第16話 みんなで最高の舞台に

 受験勉強や就活対策がある先輩たちは、就任式を終えると体育館を去っていって、

 威勢のいいノリで練習を開始した俺たちなのだが……

「遅い! お前ら、守備にまわるの遅いんだよ! ゴール決めたらすぐ戻る! ほっとしてる場合じゃねーんだよ!」

 体育館に、八孝の罵声が響き渡る。

「そんなんじゃ相手に独走されて点返されるだけだ。ハリバックしろハリバック」

 現在、コート上でフォーメーションの練習中。

 俺を始めとして、みんなゴールを決めた後、全速力でバックコートに戻っている。流れるような速さだ。でも、八孝は罵声を飛ばす。

「もう1回やってみろ。ハーフラインから」

 俺はセンターサークルに戻る。

 ボールを受け取って、前に出た。

 ディフェンス役の部員をかわして、スリーポイントラインの縁で黒田にパス。

 黒田は逆サイドの服部に向けてパスを出すのだが……

 パスがやや逸れた。服部はそれでもボールに手を伸ばすが、掴み損ねて、転がっていって……

「服部、早く拾え! パス受けるときに一か所に固まるな。逸れたときのことも考えろ!」

「くそ、厳しい」

 何とかボールを拾った服部がゴール下の真川にパス。真川はシュートを放とうとするが、ディフェンス役の部員に阻まれた。

 強引にシュートを放って、ボールはリングにはじかれる。

「真川、お前はもっと周囲を見ろ、今のはハイポストの朝倉に出すところだろ。フリーの高場に出してもよかった!」

「すみません!」

「お前ら、とにかく走れ、でもって考えろ。一瞬でどこに動けばいいか判断しろ。でないと試合じゃ使いものにならねーぞ」

 八孝が血相を変えて声を飛ばす。

 これが八孝の本性だ。生徒の日本史への興味を高めるためにヤタスマイルを振りまく八孝と、今の八孝が本当に同一人物なのか怪しくなる。

「さあもう1回だ。高場、戻れ」

 もう1回。この言葉を、もう何度聞いただろう。

「はい!」

 俺は走り、センターサークルへと戻っていく。もう、息が上がっていた。

 ――な、懐かしいぜ。

 5年前の八孝は、確かにこうだった。日本一という目標は、単なる掛け声などではない。

 八孝の指導スタイルは、速攻。

 部員に対して本気の実力以上を出すことを、遠慮もなく求めてくる。ミスに対しては大して咎めたりしないが、プレーにわずかでも緩慢なところがあったら容赦しない。そして同じドリルを何度も繰り返す。

 このフォーメーションも、今日の練習で何度繰り返しただろう。

 ディフェンス役の部員が、パスを寄越してくる。

「積極的にパスをまわせ。迷うくらいなら後ろの俺に戻してもいい。いくぞ」

 俺は声を出す。

 仲間の最高のプレーを引き出すのが、ポイントガードの役目だ。

 練習のときから声を出さないと、試合はもっと声を出せなくなる。

「よしいくぞ!」

 ドリブル。

 そして黒田にパス。

「よし服部、今度は外さないからな」

 黒田は、鋭いパスを正確に服部に向かって飛ばした。

「取って、よっと」

 服部は受け止め、ゴール下の真川につなぐ。

 真川の前を、ディフェンス役の部員が立ち塞がった。さっきと同じ状況。

「高場、下げるぞ」

 フリースローエリアにまで上がっていた俺に、真川がパスを繰り出す。

 俺は受け止めた。

 完全にフリーだ。ディフェンス役の部員が迫ろうとしてくるが、黒田がスクリーンで立ち塞がっているから、周囲にシュートを邪魔する者はいない。

 俺は床を蹴って跳ねた。シュートを放つ。

 きれいな弧を描いたボールは、そのままゴールネットを揺らした。

 確認した俺は、ディフェンスに備えて一気にコートを下がっていく。ディフェンスからオフェンスに転じた敵役の部員は、ボールを持つとすぐに投じた。ボールを受けた部員の前に、俺は立ち塞がり、時間を稼いでいる間に黒田たち他のメンバーが下がっていって……

 八孝が、笛を鳴らした。

 コート上の俺を含めた部員たちが動きを止める。

「そうだ。やっぱお前らできるじゃねーか。攻守の切り替えもよくなった」

 八孝が笑みを浮かべる。

 だがそれは教室でのヤタスマイルとは程遠い。

 嗜虐的な笑みだ。これからもっといたぶってやろうという魂胆がある。

「今のを、もっとスピードを上げてやれ。いいか、相手が付け入る隙を作るな。オフェンスでは相手に一切ボールを触らせるんじゃねーぞ」

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