第13話 藤森高校男子バスケ部監督

 そのまま、午後の授業を終える。

 部活に向かう時間になった。

「ほな、一緒にいこっか。心の準備、できとる?」

 青海が荷物をまとめて、席を立つ。

「この後でみっともないところ見せたら、私容赦せんで」

「プレッシャーかけんなよ。そこは、応援してるから、じゃねーのか?」

「甘い言葉を期待してもらったら困る。大変なのはこれからなんやから」

「わかったよ。じゃあこれからかっこいいところ見せるけど、惚れても振り向いたりしてやんないぞ」

 あえて自意識過剰なセリフを吐く。青海は口角を上げた。

「へー、きよぴーも言うようになったね。高校生の間は彼氏作らないって決めてる私を惚れさせるなんて」

「変なルール作って意固地にならねーで、もっと青春楽しめっての」

「私はこれでええの。日本一になる兄さんを見たいんやから」

 また、兄さんだ。

「お前、監督のことになると無我夢中だよな。うちでマネージャーやっているのもそうだし。なんで女バスに入らないんだよ。中学の全国大会で優勝したんだから、まだ勧誘されたりしているんだろ」

 俺が河北友らのチームに敗れた、中学時代の全国大会。

 あの場に八孝と一緒にいた青海は、遊びで来ていたのではない。

 選手だったのだ。あの半袖シャツの下は、ユニフォームを着ていた。

「女バスからの勧誘はまだあるけど、断っとるよ。入るつもりはあらへん」

「頑なだな。その気になったらインハイ優勝を狙えるような学校にも行けたのに」

 中学女子バスケで日本一に輝いたのだ。青海のところには、全国の高校からのスカウトが山のように押し寄せたはずだ。

「きよぴー、わかってへんな。この学校でインハイ優勝を目指すんや。ええやろ。私、兄さんを支えていくって決めてるから」

「兄思いだな。反抗したくなったりしないのかよ」

「親とちゃうんやで。どうしようが私の勝手や。それともきよぴー、兄さんのこと信じてへんの?」

「いや、全然そんなんじゃねーよ。俺だってここで日本一目指すし」

「だったら余計なこと考えんの。私もキャプテンになったきよぴーのこと、ちゃんと支えていくから。あっ、バスケ部のマネージャーとしてやから、変な勘違いしたらあかんよ」

「するかよ」

「ふたりとも、そろそろ一緒に行かへん? 日田くんも待ってるよ」

 清楚な、はんなりとした声がかかる。

 下鴨が、俺と青海の席の近くまで来ていた。後ろには、日田も一緒だ。

 藤森高校男子バスケ部で俺と同じクラスの子全員が、集合していた。

「紅葉ちゃん、今日うちの練習に来るの?」

 青海の声が明るくなる。

「そうやよ」

「茶道部は?」

「バスケ部の大事な日やから、こっちを優先したいし」

「そうだよねー。じゃあ一緒に行こっか。というわけできよぴー、この後を楽しみにしとるで」

 青海の声が、途中から低くなる。

「うわ、青海ジト目。きよぴーの扱いひどくないか?」

 日田が呆れている。

「当然や。だってこいつ、私を惚れさせるって、大口叩いたんやで」

「おい、言いふらすなよ」

「きよぴー、ごめん、俺ももろに聞いていた。ていうか、クラスの子全員聞いてるっぽい」

 日田に言われて、俺は慌てて周囲を見渡す。

 気が付けば、俺はみんなに注目されていた。ほのぼのとした目だ。応援しとるで、という声が聞こえてきそうな……。

「と、とにかく行くぞ」

 早くこの教室から退散しないと。

 考えなしに出過ぎたことを言ってしまった、なんて考えない。考えない。

 

「で、キャプテン就任の挨拶はちゃんと考えたんやろな」

 体育館に向かう廊下で、青海が聞いてくる。

「うっ……正直、まとまってないかも」

 何せ今日、いきなり5年後の未来から飛んできたのだ。さっきは青海にいいところを見せるなんて豪語したけれど、本当は状況を理解して、今後どうするのか考えるので精一杯で、キャプテン就任の挨拶まで考える余裕なんてなかった。

 本来の過去では、俺は何と言ったんだっけ。

「先輩も集まっているしな。ヘタなことは言えないよな」

「日田、プレッシャーかけるなよ」

 俺は空気を読まない日田をにらみつける。

 キャプテン就任式では、引退した3年生も集まる。5年前の記憶では、かなりの盛り上がりだった。

「高場くん、そんなに気負わなくてもええよ。就任式といっても、すぐに終わるんやし」

 下鴨が優しくフォローしてくる。

「そうだよな」

 本当に藤森高校男子バスケ部のマネージャーにこの子がいてよかった。

 八孝以下、突っ走る部員ばかりだから、いい緩衝材になってくれている。

「日和ったこと、言ったらあかんで」

 青海がすかさず釘を刺してくる。

「だからわかってるよ」

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