第11話「認識のズレ」



「無自覚お貴族様で他人のレベルに合わせるのが下手くそなお前の説明だと、誰も理解できないぞ」


 登校して一番に「昨日の配信どうだった!?」とビアンカに訊いたら、そんな罵倒が飛んできた。


「なっ……なんでよ!? 完璧な説明だったじゃない! あと誰がお貴族様よ、ローラみたいなのと一緒にしないで!」

「いやお前はスターリー家の令嬢だからお貴族様だろ」


 バッサリ言うビアンカ。


 ちなみに昨日の配信――数えて三回目の配信は、視聴者の盛り上がり具合と数字だけを見るなら大成功だったと言える。


 切り抜きやらネットニュースやらで集まってきた視聴者たちも、アンジュが派手で格好良い魔術を使って最上級ダンジョンのモンスターを相手に無双する姿に驚愕しつつも楽しんでくれたようで。同接も最高で四万人を達成し、今朝確認したらチャンネル登録者数は二十五万人になっていた。三回の配信でこれはとんでもない数字だ。コメントによるとSNSのトレンドにも乗っていたらしい。


 ……が、アンジュの本来の目的――魔術を広めることが成功しているかと言えば、微妙なところ。

 昨日の配信では「魔術と魔法の違い」について説明したのだが、視聴者の反応は「ちょっとよくわからない」「世界法則 いず なに?」「なんか専門家にはわかる違いがあるってこと?」などというもので、ほとんど理解してもらえなかった。


「ついでに言えばSNSのトレンドに乗ったうちの一つは『説明下手魔法使い』だ。あとは『超理論のアンジュ』だの『一人だけ違う法則で生きてる』だの言われてたな」

「な、なによそれ!? 確かに魔術は法則を塗り替えるものだけど、あたし自身がそんな非常識な存在なわけじゃないわよっ! あと説明下手じゃないし、魔法使いじゃなくて魔術師!」


「いや下手だろ。昨日の配信見たやつはみんなそう思ったからSNSのトレンドがそんなのになるんだよ」

「うぐぐ……この天才がそんな不名誉な呼ばれ方をするだなんて……!」

「……お前は魔術に関しては確かに天才だが、それ以外はぶっちゃけ平均以下だろ」

「なにおう!? 聞き捨てならないわよビアンカぁ!」


 ふしゃーっ! と牙を剥いて襲いかかったが、ビアンカはするりとアンジュの攻撃を躱してしまう。しかもその一瞬でアンジュの背後に回り、抱き締めるような形でアンジュの体を拘束してしまった。


「こら暴れるな。すてーい、すてーい」

「うぬぬ……放しなさいっ! そして訂正して。あたしは全てにおいて天才よ!」

「それはない」


 言い切って。

 ――もにゅ、とアンジュの胸を両手で揉むビアンカ。


「ちょっ!? な、なにするのよっ」

「チッ、やっぱり苛つくなこのデカパイ……削ぎ落としてやろうか……?」

「ひぇっ」


 ビアンカから黒いオーラが出ていた。本気だ。この女、本気で友人の胸を狙ってやがる……!

 言いようのない恐怖を覚えて震えるアンジュ。

 ビアンカは禍々しい雰囲気を保ったまま、しかしその手はもみもみと動いている。切実にやめてほしい。オーラを出すのも胸を揉むのも。


 そして、十数秒後。


「……ってのはまあ良いとして」


 ビアンカはそんなことを言いながらアンジュを解放した。オーラは引っ込んでいる。

 自由を取り戻したアンジュは胸を守るように両腕で体を抱きながら、素早くビアンカから数歩分離れる。


「良くないわよ!?」

「良いとして」

「良いわけないでしょ!!」

「良いとして」


 がるるっ! と牙を剥くアンジュに対し、ビアンカはローテンションのまま強引に押し通した。なんてやつだ。数秒前まで人の胸を揉みしだいていた変態だとは思えないほど落ち着き払ってやがる。


「まず一般人の魔法の認識ってどんなもんだと思う?」


 さっきまでの変態行動を完全に流しての問いかけに、アンジュはとりあえず文句を飲み込んで考える。つついても無視されるだろうので。


「……お手軽な異能の力?」

「それはどのくらいお手軽だ?」

「どのくらい? ええっと……そうね、それこそインスタント麺みたいな手軽さよ」


 アンジュが頻繁に用いる例えだ。

 指定の術式を模倣し、魔力を注ぐだけで、決まった現象が起こる――それが魔法。


「かやくとか粉末スープとかを入れて、お湯を注ぐだけで、いつも同じ味が楽しめるのがカップ麺。ほら、同じくらい手軽じゃない?」

「そうだな。だがカップ麺の蓋を開けるのにも才能が要るだろ?」

「は? いやいや才能って……あの出っ張りを上に引っ張るだけじゃない」


 はっ! まさかビアンカはカップ麺の食べ方も知らない超々お嬢様――!? と戦慄するアンジュの頭に、ビアンカのチョップが直撃する。茶髪の少女はとんでもなく冷たい目をしていた。


「馬鹿、例えの話だよ。――つまり、使んだ」

「最初……って、術式の構築?」

「違う。いや、そこにも才能は必要になるんだが、よほど不器用でもなけりゃできるはずだし――それより前の段階、魔法目録スペルリストに接続するところだよ」


 魔法目録スペルリスト――すなわち世界法則への接続。

 それは霊魂の強さ、魂の位階によって可能不可能が決まるとされている。


「『書き換え』ができるほどは要らないが、最低限繋げられなければ魔法は使えない。……つっても全人類の九割はこれを満たしているんだがな」

「そうね。そうなるように――多くの人類が異能の力を使えるように魔法目録スペルリストのシステムを構築したわけだし。あたしのご先祖が」

「その話、掘り返すのやめてくれ……未だにダメージがでかい」


 アンジュのご先祖様であるアレイスター・クロウリーは、教科書に載るレベルの偉人だ。それも魔法学園のものだから、ではなく一般校でも載っているレベル。もしかしたらビアンカは彼のことを尊敬しており、その子孫が目の前にいることにショックを覚えているのかもしれない。


(……ん? どうしてショックなの? むしろあたしにキラキラした目を向けるのが正しい反応じゃないの?)


