることがあるからよ」

「やること……って、配信のこと?」

「ん、知ってたのね」


 校門での「あたしのファン?」という質問に対してカレンが答えを濁したのは、アンジュが配信者だと知っていたからだろう。素直に頷かなかったのだから残念ながらファンではないようだが。……「魔術師」のところで首を傾げられたし。


「あたしは魔術を広めるために配信をしているの。余計なことをしている暇はないわ。そもそもダンジョン探索を――」


 と、言いかけて。

 ふと頭に閃くものがあった。

 言葉を不自然な場所で中断したせいで訝しむような視線を向けてくるカレンに、アンジュはにこりと――あるいはにやりと笑みを作って、ある提案をする。


「ねえ、カレン。条件を呑んでくれるなら、仲間になってあげても良いわ」

「……条件?」


 アンジュの雰囲気に呑まれたのか、ゴクリと喉を鳴らすカレン。

 アンジュの提示する条件とは――すなわち、


「あたしの配信に、聞き手役として出てちょうだい」


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