第2話「魔術師と魔法使い」
「――ってことがあったのよ!」
初配信をした次の日。
登校日だったのでアンジュはしぶしぶ学校に行くと、自分の机(アンジュの前の席)で携帯端末を弄っていた友人のビアンカに初配信の出来事を語った。
つまりは「魔術を披露して、何度も『これは魔術だ』と主張したのに、誰も理解してくれなかった」ことを説明した。
「……はあ」
茶髪ショートカットの少女、ビアンカ・レッチェルトの反応は淡泊なものだった。
それを不満に思ったアンジュは唇を尖らせる。
「ホントに酷いのよ? みんなあたしの魔術を『オリジナル魔法』だとか言うんだから」
「一般人の認識なんてそんなもんだろ」
面倒くさいのか、ビアンカは携帯端末から顔を上げずに続けた。
「ぶっちゃけウチも、お前の言う魔術と魔法の違いとかよくわからんし」
「は!? 何度も言ったじゃない!」
「全部忘れた」
「ちょっと!?」
友人のあんまりな物言いにアンジュが声を上げると、ビアンカは一瞬だけ視線を寄越して、
「うるさい。徹夜明けの頭に響く」
「うぐっ、ごめん……」
「まあお前が魔術についてうるさいのはいつものことだが……」
ビアンカは溜息を一つ零して。
それから携帯端末の画面をこちらに向けた。
アンジュが視線を画面に落とすと、動画アプリが開いていた。そしてそこには見覚えのあるチャンネル名が。
「あたしのチャンネル?」
「お前の言う初配信をちょっと確認してみたんだが……そりゃまあ普通は違いなんてわからんわな、って思った」
なんと。今までアンジュと目を合わせていなかったのは、アンジュの配信を見ていたかららしい。ちょっと照れる。
が、言われた言葉は聞き流せない。
「な、なんでわからないのよ? 全然違うじゃない。魔法はハンコみたいにずっと同じ模様が映るけど、魔術は毎回違う絵を描いているのよ?」
「その認識があるのは古い魔法使いだけだぞお婆ちゃん」
「誰がお婆ちゃんよっ!」
ピッチピチの十六歳女子高生に向かって酷い暴言である。
同じく十六歳女子高生のビアンカはなぜか呆れた目を向けてきた。
「……お前もこの学校に通ってるなら理解していると思うが」
謎の前置きをして、ビアンカは続ける。
「現代魔法使いにとって、魔法とは武器だ。武器に求められるのは殺傷力と使いやすさ。毎度毎度複雑な術式の構築なんて面倒なことはせず、決められた型をそのまま使った方が効率が良い。お前風に言うなら、『インスタント麺』がちょうど良いんだよ」
「……、」
「つぅかお前の家こそ魔法の普及を推し進めてきたところだろ。メイザース家の弟子として付き従うスターリー家なんだから」
魔法の辞典、と言えばいいのか。この世の魔法は全て、
だが、それは誰にでもできることではなかった。
だから、「誰にでも手軽に使えるようにしよう」という考えが生まれた。
……その背景には魔族との戦いだとか勇者の強化だとか色々あったのだが、とにかく大昔の魔術師たちは魔術の普及のために頑張ったのだ。
秘密主義を撤廃し、秘伝の術式を教え合い、統合し、系統分けを行い、形を整え、効率を追求し、危険を排除し、利便性を増し、難易度を下げ、――苦労の果てに、六百年前、とある天才魔術師によって
世界法則の一部となった魔術――否、魔法は、使用するために特別な素質も複雑な自己暗示も必要なかった。むしろ世界法則が魔法の発動を補助してくれるように、理を書き換えてしまった。
結果、簡略化された術式をそっくりそのまま模倣して魔力を注ぐだけで使える
「……コマンドリストなんて、作らなきゃ良かったのに」
「問題発言だぞ、それ。御三家にどやされたくなかったらもう配信では言うなよ」
魔法の使い方は、ゲームでコマンドを選択することに例えられる。
だから全ての魔法が記録された
「……なんでご先祖様は
「そりゃまあ戦争のためだろ。魔族に対抗できる、人類にも使いやすい強力な武器を作りたかった。……って、それが成功したから御三家があって、この学校もあるんだろうに。理事長がいっつも言ってんだろ?」
「あんな無駄な長話、聞いてるわけないじゃない」
「この不良娘が」
「ビアンカこそ、真面目に聞いてるの?」
「んなわけねえだろ、全校集会は睡眠時間だよ」
