第12話 藤森高校男子バスケ部監督

「あのときの試合が何なんですか?」

「あの試合、ほとんどお前ひとりで戦っていただろ」

「……はい」

 俺自身の中では7年以上もたっているが、あのときの試合内容は鮮明に覚えている。

 河北友の圧倒的な機動力に翻弄され、俺のいたチームは混乱状態に陥っていた。

「お前が相手のゴール下までボールを運んだとき、まわりに誰もいなかった。スリーポイントエリアにいたの、途中からほとんどお前だけだったぞ。見ていた俺のほうまで悲しくなった」

 河北友の速攻に圧倒され、失点を恐れた中学時代の俺の仲間たちは、完全に守りに固執するようになった。自チームのゴールを守るので精一杯になって、前に出てこない。

 だから、俺がシュートを外してもリバウンドしてくれる仲間がいなかった。

「あれ、つらかっただろう。外すわけにはいかないプレッシャーをひとりで抱え込んでいたんだから」

「はい」

「俺はあんな風にひとりで戦わせるような真似はしない。だから過去を気にしてくよくよするような真似はよせ」

 ――あれ?

 奇妙だった。

 本来の5年前の本来の過去では、八孝とこんな会話はしなかった。馬鹿だった俺は、自分がキャプテン就任に舞い上がって、八孝とハイタッチまでやっていた。ただそれだけだ。

 八孝が日本一を目指す理由も、俺の中学時代の全国大会の試合のことも、まったく話題にならなかったはずだ。

 八孝は立ち上がった。

「今日の全体練習の前に、部員全員を集めてキャプテン就任式を行う。それまでに抱負を考えておけ。短めでもいい。昼休憩中に手間かけさせたな。あっ、もうひとつ、言わないといけないことがあった」

 八孝の表情が変わった。

 視線が鋭くなる。試合で、練習で、怠惰なプレーをする部員に厳しく手抜きをする理由を問い詰めるように。

「弱音を吐くのはこれっきりだ。これから俺が吐く暇もないほどしごいてやる」

 5年前の本来の過去では、こんな言葉、かけられなかった。

「お前が重圧を背負うようなことがあるなら、俺がすべて引き受ける。だからお前は、ただコートでみんなと暴れることだけ考えていればいいんだよ」

 今、本来の過去を変えた。わずかに、小さくだが。

 ということは……

 新人大会での事故も、その後に起きた地獄も、逃げるように京都を去ったことも、その後の退屈でクソみたいな大学生活も、やりようによっては……

 すべて、変えることができる。

「すみません。先輩が有能すぎたので、ちょっとびびっただけです」

 俺も立ち上がった。八孝に視線を合わせる。

「キャプテン、引き受けるか?」

 八孝が問う。

「一緒に日本一、目指させてください」

 八孝が、笑みを浮かべた。

「いい目つきじゃねーか。そのセリフを待っていたんだよ」

 八孝が手を出してきて、俺はその手をがっしりと掴んだ。

 5年前の、本来の過去でもそうしたように。

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