第4話「ばーさす騎士王」



 配信開始から二時間ほど。


「ん、最後のボス部屋ね……」


 異様に目立つ大扉の前で、アンジュは足を止めた。


 ダンジョンには、最奥のダンジョンコアを守る「ダンジョンボス」と、途中のフロアで侵入者を待ち構える「階層ボス」が存在する。

 このダンジョン――『騎士王の居城』は全三十五階で、そのうち十、二十、三十階に階層ボスがいるのだ。


 現在アンジュがいるのは三十五階。

 目の前の扉は、ダンジョンボスが待ち構える部屋への入り口だ。


【まさか最後の部屋まで来てしまうとは……】

【ソロで来られる場所じゃないでしょ……】

【↑しかも後衛の魔法使い単騎。こりゃとんでもない新人だぜぇ】

【アンジュちゃんは凄いなぁ】


 なんとびっくり、同接はいつの間にか千人を超えていた。配信者活動二日目にして凄まじい勢いだ。こういうのを「バズった」と言うのだろうか?


(……この調子ならたくさんの人に魔術を知ってもらえるかな?)


 とはいえ、未だにコメント欄に「魔術」の打ち込みは少なく、「魔法」とばかり書かれるのだが。


(どうしてこんなに「魔術」だって言ってるのに、みんな「魔法」って言うんだろう……)


 諦めるつもりはさらさらないが、それでもちょっぴり落ち込んでしまう。

 そんな内心の沈みを隠しつつ、アンジュはボス部屋の扉を押し開く。


 ……配信をしているのだから何か気合いを入れるようなことを言った方がパフォーマンスとして良かったと気付いたのは、ボス部屋に入って、迷宮核の守護者ガーディアンと対峙したときだった。


 玉座に腰掛ける純白の騎士鎧が侵入者の存在を感知し、おもむろに立ち上がる。頭部の目に相当する場所に、一対の赤い光が灯った。


【さて、最後の憐れな犠牲者、騎士王くんのお出ましですね】

【階層ボスたちは……その辺の雑魚と扱いが変わらなかったんだよなぁ……】

【雑魚って言うけど最上級ダンジョンのモンスターだから普通の探索者じゃ太刀打ちできないはずなんだが?】

【本来は上澄みの探索者がパーティー組んでようやっとのレベル。なおアンジュちゃんは後衛で単騎】

【さ、さすがに騎士王に魔法使いがソロは不味くないか……?】

【↑今までの無双っぷりを見てたら問題ない……と言いたいが、常識的に考えたらやばいんだよな……】


 コメント欄では半分くらい心配の声も上がったが、もう半分は蹂躙を、圧倒的な勝利を期待するものだった。


 ――このボスは、魔法使いが単騎ソロで挑む敵ではない。

 ――しかしそれを、魔術で圧倒できたなら?


 きっと視聴者はこう思うだろう。

「魔術ってすげー!」と。


「やっぱりあたしって天才ねっ!」


 神懸かり的な閃きに思わず自画自賛しながら、アンジュは指先をボスへと向ける。


 その行動を合図としたのか、あるいは挑発と捉えたのか。

 騎士王――そう視聴者に呼ばれる動く騎士鎧リビングアーマーは、その神々しいまでの純白の体を動かし、腰の剣を抜いた。


 それはそれは美しい剣だった。

 精緻な細工が施された、芸術品のような宝剣。その刀身は一片の曇りもなく、天井のシャンデリアの光を眩しく照り返す。


 相手は、間違いなく世界最強クラスのモンスター。

 なぜならここは最上級に指定されるダンジョンで、やつはその最後のボスなのだから。


 だが。

 魔術師アンジュ・スターリーにとっては、その他の雑魚よりも「ちょっと歯ごたえがある」程度の相手。


「〝穿て〟」


 腕を前に振ると同時、アンジュの眼前から光の槍が発射される。

 聖なる光槍が秘める威力は、今までアンジュが披露してきた魔術の中でも最高峰。ダンジョン内を跋扈する雑魚どもであれば肉の一片すら残さず蒸発させてしまっただろう。


 しかしダンジョンボスの騎士王は、その宝剣を上段に構え――振り下ろす。


 瞬間、ガギィンッッッ!! という凄まじい激突音。

 そして、アンジュの放った光の槍が砕け散った。


「わお」


 思わず声を零す。

 ――正面から魔術を破られた。


 アンジュ自身は何度も経験したことだが、配信で見せるのは初めてだ。コメント欄は驚愕を表わす記号や文字で埋め尽くされる。

 だが、アンジュに焦りはない。


「あは」


 不敵に笑って。

 数秒の間隙に肉薄し、下段からの切り上げ攻撃を仕掛けてきた騎士王を迎え撃つ。


「〝はじけ〟」


 直後に響いた音は、電気が弾けるような音に似ていた。

 アンジュが使った魔術は、小さな爆発を起こすもの。しかしその規模に反して、とてつもない威力を秘めている。それこそ、超合金の鎧すら易々と切り裂く騎士王の斬撃を、弾き返してしまうほどの威力。


