第10話「勇者の卵」



 場面は変わって――クルシュラ=アーヴァン王国、王都ブロイツ。


 大陸で最も栄える街のある区画に、一際目立つ純白の建物がある。それは、とある探索者ギルド(探索者たちの互助会、複数パーティーを纏めた協力団体。あるいはダンジョン探索を商材にした企業)の本部。


せいれいつるぎ』と言えば、探索者たちの間では名の知れたギルドだ。


「大ギルド」と称されるようなものと比べれば規模はそこそこだが、保有している人財や資源は世界最高クラスと言われている。一般人も知っているような有名――この場合は英雄的とアイドル的、両方の意味を含む――な探索者が何人も所属しており、端的に言えば「量より質」を体現したギルドだ。


 だが、なによりこのギルドを有名たらしめている要因は――リーダーの存在にある。


 メロディア・ホワイトヴェル。

 見た目は十五歳程度の少女だ。美少女と言っても差し支えない。背中まで緩やかに伸ばされた灰色の髪と優しげな桃色の目が特徴的で、図書館で静かに本を読んでいるのがよく似合うような、文学系の少女。


 姿


 その人物は、ギルドリーダーの執務室で、モニターに映る動画を見ていた。


『もう一度やるわよ、よおーく見てなさい! あたしのの素晴らしさをっ!』


 モニターから聞こえてくる配信主の少女――アンジュの元気な声に、メロディアは口元の笑みを深めた。

 配信のタイトルは『妖精郷で魔術を披露する配信』というもの。およそ視聴者を集めるための工夫をしていない素人感丸出しのタイトルだが、しかし同時接続者数どうせつはすでに三万人を越えている。


『ほらっ! 見た!? カッコイイでしょ! これっ、これがなの!』


 ハイテンションな声色に、見ているこちらまで楽しくなってくる。きっとこれが彼女の魅力なのだろう。と、メロディアはぼんやりと思った。


 モニターに映る最上級ダンジョンのモンスターを豪快に焼き殺す魔術師の姿を眺めながら、メロディアは室内にいるもう一人の人物に声をかける。


「この子が、あなたの言っていた『候補』かしら?」


 実年齢六百歳以上の少女(?)の問いを受けたのは、こちらも見た目だけは美しい少女だ。いや、人によっては「美幼女」と称するかもしれない。

 低身長、童顔。胸は多少膨らんでいるかな、という程度。黄金の髪をツインテールに結っているさまはより彼女を幼く見せる。


 だが、彼女はメロディアより長い年月を生きていた。

 


「ええ。アンジュ・スターリー……アレイスターの血筋よ」

「あら、それはそれは高貴な血ね」


 メロディアの感想に、金髪の少女は露骨に顔をしかめた。


の血をロイヤルだのブルーだの言いたくないんだけど……」

「あらあら。の御仁は魔法目録スペルリストを完成させて、人類が気軽に異能に触れられるようにしたのよ? 魔術師としては尊敬すべきお方だわ」

「その結果が魔術の衰退じゃ世話ないでしょ」


 吐き捨てるように言う金髪の少女に、メロディアは苦笑を浮かべた。


退。……対症療法的に魔法目録スペルリストなんて生み出すんじゃなかったのよ」


 平坦な声音で言葉を零した金髪の少女は、どこか遠くを見るようにその血のように赤い眼を中空にさまわせる。

 メロディアは困ったように微笑んだ。


魔法目録スペルリストを作ったこと自体は、当時の状況的に仕方のないことだと思うわよ? それがなければ、人類は魔王の脅威に抗えなかったわ」

「そうね。でものよ。擬似的な拮抗状態を保つのが、星にとって一番だった。……たとえ、どれだけの人間や魔族が犠牲になったとしても」


 悔やむような色の乗った声に、メロディアはなにも返せなかった。

 賢者は、掛ける言葉を持たなかった。

 金髪の少女は、吐き捨てるように続ける。


「……ホント、ロクなもんじゃないわ、魔法目録スペルリストって。アレが完成しなければ、もしかしたら異世界の勇者ハズミハルカもディレス皇国を滅ぼすことはなかったかもね」

