第9話「三度目の配信」



「ぐぬぬぬ……あの女、絶対にぎゃふんと言わせてやるぅ……!」


 特殊な魔力が草木を七色に染め、光の雨が降る幻想的なダンジョンの中。

 止めどなく溢れる黒々とした感情のまま、幼馴染みへの恨み言を吐くアンジュ。銀のツインテールがうねうねと浮き上がったような気がした。


 ここは最上級ダンジョンの一つ、『黄昏の妖精郷』。

 アンジュの生活圏――シュプレンゲル魔法学園のあるクルシュラ地域――にある二つ目の最上級ダンジョンで、今日の配信場所だ。


 ――そう、配信。

 都合三回目、そしてネットニュースやら切り抜きやらでバズってからは初めての配信だ。


 本来であれば「さあ魔術を広めるために頑張るぞ!」と気合いを入れるところなのだが、教室でのローラとの会話がとんでもなくアンジュの心を乱していた。


『ホコリの被った技術を広めて、意味があるとは思えないけれど』


「にゃにおう……!? 偉大なる魔の技術に対して、『ホコリの被った技術』だとう!? あのタカビー女、原初の技への敬意を欠きすぎてるわ……っ!」


『そもそもあなたの配信、ダンジョンで無邪気に無双しているだけだし』


「うぎぃ……っ! これからちゃんと知的に、クールに! 魔術の理論を教えていくつもりだったんですぅー! 自分で配信したことのないにわかは黙ってろっての!」


『あなたはお馬鹿だから』


「あああぶち転がしてやるぅローラぁあああああ――ッッッ!!」


 シンプルな罵倒が一番効く。

 荒ぶる感情に蓋ができず爆発させるアンジュ。

 ……ここはダンジョンの中、当然ながらこんな大声で騒いでいればモンスターが引き寄せられてくるが――。


「〝爆ぜろ〟ッ!!」


 今のアンジュにとっては、ちょうど良い八つ当たりの相手だ。むしろどんどん寄ってきてほしい。


 毒々しい色の肌をした二足歩行の豚のようなモンスター(たぶんオークの強化種)を体の内側から爆発させてストレス発散していると――ピリリリッ、と電子音が鳴った。

 事前にセットしていた携帯端末のアラームアプリが、予定の時刻になったことを知らせたのだ。


「……ん、時間ね」


 呟き、アンジュは深呼吸をして心を静める。

 一旦、あの憎き幼馴染みのことを頭の中から追い出し、思考を配信モードに切り替える。……いやそんなものないけど。二回の配信とも自然体でやっていたし。


 ともあれ平常心をなんとか取り戻し、アンジュは携帯端末を操作して配信をスタートさせた。

 いつもの浮遊式カメラにニッコリ笑顔を向けて、始まりの挨拶をする。


「テステス……よっし。こんばんは、視聴者のみんな! 魔術師のアンジュよ! ま・じゅ・つ・し、のアンジュよ!」


【来た!】

【アンジュちゃん、こんばんは!】

【最上級ダンジョンをソロ攻略する最強使さんちーっす!】

【初見、ネットニュースから】

【初見、切り抜きから】

【この美少女が騎士王をタイマンでボコしたってマ?】

【銀髪ツインテオッドアイ美少女高校生最強使って属性凄いなwww】


 瞬間、もの凄い勢いで流れるコメント欄。

 浮遊式カメラ(超高級品だったらしい)に付いているコメント欄を配信者の視界に投影してくれるハイテク機能に、「意味の薄いコメントを省き、ある程度纏めた上でピックアップしてくれるオプション」がなければまともに読むことすらできなかっただろう。技術の進歩に感謝である。


