第10話 藤森高校男子バスケ部監督

「というわけで、今日の授業はここまでだ。みんなお疲れ。続きは次回。じゃあ澤田さん、号令よろしく」

 八孝が授業の終わりを告げる。

「は、はい。起立、礼」

「うん、今度はきっちり言えたね。いいぞ」

 八孝はまたしても、澤田にヤタスマイルを向ける。「やった」と小さくガッツポーズする澤田を尻目に、八孝は教室の外に出ていこうとして、

「おっと、ちょっと用事があるんだった。高場」

 足を止め、俺を呼んでくる。

 きた。

「はい」

「教室でバスケ部の話をして申し訳ないけど、昼休憩、昼食を食べ終わったら、ちょっと監督室まで来てくれないか。話があるんだ」

 言って、また笑みを浮かべる。

 やっぱり、ここも5年前そのままか。言葉も、一見すると優しそうな笑顔も。

「わかりました」

「逃げるなよ、きよぴー。じゃあなー」

 俺のあだ名を呼んで、今度こそ八孝は教室を後にする。

「まったく兄さんったら、教室の中ってこと忘れてはる。高校生同士ちゃうのに」

 隣の席の青海が、ひとり毒づいた。



 そのまま午前中の授業を終える。俺は学食で昼食を済ませると、そのまま監督室へと向かった。体育館の脇にある実習棟の1号室。そこの空き室を使う形で、藤森高校男子バスケ部の監督室があった。

「失礼します」

 俺は監督室に入る。「日本一」という文字が、嫌でも目に入る。監督室の奥、巨大な額縁に入れられて飾られている。八孝の直筆だ。

 その額縁の下で、八孝は立ち上がった。

「おう、よく来てくれた。練習時間を削る真似をしてすまないね。まあ座りな」

 八孝はデスクの前に置かれた接客用のソファーを指差す。

「はい」

 俺はソファーに腰かけるが、八孝は立ったままだった。

「もう2年以上たったんだっけな。出会ってから」

 いきなり昔の話を始めてくる。

「そうですね」

「懐かしいな。ひとりで膝抱えてうずくまっていたのも」

「恥ずかしいですよ」

「褒めているつもりなんだが。うちに入ってから、俺の練習にしっかりとついてきてくれた。俺が試合に起用しなくても、腐らなかったしな」

「あれは、先輩が強かったからですよ」

 引退した3年生たちは、確かに強かった。

 それでも、九条高校をはじめとする強豪にはかなわなかったが。

「すぐ、先輩たちに追いつけるよ、きよぴーなら」

「またその呼び方。青海が呆れていましたよ」

「いいじゃないか。ふたりきりなんだから」

 やはりこの八孝は、八孝だ。

 やたらと生徒に目線が近いところがそう。

「まして、九条高校の河北友にも。うちのフィジカルでは、まだ九条高校に一歩遅れているが、試合の動きによっては圧倒できる。その見立ては今も変わらない。全国クラスのあの強豪を圧倒すれば、うちも日本一に近づく」

 やたらと日本一にこだわるところも、八孝らしい。

「そしてお前、打倒河北友は変わらないんだろう」

 5年前の過去でこの言葉を聞いたとき、はい、と俺は即答した。中学での全国大会の悔しさは今も変わらないと。

 その後のことを知っているから、俺はすぐに答えられない。

「……さてと、本題に入ろう」

 やっと、八孝はソファーに腰かけた。

「高場清隆、お前を次期藤森高校男子バスケ部のキャプテンに就任させる。異存はないか?」

 5年前にも聞いた問いを、俺はもう一度聞いた。

 最初にこの言葉を聞いたとき、俺はすぐに、引き受けると答えた。

 そのまま意気投合して、互いに手を握って、伝説を作るぞなどと子供じみた言葉を本気で交わした。

「……できません」

 俺はこの言葉を口にしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る