「魔法」とかいうインスタント麺が流行っているので、本場の味の「魔術」を広めるために配信します!
水代ひまり
第1話「そうだ、動画配信を始めよう」
十六歳の女子高生魔術師アンジュ・スターリーにとって、「魔術」とはこの世で最も素晴らしいものだった。
しかし世の中には「魔術」という存在は知られていなかった。代わりに「魔法」というお手軽異能力がのさばり、脚光を浴びていた。
「あり得ない……あんなインスタント麺みたいなのが世界のトレンドだなんて……!」
でも世界で一番食べられているラーメンはカップ麺じゃん、という突っ込みは異次元の彼方にでも捨てておく。
アンジュは考えた。
(どうすれば、魔術の素晴らしさを広めることができるんだろう?)
ぐるぐる頭を回していたアンジュの目に、携帯端末が映る。
ワンタップでネットに繋がるこれが生まれたときから傍にあった現代っ子としては、目に入ったら何の目的がなくともとりあえず手に取ってしまうのは自然な動作だ。
最近の端末には標準搭載の魔力波形識別でロックを解除し、なんとなく動画アプリをポチッと押す。
「ウケる。なんでこの人わざわざ剣で飛龍に挑んでるの、あははっ」
トップ画面にオススメ表示されたダンジョン配信の動画を開いたら、探索者兼配信者の男性が近接武器を片手に、空を自由に飛び回る
ダンジョン配信。
簡単に言えば、ダンジョンと呼ばれる「モンスターが出現し、宝箱や未知の素材が手に入る異界」で探索したり戦ったりする様子をカメラで撮し、動画共有サイトで配信することだ。
流行の始まりはいつだったか。その配信形式が世間に広く認識されてそこそこ経つが、今でも「好きな動画ジャンルは?」と問われれば三番目までには名が上がってくるレベルで人気だ。
非日常のスリルを安全地帯から楽しめる。大昔で言えばコロシアムのようなものだろうか? 現代で言えば、VRゲームよりもリアリティがあるのが人気の理由だろうか。
「あ、魔法使った。なんだ、近接武器縛りの企画とかじゃなかったのね……」
そこまでは面白かったのに、と少し残念に思いながらアンジュは動画を閉じようとして。
ふと、頭に閃くものがあった。
「そうだ、あたしも動画配信をしよう」
今の時代、これほど人に何かを発信するのに最適なものはない。
思い立ったアンジュはさっそく準備をして出かけた。
◆ ◆ ◆
二時間後。
電気街で配信道具一式を(特に値段とか気にせず)手に入れたアンジュは、近場のダンジョンに突入した。
そのままぐんぐん進み、中層の少し奥の辺りを記念すべき初配信の場所と定めて、配信機材を準備する。……準備とはいっても、ダンジョン内でもインターネットに繋がる携帯端末と自立浮遊式のカメラを無線接続して、空中に浮かべるだけだが。
「設定は……適当にやって、と」
ちなみにチャンネル名は『魔術師アンジュの配信チャンネル』である。シンプル・イズ・ベストだ。
細かい配信の設定にはネットで見つけたオススメをそっくりそのまま当てはめて、ふと思う。
「あー……せっかくだから
アンジュが今使っている携帯端末は、学校に転入する前に兄に買ってもらったものだ。友達が言うにはかなり高いやつらしい。
とはいえダンジョン配信が流行し、探索者の数も急増した現在、市場には「配信者用の高画質・低遅延の端末」やら「探索者のための高耐久端末」やらが溢れている。高級とは言ってもあくまで一般用のものよりは、そちらの特化品の方が性能面では良いだろう。
「……ま、次回からでいいや」
呟いて、アンジュは端末を空中に放り投げた。……捨てた訳ではない。アンジュが人差し指をくるりと回すと、携帯端末は空中にふわりと浮かんで止まった。
浮遊の魔術。
カメラのように自前の機能で勝手に浮いてくれるものも多く発売されているが、アンジュは魔術で同じことができるし、ぶっちゃけこのくらいなら大した手間でもない。