 ざっとコメントを確認して、アンジュは一瞬口の端をひくつかせたが――なんとか笑顔を維持したまま、続ける。


「ま・じゅ・つ・し! アンジュの配信チャンネルへようこそっ!」


【めっちゃ強調してて草】

【魔術 いず なに?】

【↑目の前の端末は何のためにあるんだカス】

【↑アンジュちゃんのお口から聞きたいんでしょ察しろ】


「よくぞ訊いてくれたわね。良いでしょう、魔術について説明してあげるわ!」


【強引な誘導で草】

【まあアンジュちゃんが説明したいなら……】

【自分の知識を語るのが一番気持ち良いからね、仕方ないね】

【↑アンジュちゃんが気持ち良くなってるところが見られるってコト!?】

【↑きっっっっっしょ。モデレーター雇おうぜ、アンジュちゃん】


 妙な盛り上がり方をするコメント欄に首を傾げつつ、アンジュはちょうど良いサンドバッグ……もとい手頃なモンスターを見つけたのでそいつに指を向けた。


「まず、これが魔術よ。――〝痺れろ〟」


 アンジュの人差し指が光り、そこから青白い電撃が飛び出した。

 標的は極彩色の体を持つ、全長三メートルのウツボカズラ。食人植物マンイーター種のモンスターだ。


 指先から放たれた電撃はマンイーターに直撃し、ビクッと体を痙攣させた。


【エレクトロ? 初級の電撃魔法だっけ】

【いや、パラライズショットじゃないか? なんか痺れてるし】


「魔法だと、近いのはそれね。でも、あたしの魔術には続きがあるわ」


 パチン、とアンジュは指を鳴らした。

 ――瞬間、マンイーターの体がぐにゃりと曲がった。


 ぐるっと捻って、触手みたいな蔓を伸ばして、今度は縮めて、踊るように回って――と、探索者を前にしたモンスターがするにはあり得ない動きをし始めた。


【は???】

【なんか狂い始めたぞwww】

【お ど る マ ン イ ー タ ー】

【ええ? なに……なにこれ……?】


「あたしがさっき飛ばした電気は、まだあたしの制御下にある。それをちょちょいっと動かして、体を操ってるのよ」


 鼻歌でもしだしそうな気分で語るアンジュ。


「ほら、肉体は電気信号で動いてるって言うじゃない? だから、相手の体に電気を流し込んで、その信号を偽装してやれば――こんなこともできるのよ」


 くるりとアンジュが指を回すと、マンイーターはフィギュアスケートの選手の如く空中三回転半を決めた。


「まあ、モンスターの体が実際に電気信号で動いてるかなんて知らないけど――個人の世界あたしのなかでは、


 それが、魔術。

孤独に完結する夢幻の理ミクロ」でしか認められない様々な現象を「大衆が観測する現実世界マクロ」に引っ張りだし、騙し、上書き、塗り潰すことで定着させてしまう魔の技術。


世界法則ほしのルールを塗り替えて、本来あり得ない現象を引き起こすのが魔術。魔法はそもそも魔法目録スペルリスト自体が世界法則の一部になっていて、それに定められたとおりの現象しか起こらないけど、魔術は自分が望んだとおりになるよう世界法則を書き換えるから、色んなことができるのよ」


【???】

【ちょっとなに言ってるかわからないですね……】

【ここたぶん黄昏の妖精郷だよな? ここのモンスターは軒並み対魔力性能がバリ高いはずなんだが……?】

【↑ブラックオーガを魔法で磨り潰せる最強美少女魔法使いにそんなこと関係ないんだよなぁ】

【まず最上級ダンジョンのモンスターが人間を前に踊っているという狂気的な光景に眩暈がする】

【これが当代最強の魔法使いちゃんですか……】

【↑それはいちおう別の人なんだが……でもこっちの方が当代最強に思えてきたわw】

【説明されても魔術師って呼んであげないの草】

【ぶっちゃけこの説明でわかったやつおりゅ? 僕はわかりませんでした】


(ぐぅ……なんでわからないのよっ!)


 さすがに視聴者に向かって怒鳴りつけるのは不味いので、心の中で叫ぶアンジュ。

 八つ当たりに、電気で操ったマンイーターを使い、近づいてきた別のモンスターに攻撃をぶつける。

 そのモンスターVSモンスターという光景に再びコメント欄は盛り上がるが――その中で一つ、アンジュは気になるコメントを見つけた。


【攻撃も防御も妨害もできるみたいだけど、もしかして強化と回復もできる?】


「ん? 強化も回復もできるわよ、回復の方はあんまり使う機会がないけど」


【マジか、全部できるのかよw】

【強化はまあそうだよな、じゃなくちゃ騎士王の動きに反応するなんてできんし】

【万能だ……賢者かな】

【賢者の称号に最も近い女子高生アンジュ】

【もう全部こいつ一人で良いんじゃないかな……あ、だからソロなのか】


 コメント欄に「賢者」という単語が出ているが、これは優秀な魔法使いに与えられる称号だ。大昔、それこそ勇者と魔王の時代から存在する、由緒正しき栄誉。所属国家と魔法協会としんめい教会に認められなければならないため、単純な知識量や強さだけでは得られない。


 歴代獲得者を見ていけば、それはそれは優秀な魔法使い――そして魔術師たちが名を連ねている。それを得るに近い、と言われて嬉しくない魔術師はいないだろう。


「ふふっ」


 もちろんアンジュも上機嫌になり、盛り上がった気分に合わせて派手な魔術を次々披露していく。憐れなモンスターどもを蹂躙する姿を配信に映しながら、ダンジョンの奥へとぐんぐん進んでいくのだった。


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