第3話 西暦2029年11月1日午前7時30分

 新人大会の試合の最中に、事故が起きたからだ。

 試合中のプレーで、俺と、俺の仲間の部員が負傷。俺は右膝を、巻き込まれた仲間は左足首をひねり、病院に搬送された。

 検査の結果、どちらも靭帯を完全にやってしまっていた。療養期間は約1年、しかも歩行障害が残る可能性もあるという診断結果だった。

 俺が選手としての打倒河北友は、かなわなくなった。

 ――足が動かなくとも部にできることはある。

 ――打倒河北友は、自分の代わりに仲間たちがかなえてくれる。

 俺は自分に言い聞かせて、消沈しそうになるのをこらえていたが……

 地獄はまだまだそれからだった。

 引退までバスケができなくなるほどの重傷者を2人も出した。そんな藤森高校男子バスケ部と監督に対して、保護者たちからの批判が殺到した。曰く、監督は勝利至上主義を生徒に押し付けて、未来を犠牲にしたとのことだ。

 教師になって数年程度しかない監督の立場は、一気に追い込まれた。

 保護者たちの圧力に耐えきれないとばかりに、部員がひとり、ふたりと、連鎖的に部を去っていった。

 保護者からの監督を糾弾する声は日ごとに増していく。

 そして、年度をまたぐ3月末をもって、監督は藤森高校から他校への転任が決まった。

 事実上の追放処分だ。

 マネージャーをしていた監督の妹は、そんな学校の仕打ちに激怒。

 ――こんな学校の空気、1秒だって吸いたくない!

 そんな言葉を残し、男子バスケ部マネージャーどころか藤森高校自体をやめて、他校に転校していった。

 ちなみに藤森高校男子バスケ部の監督は、ルールくらいは知っている体育教師が引き継いだ。

 それで……

 主力が抜け、指導者も突然に変わり、しかも保護者からの圧力もある。チームはぐちゃぐちゃになり、藤森高校男子バスケ部は一気に弱体化した。5月のインターハイ予選ではかろうじて地区予選を突破したものの、そこまでだった。シュートが決まらない。パスが通らない。攻守の切り替えが遅すぎる。去年まで競り勝っていたチームに大差で敗れて、誰も全国大会のことなんて話さなくなった。

 俺は部の惨状に絶望して退部。

 バスケのために使っていた時間は、すべて受験勉強に割り当てた。大会の結果とか、かつて俺を藤森高校に誘った監督の今とか、そういった情報もシャットアウトして、だ。

 3年生であるという立場は、当時の俺からすれば悪くなかった。受験勉強の忙しさを言い訳にして、部に関われないでいられたから。バスケ部のメンバーとも、廊下ですれ違うくらいでほとんど話さなかった。

 静かに夏を過ごし、本来はウインターカップに向けて猛練習しているはずの秋は、大学受験に向けた猛勉強となり……

 そして、東京の私大に合格し、俺は逃げるように京都を去った。

 ずっとバスケばかりやってきた俺だ。それ以外に打ち込めるものを見つけるなんて、無理だった。人に誘われるまま適当な文化系サークルに入ったこともあったが、活動そっちのけで酒を飲んで騒ぐばかりの連中に嫌気が差してすぐにやめた。

 俺はアルバイトで日銭を稼ぎ、ぼんやりと講義を受けながら過ごしているうちに、気が付けば4年生になっていた。

 身長が無駄に高くて悪目立ちをする、出遅れた就活生の出来上がりというわけだ。

 ちなみに藤森高校男子バスケ部の弱体化は、さらにひどくなっていた。今年のインターハイ予選では、市部代表決定戦すら突破できずに敗退していて、さすがに俺も笑うしかなかった。

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