第8話「主人と配下」
「その言葉を無責任に放った大馬鹿野郎こそ、
刺すような声があった。
気付いたら、アンジュの後ろに一人の少女が立っていた。
振り向くと、輝くような金色の髪を腰まで伸ばした少女が、アンジュを睨むような目で見ていた。
「げぇ、ローラ」
思わず心の声を表に出してしまうと、金髪の少女――ローラは顔をしかめた。
「なにかしら、その反応は。あなたのご主人様に向かって『げぇ』はないと思うのだけれど」
「誰がご主人様よ、当主同士の関係であってあたしには関係ないわ」
ローラ・メイザース。
魔導御三家の一つ、メイザース家の次期当主である少女。
アンジュのスターリー家は彼女の家系に代々仕えてきた歴史があるので、幼い頃からローラはアンジュに対して支配者のように振る舞うのだ。それがアンジュにとっては鬱陶しい。
アンジュとローラの関係は、すでに終わっているというのに。
「……なにしに来たの」
鋭い視線に対抗して睨み返してやると、ローラはふぁさっと優雅に金髪を手で流しながら、
「あなたが馬鹿なことを始めたと小耳に挟んだものだから、釘を刺しに来たのよ」
「……、馬鹿なことってなによ」
「本気でわからないのかしら? 動画配信のことよ」
ローラは溜息交じりに言った。
アンジュはそっと奥歯を噛む。
薄情者のビアンカが教室の扉からこそこそ出て行くのを視界の端で捉える。「御三家に関わるのなんてごめんだね」という声が
「……配信が馬鹿なことって、どういう意味?」
「そのままの意味よ。無駄に力を見せびらかして、どういうつもりかしら?」
「別に、力を誇示しているわけじゃないわ」
アンジュはただ、魔術を世間に広めたいだけだ。自分の力を見せびらかしているわけではない。
しかしローラの認識は違った。金髪の少女は硬い声で言う。
「そうにしか見えないわ。あなたは仮にもスターリー家の人間、我がメイザース家の配下なのよ? そのような存在がいきなり強大な力を世間に見せつけるだなんて……
(……知らないわよ、家のことなんて)
そう言いたいが、言えない。
目の前の少女にとって、「家」は絶対なのだ。
魔導御三家の一つであり、魔法界全体を管理するメイザース家の次期当主として、ローラは常に張り詰めている。アンジュがなにか余計なことを言えば、烈火の如く怒り、無関係な過去の行いまで掘り返して文句をぶつけてくるだろう。まるでストレス発散でもするように。
長時間の拘束も幼馴染みのサンドバッグになるのも嫌なので、アンジュは戦略的撤退を図ることにする。
……決して逃げるわけではない。これは戦略なのだ。自分の時間を大切にするための、必要な撤退である。
「悪いけどあたし、あんたに構ってる暇はないの。色々準備しなきゃいけないから。それじゃ」
しゅばっと手を振って身を翻し、ダッシュで教室から出ようとする――が。
「あ、ちょっと待ちなさいッ――〝ウィンドロック〟!」
ローラが放った魔法がアンジュの足を捕らえ、動けなくしてしまった。
こうも素早く中級魔法を発動できるとは、さすがメイザース家の令嬢――などと言っても嫌味に取られるだろうので心の中だけに留めておく。
それに、アンジュに魔法の拘束は意味を成さないのだし。
「っと」
アンジュの足に嵌まった風の枷は、少し力を込めて足を動かすだけでほどけてしまった。まるで、魔法が自分からアンジュの動きを妨げることを嫌ったかのように。
「……相変わらず意味不明よね、あなた」
と、ローラの声。自身の魔法を破られたというのに焦りは見られない。
それも当然か。ローラはすでにアンジュの腕を捕まえていた。魔法だけでは止められないことを見越して、一瞬の硬直だけを作り出し、物理的に拘束したのだ。
アンジュは腕を掴むローラを至近距離で睨む。
「放しなさいよ、この高飛車女」
「言葉が悪いわね、高貴な振る舞いと言いなさい」
ふんっと鼻を鳴らすローラ。……ビアンカは時々アンジュに「貴族の思考をしている」と言うが、どう考えてもこいつの方が支配者の頭をしている。