 右手の剣をあらぬ方向に弾かれた騎士王、その体のバランスを失った隙を、アンジュは逃さない。


「〝穿て〟」


 初撃と同じ呪文に同じ動作。

 しかしイメージは真逆。

 アンジュの眼前に現われたのは、闇を凝縮した黒紫の槍。


 音もなく射出された暗黒の槍は、術者の命令通りに騎士王の胸部を貫いてみせた。


 鎧の中身が人であれば、心臓を破壊されて即死。

 しかしやつはモンスター、種類としては動く騎士鎧リビングアーマー。中身は空っぽなのだから、外殻を貫通されたところで致命傷たり得ない。


 ブレストプレートに空いた穴を気にすることもなく、騎士王はすぐさま体勢を立て直す。けれどもすぐに反撃はしてこなかった。


 騎士王は、剣を大きく振り上げる。


 その隙だらけの動作にアンジュは首を傾げ――気付く。

 騎士王の宝剣に、魔力が集まっていることに。


 ダンジョンの守護者であるボスは、ダンジョンコアから――すなわち星から魔力を供給される。莫大な、到底尽きることのないエネルギーを。

 騎士王は、個人で扱うには大きすぎる力を一振りの剣に集め、圧縮しているのだ。


「……は」


 それは諦めの吐息などではない。

 眼前の光景に、肌を撫でる星の魔力に。アンジュは感じ入るものがあった。


……)


 口の中で呟いて。

 そしてアンジュは、右手を前に突き出した。


 きたる一撃は、騎士王の必殺技だろう。

 ゆえに魔術師は、それにふさわしい攻撃を合わせる準備をする。


 イメージする。

 騎士王の最高の技をも押し返す――否、呑み込み、蹂躙する一撃を。


(……いや、思い出せ、あたし。目的を。今は配信中なのよ。あたしがやるべきは、魔術を魅せること――)


 だから、意識する。

 心臓が飛び跳ねるほどに派手で、誰もが目をキラキラさせてしまうような格好良い魔術を。


 魔力が収束する。

 術式が理を塗り替える。

 世界は魔術師の手に落ちる。


 騎士王の兜、一対のしゃっこうの目が一際強く輝いた。

 その猛々しい視線を、アンジュの赤と青の瞳が受け止める。


 それが合図だった。

 騎士王の宝剣が振り下ろされ、星の魔力が光の濁流となって襲いかかる。


 世界が一瞬にして純白に染まる。

 その真っ白の世界に、アンジュは一際目立つ黒を落とした。


「〝喰らえ〟」


 漆黒の竜、であった。

 魔術師が生み出した竜は、光の世界を暴力的に引き裂く。


 闇で作られたドラゴンは大口を開き、その凶悪な乱杭歯を見せつけながら、迫り来る光に逆らって前進を始めた。――進みながら、その口に流れ込む光を


「――ッッッ!?」


 聞こえないはずの騎士王の驚愕の声が耳に届いた、ような気がした。


 騎士王の最高の攻撃、膨大な魔力を光に変えて解き放つ広域殲滅技は、しかし魔術師が生み出した闇の竜が喰らい尽くす。


 純白の世界を、一点の黒が蹂躙する。


 魔術は、術者の命令オーダーに恭順だ。

 ゆえに――闇の竜は、敵対者を完全に喰らうまで止まらない。


 まず宝剣が、ドラゴンの喉奥に消えていった。そのまま竜は手の甲に噛みつき、肩まで呑み込み、胸を砕いて、首を噛み千切って、――ついに頭を口内に収めた。


 そして。


「〝解放〟」


 最後の命令オーダーに籠められた思いは、「派手に、綺麗に、格好良く」。

 すなわち――ただの演出、なのだが。


 闇の竜は素直だった。

 そして注がれた魔力は、


 ゆえに。

 騎士王の上半身を腹に収めた闇の竜は、一度急上昇し、天井スレスレでターンする。それから一度溜めるような動作をしてから、一気に下降して残した騎士王の下半身に食らいついた。


 その雄々しく映る――しかし無駄な動きは、術者の命令を律儀に守ったゆえの演出。

 そして闇の竜は、命じられたことをしっかりとやり遂げるために、その身に秘められた威力を解放した。


「――、」


 闇の爆発、とでも言えばいいのか。

 凝縮された闇が、空間を歪める。

 あらゆる物質を呑み込み、消滅させてしまう暗黒。どんな物質も、生物も、神秘さえも、その闇に触れればこの世から消えてしまうだろう。


 やがて。

 闇はだんだんと縮み――いや圧縮され、小さな黒い玉を作ると。

 最後の演出とばかりに黒と紫の色を持った稲妻を放出してから、消滅した。


 残されたものはなにもない。

 ……またドロップアイテムごと消し炭にしてしまった。

 だがまあ、派手に、格好良く魅せるためだ。仕方がない。


「……ふぅ」


 息を吐いてから、アンジュは視線をカメラへと向けて。


「どう!? これが魔術よっ! 凄いでしょ!!」


 最大級のキメ顔で言ったのだった。


 なかなか派手な魔術で倒せたなぁ、と達成感に満ち溢れていたアンジュ。

 その視界にカメラの機能によって投影されるコメント欄は、爆速で動いていた。


【すっっっっっっっっっっっご!!!???】

【なに……え、なにあれ? あんな魔法があるの??】

【ドラゴン!? なんかドラゴン召喚してなかった!?】

【最近の魔法使いは竜を喚べるのか(白目)】

【騎士王を単独撃破とか至上二人目? 魔法使いだと初か】

【伝説に立ち会ってしまった……!!】

【アンジュちゃんは強くて可愛くて凄いなぁ】

【この子、賢者に認定されるレベルでは?】

【有識者、この魔法がいったいなんなのか説明してくれ。俺にはただ凄くて凄いことしかわらかないw】

【凄い……いや凄いというかヤバイwww】


「……魔法じゃなくて魔術! 魔術だからっ! なんでみんな魔術って言ってくれないのよぉーっ!?」


 そんな叫びとともに、アンジュは配信を切るのだった。


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