 疑問を抱えることになったが、問い質すのはやめておいた。ビアンカが見たことないくらい苦々しい顔をしていたので。


「……話を戻すぞ」


 と、ビアンカは咳払いの後に続けた。


「つまり一般人にとっての魔法は、『才能があって、術式を丸覚えすれば使える、不思議な技』。……ここでキモなのは、『どんな才能が必要か』『術式ってのはそもそも何なのか』すら一般人は把握してないってところだ」

「……、えっと?」

。……お前の説明はな、一般視聴者からしたら『専門外の分野の小難しい論文』みたいなもんなんだよ」

「論文……」


 それは確かに理解できないだろう。アンジュは天才的な頭脳を持っていると自負しているが、いきなり高度な医学の論文の内容を読み聞かされて「さあ理解したか?」などと言われても無理だ。説明者を問答無用で殴り飛ばす自信がある。


「……そっか。あたしの説明はハイレベル過ぎて、誰もついてこられなかったのね……」

「煽る意図は全くないんだろうけど、ナチュラルにイラッとくる発言だな……お前のそういうところが炎上しそうでウチは怖い」

「?」


 しょんぼりしたまま首を傾げると、ビアンカは大きく溜息を吐いた。


「……とりあえず、問題点は理解してくれたな?」

「うん。もっと根本的なところから説明しないと駄目、ってことでしょ?」

「そうだ。とはいえお前は『一般人がどこまでわかって、どこがわからないのか』を知らないだろうから、これからも授業を――ってほどに硬くするのはオススメしないが――やるなら、生徒役っつうか聞き手役を作った方が良いな」

「聞き手役?」


 オウム返し的に訊くと、ビアンカは頷いて、


「お前の説明を聞いて、視聴者の疑問を代弁するように質問してくれる人間だ。できればその人は一般的な感性を持った常識人が良いな。異常なお前との対比になるし。……つか異常者同士だと、動画的に面白くても本来の目的を考えると逆効果だし」

「誰が異常者よ、ぶち転がすわよ?」


 じとっと半眼を向けると、ビアンカは逃げるように目を逸らした。

 それから、こほん、とわざとらしく咳払いをするビアンカ。


「ま、まあともかく、魔術を正しく広めたいなら、そういう『相方』を作った方が良いと思うぞ」

「相方ねぇ……」


 舌の上でその単語を転がして。

 アンジュはガシッとビアンカの肩を掴んだ。

 唐突なアクションにビアンカの体がビクッと反応する。


「……なんだよ?」


 ビアンカの黒の瞳をじっと見つめながら、アンジュは口を開く。


「そこまで言うのなら、いっそビアンカが相方になってよ」

「嫌だ」


 間髪入れずに断られてしまった。

 アンジュは拗ねるように唇をすぼめて、


「なんでよ? ビアンカが一番問題点を理解しているんだから、適任じゃない」

「ウチはこの学校……魔法学園の生徒なんだぞ? それも初等部からの生え抜きだ。人生のほとんどを魔法に囲まれて育ったんだから、当然ながら一般人と認識に差がある」

「……む」

「魔術に関してもお前に散々聞かされてきたから、常識と微妙にずれてる可能性があるだろ? だからウチに生徒役は無理だ」

「むぅ……」


 聞き手、生徒役に求めるものが「魔法に対する認識が一般人と同じであり、常識的な感覚を有している」ことなら、確かにビアンカは適役ではない。

 と、納得しかけたアンジュに、ビアンカはぼそっと付け足した。


「あとネットに顔出しとか死んでも嫌だし」

「それが本心ね」

「当たり前だろ? つかお前良く顔晒してできるよな……いやその方が人気の獲得はし易いんだろうけど」


 ダンジョン配信者の多くは気にせず素顔を晒していたので、そういうものだとアンジュも思っていたのだが、ビアンカは顔出しNGらしい。


「覆面でもする? あ、馬のかぶりものなら確か配信用具の専門コーナーに置いてあったような……」

「ぜっっっったい嫌だ」


   ◆ ◆ ◆


 ほぼ同時刻、とある教室にて。

 二人の少女がこんな会話をしていた。


「ん……ローラ様。アンジュ・スターリーは、一緒に配信に出るパートナーを探しているみたい」

「……あのお馬鹿。変なやつと交友を持つのはやめなさいって言ったのに」

「ローラ様が立候補したら?」

「だっ、誰があの子の配信にだなんて出るものですかっ!」


「でもローラ様。配信のパートナーになれば、もっとアンジュ・スターリーに構ってもらえる」

「人を構ってちゃんみたいに言わないでくれるかしら!? ――おほんっ。下僕、私の影の駒。命令を下すわ。アンジュを見張り、変な輩が近づいてくるようなら排除しなさい」

「やだ。面倒くさい」

「命令よ! あなた、私の下僕なんだから拒否しないのっ!」


「おきゅーりょー増やしてくれたら考える」

「ああもうっ、私の口座から特別手当出してあげるから! ほら、アンジュを見張りなさい!」

「有給もちょーだい。一年くらい」

「欲張りすぎよ!? 一週間で我慢なさいっ!」


 密かに自分に見張りが付いたことなど、もちろんアンジュは知る由もない……。


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