「それは……どうかしら。異世界の勇者を最強たらしめる『刻理計画ディヴァインコード』は確かに勇者の精神にも肉体にも負担を強いたけれど……それ以外の原因の方が大きそうだわ。だって、計画を主導したメイザース家はまだ血を繋いでいるのだから」


 の勇者――歴代最強とも最凶とも言われる六百年前の勇者が強い恨みを持っていたのなら、今の魔導御三家は「魔導双璧家」あるいは「魔導二大血族」とでも名を変えていただろう。もしくはどの家も残らず死滅していたかもしれない。


 金髪の少女は呆れるような、けれどもどうでも良さそうな顔で言う。


「あの家もしぶといわね」

「御三家は執念で生きながらえているんだもの。これからもずっと、それこそ星の終わりまで血を繋ぎ続けるに違いないわ。……?」


 まるで結末みらいを知っているかのような発言だが、メロディアは金髪の少女の言葉を疑わなかった。「あらあら」と困ったように微笑む。

 それからメロディアは切り替えるようにパンと手を叩いて、


「本題に戻るわ」

「どーぞ」

「アンジュ・スターリーが候補……と言ったけれど、それはのことかしら?」


 表情は穏やかなまま。

 だがメロディアの纏う雰囲気は、どこか鋭いものが混じっていた。

 しかし金髪の少女は『賢者』の圧力を感じていないのか、平然と答えた。


「っ」

「あの子は、も継いでくれる子よ。……ああ、は違うけど。こんなもの背負わせるのは、さすがのあたしでも気が引けるわ」

「……二つも継がせる時点でそのようなことを言う資格はないと思うわ」

「そうね」


 思わず刺すような視線を向けてしまったメロディアだったが、対する金髪の少女は気にせず受け流していた。批判も肯定する。――だって、そんなことは少女が一番理解しているのだから。

 理解して、それでも実行した。

 それが必要なことだと、判断したから。


「あの子には才能がある。魂に由来する、特別な才能が。そして。なら、どっちの役割も充分にこなせるはずよ」

「……、」


 重い期待をたった十六歳の少女に背負わせることに、なにも思わないメロディアではない。

 しかしそれでも、金髪の少女を止めることはできなかった。


『賢者』として、『星霊の剣』のリーダーとして。否、この星に生きる人類として――。

 あるいは、目の前の少女の幼馴染みとして。

 同じ目的を持った共犯者なのだから、決して止めてはならない。


 けれども。


「……

「それはじゃないでしょ」

「…………、。本当に――本当に、あの少女に……たった十六年しか生きていない幼い子に、あの役割を背負わせるの?」


 六百年以上生きた賢者にとって、今の人類は皆幼子のようなものだ。

 その上で、まだ成人もしていない社会的に「子供」である少女にを背負わせることは、認めがたかった。頭では必要なことだと理解していても、心が否定する。


 しかし、共犯者である金髪の少女は折れない。今更、良心などでは止まらない。


「ええ。あの子はすでに、魔術師として個人の限界に辿り着いているわ。……このあたしが修行を付けたとはいえ、さらに独力で三年研鑽を積んだだけで、あの子はあたしが百年かけて辿り着いた場所に立っている。だから問題ないわ」

「でもっ!」


 悲鳴のような声だった。

 常に貼り付けているメロディアの微笑みが、今だけは崩れていた。唇を噛み、眉を歪め、瞳を悲しげに曇らせる。


「……でも、あのような役割を背負わせるには幼すぎるわ。使は、まだいい。けれど、もう一つ……だなんて、人間に背負わせることじゃないわ。、彼らの成長を待つべきでしょう?」