ともあれ、これで準備は整った。
「ポチッとな」
気負うこともなく、そして特別に気合いを入れるでもなく、アンジュは自然体で配信を始めた。
「あー、あー。テステス。聞こえますかー?」
マイクテストをするが、コメント欄(浮遊カメラに搭載されていた「配信者の視界の端にコメント欄を表示してくれる」機能を使っている)に動きはない。当たり前だ。
「……ま、適当に待ってれば誰か来るでしょ」
希望的観測を口にして、アンジュは歩き出す。その後ろをふよふよカメラと携帯端末が追いかけてくる。
この配信の目的は、魔術を広めること。
いきなり小難しい理論を語っても視聴者は来ないだろうから、まずは視覚的にわかりやすいことから始めよう――と思い立ってのダンジョン配信だ。
つまりアンジュの考えはこうだ。
1、アンジュが魔術でド派手にモンスターを倒す。
2、それを見た視聴者が魔術に興味を持つ。
3、魔術についてアンジュが説明する。
4、視聴者は魔術の虜になる。
「完璧な理論……! さっすがあたし、天才ねっ」
機嫌良くくるりと一回転。ついでに視界の端に映った
「んー、これだと派手さに欠けるわね」
頭、心臓、へその下辺りの三カ所に穴を空けたオーガが倒れ、その体を黒い霧と化して消えゆくのを見届ける。
「さあて、次の獲物は……っと」
探知の魔術で獲物を探し、反応のあった場所へ向かってモンスターを倒しまくること十五分。
【こんちはー。初見です】
【初見。もうダンジョンの中?】
「あっ、ようこそ視聴者さん!」
なんと
アンジュはカメラに向かって笑顔で挨拶をして、考えていた説明を口にする。
「あたしの配信は、魔術の素晴らしさを広めるための配信よ! 今から魔術で華麗にモンスターを倒すから、存分に魅了されなさい!」
と、ちょうどモンスターを見つけた。
向こうもアンジュの姿を認めたようで、全身鎧をガシャンと鳴らしながら槍を構えた。
「悪いけど、近接戦闘なんてする気はないから」
ペロリと舌を出して、リビングアーマーに指を向ける。
「〝縛れ〟」
力ある言葉をトリガーに、魔術が起動。リビングアーマーの影がざわりと蠢き、空中へとその手を伸ばす。
足下で発生した謎の現象に驚いたリビングアーマー、その全身に影が絡みつく。魔術によって実体を与えられた影はリビングアーマーの力でも引き裂けず、その動きを完全に封殺してしまった。
自分で作り出した絶好のチャンスに、アンジュは(カメラ写りを気にしつつ)笑みを浮かべ、呪文を口にする。
「〝灼き焦がせ〟」
意識すべきは――どれだけ派手に、格好良く見えるか。
イメージするのは光と闇。白と黒が合わされば最強に見えるのだ。天才魔術師たるアンジュの感性に間違いはない。
そんな思考から生み出された
二条の稲妻がアンジュの指先から放たれ、絡み合いながらリビングアーマーに向かっていく(とはいえ一瞬のことなので、一部の超人以外にはスロー再生しなければわからないのだが)。
着弾、そして閃光と放電。
白と黒の対極の稲光がダンジョン内を劇的に照らし、そして荒れ狂う稲妻がダンジョンの壁に触れてえぐり、引き裂き、灼き焦がす。持て余した破壊力はダンジョンの通路を破壊するだけに飽き足らず、壁を食い破って部屋の中にいたモンスターにも降りかかった。
他の探索者がいたらとんでもなく迷惑な攻撃だが、事前に探知の魔術で周辺に人がいないのは確認済みだ。
やがて白黒の放電が止むと、リビングアーマーがいたはずの場所にはなにも残っていなかった。
モンスターが消滅するときの黒い霧すら見えなかった。もしかしたら鎧の一片も残さず消し飛ばしてしまったのかもしれない。そしてドロップアイテムも焼き尽くしてしまったのかもしれない。ちょっとしょんぼり。
ともあれ、だ。
第一段階「モンスターをド派手な魔術で討伐」はクリア。さて第二段階「視聴者の反応」はどんなものか――?
