第8話 西暦2024年11月1日午前7時59分
俺たち3人は、そのまま教室に到着する。
「3人とも、おはようさん」
声をかけてくる女子がいた。上品な黒髪を清流のように流した、おっとりとした子。肩から鞄を提げている。
「おはよ、紅葉ちゃん」
青海が声をかける。
下鴨紅葉。藤森高校男子バスケ部のもうひとりのマネージャー。中学時代は平安貴族の格好をして下鴨神社の葵祭に参列したこともある生粋の京都っ子。ちなみに茶道部と兼部している。
「朝練、おきばりやったな。蒸しタオル用意したで」
下鴨は鞄からサランラップにくるまれた白く長細いものを3つ取り出した。ひとつを青海に渡す。
「ありがとー」
青海がそれを受け取るのではなく、下鴨に抱きついた。
「これこれ、他のふたりに渡せへんやろ」
下鴨はしかし、嬉しそうだ。
「えへへ、ごめんごめん」
青海が下鴨を放し、サランラップにくるまれた蒸しタオルを受け取る。
「ほら、高場くんも日田くんも受け取って」
下鴨が蒸しタオルを差し出してくる。
「ああ、どうも」
俺は受け取る。
「ありがとう。ふたりともほんとに仲がいいな。性格真逆なのに」
「日田くん、真逆だからやよ。私がいないと、青海ちゃんひとりで大変なことになるから」
実際、青海はマネージャーっぽい仕事が苦手だった。用具の手入れは雑でボールによく汚れを残す。部員が使って洗ったタオルを干し忘れて、洗濯機の中に何日も放置する。
いつだかの練習試合では、青海が粉を入れ過ぎたスポドリを出してきた。一気飲みした俺は、甘すぎるその液体にびっくりして吐き出して床にぶちまけてしまったことがある。
「うぅ、紅葉ちゃんのおっしゃるとおり。紅葉ちゃんがいてくれて、ほんま助かってるわ。私、マネージャー仕事についてはだめ人間やから」
青海がしくしくする。
下鴨がいなければ部が地獄絵図になっていた。多くの部員がそう話していたっけ。
「だめちゃうよ。紅葉ちゃんも練習によお出て、対戦相手の分析もしっかりやって、部のこと支えとるやろ。立派なマネージャーやで。お茶出しや蒸しタオルの用意は私に任せとき」
「うう、紅葉ちゃん……嬉しい」
「ささ、はよ顔を拭いてよ。高場くんも」
「ああ」
俺はサランラップの包みをほどいた。
中の蒸しタオルは、いまだに湯気をあげている。
「ふー、気持ちええ。紅葉ちゃんの蒸しタオル最高や」
顔を拭き始めた青海が、感動の声をあげている。
「そうやろ、きよぴー」
「あ、ああ」
俺も顔を拭きながら答えるが、不気味だった。
以前見たことがあるネットの動画を、もう一度再生して観ているような気分だ。
5年前の11月1日、下鴨は今のように、こうして蒸しタオルを渡してきた。
それだけではない。
俺を除いた人同士の会話も、5年前そのままだ。一言一句、狂いもない。5年前の過去が、正確に、忠実に繰り返されている。
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