「……。人間、ねぇ」


 金髪の少女は意味深に呟きをこぼすだけで、真っ当な答えは返さなかった。


 と、そこで、部屋にノックの音が響いた。

 来客。


 メロディアは自分が呼んだ人物のことを思い出し、短く息を吐くと、モニターの電源を落としてから入室を促した。その顔には微笑みが戻っている。


「失礼します」


 と礼儀良く入ってきたのは、黒髪ボブカットの少女。

『星霊の剣』の比較的新しいメンバーで、カレン・メドラウドと名乗っている。

 カレンはメロディアに目を合わせた後、なにか気になることでもあるのかキョロキョロと周囲を見回した。


「どうかしたのかしら?」


 メロディアが微笑みを維持したまま訊くと、カレンは首を傾げて、


「いえ。……その、なぜか懐かしい匂いがした……気がしたので」


 言って、恥ずかしくなったのか、ほんのり赤くなった頬を指で掻くカレン。


 ――きっと金髪の少女シオンのことだろう、とメロディアは判断した。

 件の金髪の少女は、ノックの音が聞こえた時点で姿を消していた。転移か、隠密術か。どちらにせよ、カレンと顔を合わせる気がないらしい。


「気のせいじゃないかしら? それとも私の匂いがあなたのご家族に似ていたとかかしら」

「えっ? いえその、たぶん違うと思います。私の家族は、もっとこう……木の匂いがするので」

「それは少し興味があるわね。住居の問題かしら?」

「まあ……恐らくは」


 カレンの出身国の歴史的な木造建築を思い出し、メロディアは「あなたもどこか自然の香りがするわ」とこぼす。カレンは少し恥ずかしそうに目を逸らした。


「って、匂いの話はもう良いです! あの……それで、私が呼ばれた理由は……」

「ああ、そうだったわね」


 カレンが本題に入ることを要求してきたので、応えるようにメロディアは指を鳴らした。

 すると、暗くなっていたモニターの電源が入り、映像が映し出される。


「これは……ダンジョン配信、ですか?」


 カレンの推測を、メロディアは頷いて肯定する。

 それは、先ほどまで映していたものと同じ配信だ。すなわち『魔術師アンジュの配信チャンネル』の三回目の配信である。


「この配信の主――アンジュ・スターリーが、あなたの求める人物よ」

「っ!」


 メロディアの言葉にカレンはピクリと体を跳ねさせると、真剣な表情になって食い入るようにモニターを見つめた。


「この子が……?」


 画面に映る可憐な美少女に、疑問の声をこぼすカレンだったが――すぐに考えを改める。


「……なるほど。凄まじく強力な使ですね、この子」

「でしょう?」


 魔術師なのだけれど――とは訂正しなかった。


 魔法目録スペルリストが完成したときを境に「魔術師」という呼び名は徐々に廃れ、たとえ魔術を使っていたとしても「魔法使い」と呼ばれるようになっていたのだ。もはや辞書的にも間違いではない。言葉の移り変わりというやつである。……恐らくこの配信の主は怒り狂うだろうが。


「この子が……私の仲間。使

「ええ。最初は『当代最強の魔法使い』を選ぼうと思っていたのだけれど、推薦があったのよ」

「……、そうですね。『当代最強の魔法使い』の戦う姿は資料で確認しましたが、私もこの子の方が良いと思います」


 モニターの中の少女を見つめたまま頷くカレンに、メロディアはそっと息を吐いた。――第一印象は問題なさそうね、と心中で呟く。


「カレン」


 そっと、大切に舌の上で名前を転がす。

 名を呼ばれた黒髪の少女は、メロディアへ視線を戻した。

 その金色の瞳を見つめ返し、メロディアは口を開く。


「あなたは一人で溜め込みすぎるところがあるわ。せっかく仲間ができるのだから、苦労も感情も目的も、しっかりと共有なさい」

「……、はい」

「なんともまあ心の籠もらない返事ね」


 メロディアは苦笑を浮かべる。

 それからいくつかの資料を受け取って、カレンは退室した。

 去り際に、小さく呟く声が、辛うじてメロディアの耳を掠めた。


「絶対に――絶対に、のような結末には、させない」


 決意は固く。

 は、星のために歩き出す。


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