「どう!? これが魔術よっ!」
アンジュは満面の笑みをカメラに向けながら、コメント欄を確認する。
果たしてアンジュの期待通りにコメントが投稿されていた。
【なwんwだwこwれwww】
【めっっっっっっちゃ凄い音がしたんだが??????】
(よっし、第二段階はクリア! 次は第三段階「魔術の説明」ねっ)
心の中でガッツポーズして、アンジュは考えていた説明を口にする――直前に。
もう一つコメントが投稿された。
【凄い魔法ですね!】
一瞬、思考が止まった。
「えっ……ちがっ、今のは魔法じゃなくて魔術……」
【今のはなんて魔法?
「いや、これ魔術だから……コマンドリスト……じゃない、
【なるほど、オリジナル魔法なんですね!】
「ちっ――」
ぐっと飲み込んで、
(ちっがああぁぁぁあああああああああああうっっっ!!)
心の中で絶叫するアンジュ。
(「魔法」じゃなくて「魔術」! 決まった術式でしか使えない優等生の公式じゃなくて、
……というのをカメラ越しに叫んだとて、いったいどれだけの視聴者が理解してくれるだろう。
どう考えてもせっかくの同接「三」が「ゼロ」になるだけだ。
(おおお落ち着けアンジュ・スターリー。あたしは魔術師、偉大なるシオン師匠の一番弟子……こんなことで心を乱され、子供みたいに喚き散らすのは駄目よ。ここは冷静に訂正しつつ、何度も魔術を見せて視聴者の意識を少しずつ変えていくしかない……!)
そう自分に言い聞かせ、モンスターを見つけ次第魔術で殺すこと一時間。
【すっげえ魔法だぁ】
【オーガを一撃wwwとんだ逸材が現われてしまったな】
【ここもしかしなくても上級ダンジョン? 魔法使いでソロとかやばいな】
【オリジナル魔法かっこよすぎるw】
【ド派手すぎるからソロじゃないと探索者として活動できなさそう】
【アンジュちゃんが美少女過ぎてずっとアンジュちゃんしか見てなかったわw】
【銀髪ツインテにオッドアイの超絶美少女とか現実にいたのか……】
【いちいちキメ顔するのが可愛い。そしてそれをカッコイイと思ってそうなのがさらに可愛い】
【この子、あんな高威力の魔法連発して良く魔力切れしないな……】
【そもそも上級ダンジョンのモンスターを一撃で消し飛ばす魔法ってどんだけ魔力を消費すれば良いのやら】
【装備でブースト……しているようには見えないよな? なんなら最低限の探索者装備すらしてないし】
【合成? いやそれならそれで凄い映像技術だけど】
【期待の新人中二病系魔法使い美少女。これは推せる】
同接は、いつの間にか三桁に届いていた。
理由は不明。
でも視聴者が増えるのは良いことだ。これで皆に魔術を浸透させれば、当初の目的に近づく――のだが。
「魔術、これは魔術! 魔術は凄いでしょ!? 凄いって言いなさいっ!」
【アンジュちゃんは凄いなぁ!】
【アンジュちゃんは可愛いなぁ!】
【アンジュちゃんのオリジナル魔法はかっこいいなぁ!】
【アンジュちゃんが中二病で面白いなぁ!】
【アンジュちゃんペロペロ】
どうして。
どうして誰も、魔術だと言ってくれないのか――!?
【ぶっちゃけ魔法と魔術って呼び方以上の違いなんてないだろ】
というコメントを見て、アンジュは思わず叫んでいた。
「インスタント麺と老舗のラーメンくらい違うわ――っっっ!!」
誰も理解してくれなかった。
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