第7話「方針と先駆者」
そうと決まればクヨクヨしていられない。
ナディアの励ましで元気を得たアンジュは、さっそく次の配信の準備に取りかかる――つもりだったのだが。
「お前、本当に出席数大丈夫か? 午後は必修科目あるぞ?」
というビアンカの言葉を受けて計算し直してみたら、ちょっとヤバかったので午後の授業は出席することにした。
とはいえ授業中はずっと配信の内容を考えていて、全く授業に集中していなかったが(魔術で作った幻影を自分に被せているので、先生からは普通に授業を受けているように見える)。
(とりあえず、次の配信も場所は変えた方が良いかな。一度攻略した場所だと新鮮味がないし)
今アンジュのチャンネルを登録している視聴者は、その多くが「高難度のダンジョンをソロで攻略する姿」を求めて集まっている。それも圧倒的な力で無双する姿を、だ。
しばらくは需要に応えて、上級・最上級のダンジョンをソロ攻略するのが良いのかもしれない。
だが、何か工夫しなければ飽きられてしまうだろう。
それまでに視聴者には魔術に興味を持ってもらいたいところだが――。
(……違う、違うでしょ、アンジュ・スターリー。あたしの目的は、魔術を広めること。配信者として人気を集めるのが主目的じゃないのよ!)
ならば、場所がどうとかは関係ない。
工夫すべきは魔術と、その見せ方だ。
素晴らしく格好良い、ド派手で煌びやかな魔術を次々に披露して――そして、上手く魅せていくことで、視聴者を飽きさせないようにするのだ。
「真っ当にダンジョン配信をしてれば良いんじゃないか?」
気がついたらいつの間にか授業もホームルームも終わっていて、鞄を肩にかけたビアンカがそう声をかけてきた。
アンジュはわずかに眉をひそめて、
「あたしは別に、普通のダンジョン配信がしたいわけじゃないのよ。配信は、魔術を広めるための手段でしかないわ」
「他の配信者たちに喧嘩を売る台詞だな……それ、配信には載せるなよ」
確かに、配信者として頑張っている人が聞いたら不快に感じる言葉だったかもしれない。反省。忠告をしっかり受け止める。
「……でも、ホントに配信者として人気になりたいからやっているわけじゃないし」
「つっても目的のためには、配信者として人気があった方が見てくれるやつが多くて良いだろ? なら、ダンジョン配信で視聴者を増やしつつ、ごく少数の視聴者に魔術のとっかかりを与えていくくらいがちょうど良いんじゃないか?」
「んー……そうなのかなぁ?」
「というか実際のところ、興味を持っても習うことができないのが問題だろ」
「それは……」
ビアンカの指摘に、アンジュは言葉を返せなかった。
現代において、魔術師はほぼ存在しない。
……「ほぼ」なのは、オリジナルの魔法を開発する人たちを、いちおう魔術師と分類できなくもないからだ。
彼ら「オリジナル魔法」を作る人たちは、最初は魔術師と同じく自力で世界法則を書き換える術式を作り出している。それを学会で発表して承認を受け、
ともあれ、その一部を除けば、魔術師は現代には残っていない。
ゆえに魔術に興味を持ったところで師事することができず、当然ながら学校や塾もないので習うことができない。
「なら、あたしが配信で教えていくわよ」
アンジュがそう言うと、ビアンカは少し考えるような仕草をしてから、
「……まあ確かに、オンライン授業をやってる学校も増えてるし、通信教育は動画を見て学ぶ形式も多いらしいけどな」
「でしょ? そんな感じで、あたしが先生として視聴者に授業をするの。あ、なんかイメージできてきたかも。どっかの空き教室を借りて……そうだ、眼鏡と指示棒用意しなきゃ!」
「形から入るタイプなんだな、お前」
なぜかビアンカは呆れたように溜息を吐いた。
「……つか、まず視聴者に『魔法』と『魔術』の違いを説明するところから始めろよ。お前の配信、誰も魔術だと思って見てねえぞ」