「……まあ、良いわ。どうせあなたになにを言ったところで無駄でしょうし」
ローラはアンジュの腕を掴んだまま、諦めるようにそう吐き捨てた。
アンジュが訝しむように眉をひそめると、ローラは「ただし、これだけは言わせてもらうわ」と続ける。
「妙な目立ち方をしたせいで様々な人間が寄ってくるだろうけれど、交友を持つのはやめなさい」
同い年の少女からの言葉に、アンジュの顔から表情が抜け落ちる。
「……なにそれ。あんた、あたしの親にでもなったつもり?」
「酷い侮辱だわ、あなたの親のようになんて絶対にならないわよ。……あなたはお馬鹿だから、変なやつに騙されて悲惨な目に会って、私が尻拭いするようなことになるなんて嫌ですもの」
真正面から罵倒してきやがるお貴族様に苛立ち、アンジュは力を込めてローラの手を振り払う。
顔に感情は浮かばない。無、あるいは完全に凪いだ表情。
それが余計に相手の心を掻き乱すと、直感的に知っての対応。
「あたしが誰と交友を持とうと、どんなことをしようとあんたには関係ない。そもそもスターリー家としてのあたしの役目は終わったのよ。ローラ・メイザースがこれ以上アンジュ・スターリーに関わる必要はないはずでしょ」
「っ」
ローラの顔が歪んだ。
その感情が何なのか、アンジュにはわからない。
畳みかけるように、アンジュは言葉を投げ続ける。
「あたしは別に、力を示すために配信をやっているわけじゃない。御三家のパワーバランスを乱そうとか、そういう面倒な意図はないわ。あんたも知ってるでしょ。――あたしはただ、魔術を広めたいだけ」
「……馬鹿ね。本当にお馬鹿。迷惑なやつよ、あなたは。他の家の連中がどう思うかなんて、その小さな頭でもわかるでしょうに」
「それこそ公的にあたしはメイザース家との関わりは切れたことになってるでしょ? あたしの行動でメイザース家がどうとか考えるのは無駄ってこともみんな知ってるはずじゃない」
「世界はそう簡単にできていないわ。……この学園内という限られた範囲でも、あなたは私の配下という認識なのだし」
そういう認識が広まっているのは、確かに事実だ。アンジュは否定しているが、改められる気配はない。アンジュの友人であるビアンカすらその認識が残り続けるレベルで浸透している。
御三家とその配下たちの関係は、魔法界においてそれだけ根強いのだ。
……それらが御三家とその配下たちによって支配されている現状が、その思想を強くしている。
「……だいたい、魔術なんて広めてどうするのかしら? 現在の主流は魔法。そうなるように
ローラの言葉は、ある意味では正しい。
けれど、魔術師としては決定的に間違っている部分がある。
理を越える術に魅入ってしまった血族が、どうしてそれを忘れてしまったのか――アンジュはずっと不思議に思っていた。
「あたしは魔術師よ。どんな行動も、全ては魔術の研鑽に繋がっているわ」
「そう……。ホコリの被った技術を広めて、意味があるとは思えないけれど。……そもそもあなたの配信、ダンジョンで無邪気に無双しているだけだし」
ぼそりと付け足された言葉に、アンジュの顔が歪む。眉がピクリと動き、口の端がヒクヒクと震えた。
「こ、これからはちゃんと魔術の授業みたいなこともするわよ! ――って、なんであんたが配信の内容知ってるのよ!?」
「えっ? あ……っと、ほら、配下の問題行動の詳細をきちんと把握して対処するのも主人の役目だもの、当然よっ!」
「配下」「主人」と相変わらずアンジュを下に置くローラにイラッとするが、この幼馴染みは初めて顔を合わせたときからずっとこの調子なので一生変わらないのかもしれない。
「とにかく! あたしは魔術の研鑽のためにやってるの。邪魔するなら容赦しないわよ、魔法使い」
「っ、アンジュ……」
何か言いたげで――けれども唇を硬く引き結んだローラに背を向けて、アンジュは教室を出た。
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