高校生に戻る、そしてゲームをリメイクする
雄哉
第1話 西暦2029年11月1日午前7時30分
『高場様の当社への採用は、見送らせていただくこととなりました。誠に残念ですが、今後のご活躍を……』
俺のスマホのひび割れた画面に、そんな文字が並ぶ。
「朝っぱらから送ってくるのかよ」
嫌なものを見てしまった。これから次の会社に向かうのに、不吉この上ない。
高場清隆。現在東京都内の私立大学4年生。就職活動絶賛苦戦中。現時点で採用内定ゼロ。サークル、ゼミ活動ほかガクチカ一切ナシ。このたび今後の活躍を祈ってくれた会社へのエントリーシートは、AI文書作成システムが作ったものをそのまま送ったものだ。当然、面接で虚をつつかれまくって撃沈というわけだ。
予想はしていた。だが、よりにもよって次の会社の面接に向かうタイミングでくるとは。
メールを閉じる。スマホのホーム画面に今日の日時が表示された。
――2029年11月1日午前7時25分
もう11月か。朝の空気は冷たくて、黒のジャケットを着ていても寒い。5年前に痛めた右膝がうずくし、外を出歩くのもつらい。これからの面接は全部オンラインにしてくれ。
「時間たつの、はえーな。前まで暑かったのに」
一人でごちる。
体が冷えて仕方がない。コーヒーでも買って温まらないと。
コンビニに入る。
入口すぐの雑誌コーナー、上段に置かれた雑誌が目についた。
表紙を飾っているのは、バスケットボールを高々と掲げ、跳躍し、まさにレイアップシュートを決めようとしている男。赤いユニフォームからのぞく手足の筋肉がたくましく、そのままゴールを決めて歓声が聞こえてきそうな写真だ。
『河北友特集』『2029―30シーズン注目の特別指定選手、このままプロ契約か?』
雑誌の表紙に、そんな見出しがでかでかと躍っている。
河北友。京都、九条高校出身。現在は都内の大学バスケ部に在籍。学生バスケの関東大会や国際試合で好スコアを連発し、大学2年生の頃からBリーグのチームに毎年特別指定枠で加入。プロの試合にも出場してきた人物だ。そして大学卒業後は本格的なプロ契約、さらにはNBAへの挑戦まで噂されている。
そして、俺と対戦したことがあり、ライバルになるはずだった男だ。
――すげえな。
かたや全国のバスケファンや関係者が注目する男。かたや大学でくすぶり内定ひとつもらえない男。5年という時間が生み出した大きすぎる差に、俺は入店してきたおじさんに邪魔だとどやされるまで立ち尽くしていた。
河北友、そして俺のその後の人生を決定づける人物との出会いは、俺が中学生の頃に遡る。
愛媛のバスケがちょっと強い中学に通っていた俺は、3年生のときに全国大会出場を決めた。当然、全校の生徒や先生からもてはやされ、学校に大きな垂れ幕まで下ろされ、地域の住人からも噂され、俺は一気に地元のヒーローに成り上がった。
キャプテンだった俺は、俺たちより強いチームなど存在しないと思っていた。
周囲に早く試合がしてーなどとわめきながら、会場の京都に向かった。
結果、1回戦で全国の高い壁を味わった。
132対43。
これが試合結果だ。相手は、河北友が所属していた富山のチーム。ボールすら触らせてもらえない展開が続いた。
特にポイントガードの河北友。ディフェンスをすり抜け、スペースを巧みに突いて、当たり前の顔でスリーポイントシュートを決められて……
試合は河北友の独壇場と化していた。
河北友は、化け物だった。
かろうじて俺が、試合終了のブザーが鳴り響く直前に河北友のディフェンスを振り切ってレイアップシュートを決めたが。
バスケ人生で最もみじめなシュートだった。
無敵のヒーローだと思っていた俺を、片田舎で粋がっているだけのバスケ馬鹿にすぎなかったと自覚させるには十分すぎるほどに。
試合終了後、俺がいたチームのみんなは全員が下を向いていた。アリーナの床に膝をついたまま立てなくなった奴もいたが、俺は仲間を立たせる気力も失せていた。
監督の話もまともに耳に入らないまま解散となると、俺はアリーナの人目につかない場所に向かった。誰かに見られたくなくて、やっと見つけた柱の陰でうずくまっているときに……
――君、高場清隆くん?
突然に女の子の声がして、びくっとして俺は顔を上げた。
廊下の向こうから俺を見ていたのは、俺と同い年くらいの女の子。髪型はボーイッシュなショートヘア。半袖のトレーニングウェアや半ズボンからのぞく手足は肉が引き締まっていて、何かスポーツをしていることはすぐにわかる外見だった。
――どうなの? 返事は?
――あ、ああ、そうだけど。
せかされて、俺は答える。
――やっぱり、あっ、兄さん、例の子こっちにいたよ。
ボーイッシュな女の子は、ちょうど廊下を通りがかった男を呼び止めた。
――おう、人探しありがとう。
男は、妹らしい女の子に礼を言いながら俺のほうに近づいてきた。
女の子は自分の出番は終わりとばかりに後ろに下がっていく。
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