第2話 西暦2029年11月1日午前7時30分

 ――……何?

 ひとりになりたいときにいきなりふたりで押しかけられて、俺は不機嫌になった。

 ――河北友、強かったろ。

 ――ええ、まあ。

 ――おっと、不審者を見る目はやめてくれよ。いちおう、監督には君に話しかける許可はもらったから。

 ――スカウト?

 全国大会には、強豪高校の監督も見にくる。目をつけられれば推薦枠をもらえたりするのだ。

 でも、嬉しくなかった。河北友を相手にみっともない試合を繰り広げたのだ。正直、こんな俺に目をつけたふりをして、笑いものにする魂胆なのかと思ったくらい。

 ――んー、厳密には違うかな。俺、まだ高校の監督はしていないし。

 じゃあ何なのか。

 ――ただ君と話したかったから。

 ――どこが? あんなみっともない試合をしたのに。

 ――確かに一方的だった。強かっただろう、河北友。

 ――ああ。

 ――たぶん、高校でも全国の上を目指せるし、もっと先も目指せる。そんな選手だよ、彼は。

 だったら負けた俺に声をかける意味はないじゃないか。河北友に声をかけるべきではないのか。

 負けた悔しさをほじくり返されて、イライラしてきた。その場から立ち去ろうと、俺は立ち上がる。

 そのとき、男は言った。

 ――そんな河北友に、君は最後まで食らいついた。試合終了間際には彼のディフェンスをかいくぐってゴールを決めた。俺はね、そんな君に興味があるんだ。

 ――興味をもってどうするんですか。どこの監督でもないのに。

 ――これからなるけどね。

 ――えっ。

 俺は立ち去ることも忘れた。

 ――来年、俺は高校の先生になるんだ。そして日本一の高校バスケの指導者になる。ここ京都にある、藤森高校で。

 ――日本一? 藤森高校?

 愛媛で生まれ育ち、京都には縁もゆかりもなかった俺には、当然知らない学校名だった。

 しかも、さらりと日本一を目指すと言った。

 ――そして、私はマネージャーや。まだ予定やけど。

 女の子が親指で自分を示す。

 ――九条高校の監督は、河北友に入れ込んでいる。間違いなく推薦で彼を獲るつもりだよ。

 その言葉に、当時の俺は食らいついた。

 ――あいつ、九条高校に行くのか?

 ――確定はしてないけど、可能性は高いな。

 九条高校の名は、俺でも知っていた。京都どころか、全国トップクラスの実力を誇る強豪校。冬に行われる高校バスケ三大全国大会のひとつ、ウインターカップで3連覇すらしたことがある。

 バスケ界では全国に名をとどろかせた高校だ。

 ――藤森高校は実力こそ九条高校より下だが、それでも京都で上位に食い込んでいる。やり方次第では、河北友がいる九条高校とも互角に戦えるかもしれない。

 ――本当に?

 もう一度、河北友に挑める。その言葉に、当時の俺は色めき立った。

 ――ああ。君、藤森高校で日本一を目指さないか。

 そして、女の子がぐいぐい俺に迫って来た。手を出してくる。

 ――君、京都に来いひん?


 全国大会一回戦の試合後に出会った男の正体は、とあるBリーグチームに所属していた元プロバスケ選手。

 それを知ったのは、たまたま読み返していたバスケ雑誌だった。


 全国大会で出会った男に言われるまま、俺は愛媛を飛び出して、京都の藤森高校に進学した。

 全国大会一回戦の試合後に出会った男は、俺の入学と同時に藤森高校男子バスケ部の監督に就任した。

 監督の歳が離れた妹はマネージャーに就任。

 妹ともども互いに一年生だな、なんて軽口を、監督のその男は意気揚々と口にしていた。

 高校に進学したばかりの俺からすれば、二十代前半でも立派すぎる大人だ。それなのにその監督は、同い年の友達と話をするように、軽いノリで俺たちと話した。

 逆に練習では鬼のように厳しくて、中学時代のほうが楽なくらいに走らされた。体育館の外まで響きそうな大声で叱られて、何百何千回もフォーメーションの練習を繰り返して、でも日を重ねるごとに強くなっていくのを実感した。

 あっという間に二年生になって、試合にも本格的に出させてもらえるようになって、京都の主だったライバル校とも互角に戦えるようになって、インターハイやウインターカップにもうちょっとで手が届きそうになって、敗退して、先輩たちはお前たちに夢を託すと言って引退して……

 気が付けば俺が、バスケ部の次期キャプテンに就任していた。

 その日は、2024年11月1日。

 ちょうど5年前の今日だ。

 思えば、最高の日々だった。

 監督やマネージャーとわいわいしながらチームの今後を語り合い、京都の強豪を倒すぞ、全国大会出るぞと部員のみんなで盛り上がり、練習にはもっと熱が入るようになった。

 年末にさしかかると、部内の熱気は一気に高まった。

 年が明けてすぐに行われる、京都府高等学校新人大会。ブロック別トーナメントを勝ち上がり、決勝リーグに進めば、まさに京都どころか全国トップクラスの強豪、九条高校や永観高校などと戦えるのだから。

 俺だって、河北友ともう一度対戦して雪辱を晴らす気でいっぱいだった。

 だが、最高の日々は、河北友擁する全国トップクラスの強豪と戦う前に……

 崩壊した。

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