「うぐっ……あんなに魔術だって言って、チャンネル名も魔術師にしてるのに……」
しかし今朝見たネットニュースでも「魔法使い」と書かれていた。皆の認識はやはり「魔術」ではなく「魔法」なのだろう。残念ながら。
「……いや待って、確かにみんな『オリジナル魔法』としかコメントしないけど、あれって実はそういうからかい方だったり……?」
「一部そういうやつがいないでもないが、だいたいの視聴者はマジでわかってないぞ。ロクな説明がないし」
「してるわよ! 魔法がインスタント麺で、魔術が老舗の本格ラーメン!」
「その先を説明しろよ、そのままだと家で食うか店で食うかの違いしかイメージできねえだろ」
「良い例えだと思ったのに……」
お手軽さと簡略化の歴史をふんわりと説明できるので、かなり気に入っていたのだが。
「でも、最初から複雑な説明をしても視聴者が逃げるだけでしょ? だから最初はふわっとしたイメージで覚えてもらおうかなって……」
「お、いちおうその辺りも考えていたんだな」
「そりゃああたしは天才ですから」
えっへんと胸を張ってみせたら、ビアンカが凄い顔になった。なぜか視線がアンジュの胸の辺りで止まっている。
「……どしたの?」
「っち、なんでもねえよこのEカップ」
「え?」
なぜ舌打ちされたのか謎だが、アンジュが追求する前にビアンカが口を開いた。
「ああ、そうだ。お前の魔術が『オリジナル魔法』って認識されてるのは、先駆者の影響がでかいせいかもしれん」
「先駆者?」
首を傾げるアンジュに、ビアンカは携帯端末を差し出してきた。
そこの画面に映っていたのは、配信者のチャンネルページ。
ずらりと並ぶ動画のサムネイルには男の人が映っていて、「超☆絶カッコイイ新魔法!」やら「マジ弩級†激クール†な魔法」などと厳ついフォントの文字が躍っていた。
「ええっと……え、これチャンネル名なんて読むの?」
「
「わお」
なんか凄い名前だな、とアンジュは正直に思った。
が、チャンネル登録者の数を見て、その桁違いの数字に目を見開く。
「ひゃ、ひゃくごじゅうまん!?」
「超有名な配信者だぞ。特にこの学校では良くも悪くも話題に上りやすい。配信内容的にな」
「そ、それで、このチャンネルが先駆者ってこと?」
「そうだ。このレイジって人の配信は、オリジナル魔法を紹介する内容なんだ。見たことのない派手な魔法と言えばこの人、って認識が多くの視聴者にあって、お前はこの人の後追いだと思われている節がある」
「後追い……」
ダンジョン配信を行う配信者は十万を超えると言われるのだから、何かしら内容が被ってしまうこともあるだろう。けれどもアンジュとしては「魔術」を紹介していたつもりなので、「オリジナル魔法」を紹介するこの人とは被っていないと思ったのだが――。
「……視聴者には違いがわからない、ってこと?」
「そうだな。つかこの人のオリジナル魔法はだいたい学会で弾かれて
「なるほど」
アンジュは一つ頷いて、
「……でもあたし、オリジナル魔法を開発する人のことを魔術師とは認めてないから」
「んなこだわりとか知らんがな」
「魔術は魔術のままでなきゃ駄目なのよ。人類がどうして魔術という世界法則を越える技を磨いてきたのか、まるでわかっていないわ」
「知らん知らん」
「そもそも
「やめろ。ウチは御三家に目を付けられたくないんだ。実はスターリー家のルーツがあの天才魔術師だなんて知りたくなかった。……え、というかマジで?」
「マジよ」
ビアンカは頭を抱えてしまった。「じゃあウチの目の前にいるのって、あの偉大なる現代魔法の祖である大天才の子孫ってことか? マジか……マジかぁ……」と何やら小声でブツブツ呟いている。
と。
「その言葉を無責任に放った大馬鹿野郎こそ、
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