どっちが不良生徒なのやら。
ちなみにだが、アンジュの通うこの学校はシュプレンゲル魔法学園という、大陸で一番の魔法の学校だ。運営しているのが世界にまたがる魔法協会、そして魔導御三家という偉大な魔法使いの家系の一つであるのが、一番たる理由か。
数多くの優秀な魔法使いを排出してきた名門校。卒業生の多くは各国の軍や魔法省、あるいは探索者(ダンジョンを探索する人のこと)として活躍している。
……とはいえ、この学校で教えるのは「魔法」。アンジュとしてはつまらない場所だった。
「今日って必修は午前中だけよね? 午後からまた配信しようかな……」
「おいコラ選択科目もきちんと受けろ」
ビアンカのジト目が飛んでくるが、アンジュは唇を尖らせて返す。
「だって面倒だし、つまんないし、卒業に必要ないし。ビアンカも一緒にサボらない?」
「サボらない。お前と違ってウチはほどほどに優等生なんだよ」
「集会は寝てるのに?」
「成績表には載らないからな。ウチが気を張るのは無遅刻・無欠席・無早退、そしてテストの点数を平均点少し上に乗せることだけだよ」
「ふぅん。真面目ね」
「お前はもう少し真面目になれ。……って、実家から言われないのか?」
「お兄様はなにも。他は知らないわ」
正確には「何か言われたかもしれないが覚えていない」であるが、まあ似たようなものだろう。アンジュが兄以外の家の人間の言葉に耳を傾けることはない。
「……ま、良いけどな。お前を矯正するのはウチの役目じゃねえし」
「矯正って。あたしそこまで不良じゃないけど」
「名家の令嬢としては大問題だろ。しかも御三家の一つ、メイザース家の一番弟子としては」
「家はそうかもだけど、あたしは別にあいつの弟子じゃないし」
アンジュの師匠は一人だけだ。決して同学年の少女のことではない。
心の中で二つの顔を思い浮かべ、要らない方を空想の消しゴムでかき消す。
数秒間目を
「……うん。帰る」
「は?」
きょとんとした顔で聞き返してくるビアンカに、アンジュは正直に言う。
「授業受ける気がなくなったから帰る。帰って次の配信の内容を考える」
「いや待て待て待て、午前中は必修科目があるだろ?」
「ちゃんと出席数は計算してるから大丈夫よ」
「ホントかぁ……?」
どうしてビアンカがそんな疑いの目を向けてくるのかわからないが、今日の授業を全部休んでも単位の取得に問題がないのは事実だ。
「……ってか、配信続けるんだな。楽しくなったのか?」
「ん? んー、楽しいかはまだわからないけど……でも、諦める気なんてないわよ。魔術の普及のためだもの」
かつて魔術師は、魔術を簡単な形にして広めた。
その結果が魔法なのだが――アンジュはその源流を思い出させたい。原初の魔の技術を、世界に復活させたい。
「なあ、アンジュ。そもそもお前、なんで魔術を広めようとしてんだよ?」
ビアンカの問いに、アンジュはにっこりと笑った。
魔術がこの世で最も素晴らしい技だから――だけではない。
「あたしね、魔術を極めたの」
「は?」
訝しげなビアンカの目。
アンジュは笑顔のまま続ける。
「正しくは『個人の限界に辿り着いた』かな。……技術は一人で極められない。他者と意見を交換し、互いに指摘し合い、
だが、現代に魔術師は残っていなかった。
皆、魔法という楽な道具を使うだけになってしまった。
ゆえに――。
「あたしは、ライバルを作ろうと思ったの。形としては弟子みたいになっちゃうけどね。……いつか今のあたしのところまで辿り着いて、競い合える魔術師を生むために――まずは魔術の存在を広める」
「……壮大な計画だな」
「魔術師だもの、己のために世界を変えるのは日常茶飯事よ」
「そんでもって無謀だ。しかも傲慢、救いがたいほどにな」
ビアンカは呆れた目でこちらを見ていた。
だが、彼女は「無駄だからやめろ」とは言わなかった。
代わりに、アンジュの友人はこう言った。
「……ま、せいぜい頑張れよ。退学にならない程度にな」
「そこは大丈夫よ。いざとなったらお兄様にお願いするし」
「とりあえずそのナチュラルに貴族の思考は視聴者の反感を招くから気をつけろよ」
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