第11話 藤森高校男子バスケ部監督
八孝は、じっとこちらを見つめている。
「理由は?」
「俺はそんな器じゃない。ひとりよがりで、失敗したらすぐ落ち込んで動けなくなるような奴です。うまくいくはずがない」
さすがに、2か月後の新人大会の悲劇のことを話したところで、八孝は信じないだろう。
だがここでキャプテン就任を断ってしまえば……。
新人大会の悲劇は起きないのではないか。
「珍しい、というか、俺の前じゃ初めてじゃないか? お前が弱音を吐くなんて」
「俺がキャプテンになったところで、監督の目指す日本一なんて到底かないません」
これは、真実だ。これから数カ月としないうちに、新人大会での悲劇で部は崩壊する。日本一どころか、地区トーナメントも勝ち上がれないような弱小校に転落するのだ。
「後悔はしない」
はっきりと、八孝は言ってのけた。
「お前にしか頼めないから、こうやってキャプテン就任を打診しているんだ」
「どうして俺なんですか?」
「お前となら一緒に日本一を目指したい、と俺に思わせてくれたから」
「曖昧ですよ」
「え? わかりやすい説明いる? きよぴーはパスやシュートの精度高いし、攻守の切り替えが速いし、コート上でよく声を出すし、俺が指示したことを忠実に試合で再現してくれるとか、それくらいのこと言わないとだめ? お前がキャプテンに就任したところで、部員から誰も不満出ないと思うんだけどな」
誉め言葉でたぶらかしているのだろうか。
「それに、お前には明確な目標があるだろう。九条高校の河北友」
「河北友がどうしたんですか?」
今、というより5年間ずっと聞きたくも見たくもない名前だった。
「河北友は今、もっと成長している。2年の時点で試合に出場していたし、たぶんあそこの次期キャプテンにも選ばれるだろうな。そんな人間を目標にすると言ってくれて、信用しやすいんだよ」
「それで、何も掴めなかったらどうするんですか?」
「おいおい、部活で必死に汗をかいて、何も掴めないなんてことがあるのか? お前らがやっていることは、無意味なんかじゃねえんだよ」
八孝が呆れてみせた。
俺が恐れている未来など、取るに足りないといわんばかりに。
「じゃあ、俺が頑なに日本一を目指せって言う理由を話そうか。お前だけに特別だぞ」
「日本一を目指す、理由ですか?」
「俺は自分のためのバスケはしないと決めている。インターハイやウインターカップを制覇すること自体は、俺個人からするとどうでもいいんだよ」
びっくりした。
頑なに日本一を連呼していたこの人の口から、こんな言葉が飛び出すなんて。
「いや、こう言ったらただの傲慢か。お前たちに制覇させるのが目標であって、俺が目指しているわけじゃない。俺がなりたいのは、日本一の高校バスケ指導者なんでね」
「日本一の指導者?」
「ああ。うちに来てくれた子にしっかりとバスケの魅力を伝えて、存分にバスケをしてもらう。そのための環境を作りたい。やりきったことがあるのとないのとでは、その差はでかいだろ。インターハイやウインターカップは、そのための場に過ぎない」
その目論見も失敗するなんて、目の前のこの人は微塵も考えていないのだろう。
「お前なら、みんなにやりきったと思えるものを与えられる。そう信じているんだ」
「俺は、そんなのに応じられるほどできていません」
また、八孝は笑みを浮かべた。優しいヤタスマイルだ。
「お前、まさかひとりでチームを率いるつもりになっていないか? まるで中学の全国大会で河北友のチームと対戦したときみたいだな」
100点近い大差で敗れ、八孝や青海と出会うきっかけとなった試合。
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