第3話「二度目の配信」



 授業をサボって配信内容を考えてみたが、結局「ダンジョンで魔術を披露する」以外のアイデアが浮かばなかった。素人の企画力などそんなものである。


 とはいえ配信初心者でも「人が集まる時間に配信をした方が良い」くらいの考えは出てくるので、一般的な夕飯の時間前後に二回目の生配信をすることにした(いちおう昨日もこの時間だった)。


 やることは前回と同じ。だが場所は変えることにした。新鮮さは大事である。……あと、前回のダンジョンは出現モンスターが弱くて魔術のデモンストレーションの場としては不適格だと思ったのだ。


「あ、専用の携帯端末ケータイ買うの忘れてた」


 慣れ親しんだ携帯端末を見て、昨日専用のやつを買おうと決めたことを思い出す。


「……ま、次回からでいいや」


 前回と全く同じ呟きをして、これまた前回と同じように魔術で端末を浮遊させる。

 浮遊式カメラも同じようにセットしてから、アンジュは配信開始ボタンを押した。


「テステステス。あー、あー、聞こえてますかー?」


【聞こえてるぞ】


「わっ! もう人がいる……!」


 いきなりコメント欄が動いてびっくりするアンジュ。

 同接を見たら、なんと二人、――いや八人、十六人……どんどん増えていく。


 ……そういえば、前回の配信の最後には同接が三桁に届いていた。さっき確認したらチャンネル登録者数も百人を越えていたし、そのおかげだろう。なんでそこまで一気に増えたのかは謎だが。


(待って……)


 アンジュの脳裏に閃くものがあった。


「みんな……魔術の素晴らしさに魅了されたのね!」


【どちらかと言えばアンジュちゃんに、ですかね……】

【そうだよアンジュちゃんの可愛さに魅了されたんだよ】

【オリ魔法がかっこよかったのも事実。ワイはそっちに惹かれたんやで】


「ぐっ……」


 魔術じゃないの!? と叫び出したいのを堪えて、なんとか笑みの形を作る。


「あ、はは、ははは……んんっ。――今から魔術で華麗にモンスターを倒すから、存分に魅了されなさい!」


【もう充分アンジュちゃんの魅力に魅了されてるよペロペロ】


「あたしじゃなくて魔術に魅了されなさいよっ!」


 我慢できずに叫んでしまった。

 一度深呼吸を挟んで、心を落ち着ける。


(……まだ配信は始まったばっかり。大丈夫、視聴者の意識を塗り替える時間はたっぷりあるわ)


 モンスターを格好良く魔術で倒せば、皆、見直していくはずだ。そして思い出すはずだ。魔術という魔の技術の素晴らしさを。


 そう言い聞かせて、アンジュはダンジョン内を歩き出す。


【そういえば、アンジュちゃんがいるダンジョンってどこ? 前回と雰囲気が違うけど……】


 浮遊式高級カメラの機能で視界に投影したコメントを読んで、アンジュは返答する。


「ここは『騎士王の居城』ってダンジョンの中層辺りよ」


 今いるダンジョンの名前を出すと、コメント欄がざわついた。


【は?】

【え? 冗談だよね?】

【いや騎士王のって最上級ダンジョンじゃねえか!?】


「うん。だってほら、前回の場所だと魔術の凄さを見せつけるにはモンスターが弱すぎたし……」


【弱すぎたってw】

【いやいや前回の『赤獅子帝の檻』だって上級ダンジョンだからね!?】

【上級ダンジョンのモンスターを雑魚扱いするアンジュちゃんは強いなぁ】

【いやさすがに嘘だろ?】

【↑嘘じゃないと色々ヤバイの間違いなんだよなぁ】


 コメントの異様な雰囲気に、アンジュは首を傾げる。

 が、何かを言う前に、モンスターが視界に入ってきた。


 とりあえずコメント欄への疑問を置いて、アンジュは思考を切り替える。魔術を魅せるために。


「相手はオーガ……の変種。ブラックオーガね」


 筋肉質の黒鬼がアンジュを睨み、その手の大剣を振りかぶって襲いかかってくる。

 ただの人間なら恐怖で体がすくみ上がっただろう。

 だがアンジュは魔術師だ。


「〝止まれ〟」


 吐き出した言霊は現実となる。

 ブラックオーガの体は不自然なまでに急停止した。まるで動画の再生を止めたときのような、あり得ない制止。


 これが魔術。

 アンジュはくるりと指を回して、トリガーを引く。


「〝乱れ撃て〟」


 アンジュの眼前にいくつもの氷の武器が生まれる。剣、槍、斧、槌……それらは全てブラックオーガへと矛先を向け、次々に射出されていった。


 ズガガガガッ!! と凄まじい衝撃音がダンジョンを震わせる。

 血飛沫が舞う。砕けた氷の破片がキラキラと散り、渦を巻き始める。


「〝切り刻め〟」


 イメージとしては、ミキサーか。

 風に乗った氷の破片が標的の肉体を切り裂き、あるいは削り取る。肉片になるまで粉々にする。肉片になったら竜巻に呑み込まれ、細氷と一緒に渦を巻く。


 やがて。

 風が収まると、白亜の通路には渦巻き状の血痕だけが残された。


「……ドロップアイテムなし、か。最近ツイてないわね」


 ぼやきつつ、アンジュはコメント欄に意識を傾ける。


【すっっっっっごwww】

【あれブラックオーガだぞ!? 筋肉ダルマのオーガ種なのに対魔力性能が強化されたトンデモモンスターだぞ!!!???】

【どうして最上級ダンジョンのモンスターをソロで討伐できるんですか(困惑)】

【グロ注意って表示付けた方が良くない……?】

【↑ダンジョン配信はそもそも全部グロ注意だろがい!】

【アンジュちゃんは強いなぁ(震え声)】


 反応は上々……だろうか?


「ふふん。視聴者のみんな、これが魔術よっ!」


 強調するように言うアンジュ。

 この調子でモンスターを倒していけば、案外簡単に皆魔術の素晴らしさを理解してくれるかもしれない。


 気分を良くしたアンジュは、探知の魔術でモンスターを見つけ次第(ほかの探索者の迷惑にならないよう気にしつつ)魔術で格好良く討伐していった。


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