第14話 藤森高校男子バスケ部監督
俺は制服からトレーニングウェアに着替えて、体育館に入る。同じく練習着姿になった青海たちと一緒に自主練をして空いた時間をアップに使う。
練習開始時間が近づくにつれて、部員たちは集まってくる。だがその中には、制服のままの集団もいた。
「おい日田、お前の親父、会社のお偉いさんなんだろ。内定くれるように動いてくれよ」
「そんなこと言われても困ります。自分で面接対策してください」
「どこも内定くれないんだよ。頼むよ」
制服姿の先輩が、日田に絡んでいる。自主練ができない日田も困り顔だ。
あの先輩、この時代に飛ばされる前の俺と似ているようで似ていない。内定をもらえていないのに焦る様子もなく、陽気に後輩とじゃれているところが。
これが、大学生と高校生の違いか。
「就活中の3年生の先輩までどうしてここにいるんだか。進路のことで忙しいのに」
俺は青海とパス練習しながらつぶやく。一応、さっき挨拶はしたけれど。
「就任式、3年生も参加よ。去年と同じく」
青海が言って、ボールをこちらに放った。
「そ、そういやそうだったな」
俺にとっては、5年も前の話だ。その後の新人大会がらみのいざこざのほうが記憶に色濃く残っていて、就任式の細かいところなんて覚えていない。
「ていうか、昨日もその話してなかったっけ?」
「いや、緊張して」
俺がパスを返す。
「日和ったらあかん、って、言うとるやろが!」
青海は、全力で投げ返してきた。俺はとっさに受け止める。バチン、という鋭い音が響き、俺の手の平に電撃が走った。
「いつつ、いきなり本気出すことないだろ」
「あまりに日和りが過ぎたら、もっと痛い目に遭ってもらうからね。もちろん怪我しない程度に」
5年後の未来よりも地獄だ。就活では本気を出していなかった分、楽だった。
「この鬼が」
「何か言うた?」
「何でもないっての。ほら、ラスト」
俺は最後のパスをまわす。
青海は受け取ると、ボールカゴのほうへと向かっていった。
そして俺は、体育館の入口のほうへと向かう。もう、練習開始5分前だ。時間にきっかりしている八孝は、いつもこれくらいに現れる。
この感覚は、5年がたっても消えなかった。
体育館の玄関に立つ。
ちょうど、建物に八孝が入ってくるところだった。
「出迎え、どうも。みんな揃っているか?」
「はい。3年生も集まっています」
さっき3年生も集まることを忘れていたことは、あえて話さないでおく。
「始めるか。きよぴーは俺の隣にいてくれ」
八孝が、体育館に入っていく。俺も隣を歩いていた。
自主練を続けていた部員たちの動きが、一気に止まった。
「お疲れ様です!」
一糸乱れない声が、体育館内に響き渡る。
八孝は片手を上げて、出迎えてくれた声に応じる。
部員たちはボールを片付けたりして、一斉に俺や八孝の前に集合し、一列に並ぶ。みんな、余計なおしゃべりもなく八孝が何か言うのを待っていた。
「3年生のみんな、集まってくれてありがとう」
全員が集まったところで、八孝は話し始める。
「まずは3年生のみんなに、詫びないといけない」
八孝が、制服姿の3年生の先輩に深々と頭を下げた。
いきなりの行動に、隣で見ている俺もびっくりする。八孝が3年生の部員たちに何をやらかしたのだ?
「すまない。ウインターカップに連れていけなかった」
そうか。
3年生は、ウインターカップの京都地方予選でベスト8に終わった。勝ち上がって、全国の舞台に立てたとすれば、3年生ももっと遅い引退になっただろう。
「俺としては、もっと長く活躍してもらいたかった」
日本一を目標に掲げている八孝らしかった。
「だが、俺はここでくよくよしているつもりはない」
八孝が、頭を上げる。3年生たちを見つめるその目はまっすぐで、迷いがなかった。
「これから、お前たちの後輩はもっと高い場所を目指す。だから卒業してからも、腐ったりするな。あっという間に置いていくぞ。どちらが活躍できるか、楽しみになってきただろう」
「はい!」
3年生の引退した先輩たちが、一斉に応じる。
これから卒業していく教え子たちに手向けの言葉を残した八孝は、次に現役の部員たちに目を向けた。
「これからの主役はお前たちだ。藤森高校男子バスケ部のキャプテン就任式を始める!」
八孝の一段と大きな声が、体育館内に響き渡った。
部員たちの間の緊張が、一気に高まる。
「キャプテンを引き受けてくれるのは、ここにいる高場清隆だ」
八孝の勢いがすさまじくて、俺は怖気づきそうになる。
これではだめだ。
「新キャプテン、引き受けることにしました。よろしくお願いします」
ちゃんと堂々としているのか不安だが、俺は口を開く。
「キャプテン就任にあたって、今後の抱負を話してもらう」
八孝は、甘えも妥協も許さない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます