第4話 彼女の心の声
手紙での対話を始めてから1週間が過ぎた。
他人との距離の測り方がつかめず、コミュ障な春明にとって文面での対話は少し安心する。
春明は毎日少しずつ自分のことを記し、彼女もそれに倣うように返してくれた。
推理小説をよく読むといえば、
『私、ファッション雑誌とかよく買う』
いまだに自分からクラスメイトに話しかけていないことを告げれば、
『えっー、もったいなあ。戸田君すごく面白いのに。友達百人作ろうよ』
もらったお菓子の感想と好きな甘いもののことを書けば、
『ラスクおいしいよね。和菓子とかも好きで、あんみつみたいな甘味も大好きなの。たまにアニメとコラボとかしてメニューとかもすごいのあって――』
春明とは違いコミュ力が高く、ファッションなどの流行りに敏感、そして無類のお菓子好き。
日に日に彼女への理解も増すと同時に志乃とのやり取りが楽しみにもなってきた頃、
『――あのね、もし迷惑でなかったら、明日は玄関のドア越しに話をしてくれないかな?』
志乃の手紙はそんな一文で絞められていた。
今まで自分1人だけで戦っていたことはやり取りを始めた時からすぐにわかっていた。
長い期間家族以外の人とまともに会話もしてきてもいないだろう。
だからこそ志乃にとってもまずはこのコミュニケーションの仕方はたぶん正解だったんだ。
そして自ら次のステップに進もうとしている。
春明にはそれがどれだけ勇気のいることかがわかっていた。
『了解。無理だけはしないように。明日は来たら呼び鈴を三回鳴らす』
だから余計なことは言わないように、彼女の意思を尊重し肯定する短いメモを残して、この日は帰路に就く。
翌日を迎え、春明は朝からそわそわしていた。
一晩立って気持ちが揺らぐなんてことはよくあるし、もしそうなっても彼女が自分を責めないようにサポートすると誓いながら志乃の家へ向かう。
春明のほうも緊張していた。
ドア越しに話す。それはコミュ障にとってはとても難解なこと。
だがそれでも志乃が勇気を出したなら、ここは自分も頑張らないといけないと思い、緊張しながらも伝えていた通りに呼び鈴を三度鳴らす。
「お、お疲れ様」
「……い、いたのか……」
すぐにドアを挟んだ向こうで反応がある。
ちゃんと声が出ただけで春明はほっとした。
玄関のドア1枚を挟んだ距離。それは志乃が勇気を出したからこそ縮まったこその距離。
声も聞こえるし範囲だけど、ある意味このドア1枚の壁は分厚く感じていることだろう。
「うん、待たせちゃ悪いと思って。あっ、玄関ちゃんとお母さんが掃除してくれたみたいだから、それでも汚れちゃうかもしれないけど、立場話が疲れちゃったら座ってね」
「……お、おう」
いきなりの気遣いに驚くとともに、長話を想定しているということをちょっと戸惑いながらも受け入れる。
「その、毎日ありがとう」
「い、いや、た、大したことはしていないし」
「そ、そんなこと、ない!」
「……」
「こうやって、クラスメイトと話が出来るのは君の、戸田君のおかげ」
「……お、俺はきっかけに過ぎない。板垣はいままで毎日頑張ってただろ」
「っ! 私、頑張ってなんて……」
「……た、たまには、その」
「……なに?」
「じ、自分を肯定してあげないと参っちゃうぞ。板垣は今も頑張ってる」
「っ! う、うん……」
しばらくは彼女のすすり泣く声が背中から聞こえてきた。
その嗚咽が混じる声を前に胸が苦しくなる。どれだけの痛みと戦ってきたのかを感じることができる気さえした。
「……」
「……ね、ねえ、まだいるよね……?」
しばらくして、涙が止まったようで再び彼女の声が聞こえる。
「い、いるよ」
「……私、学校いけなくなって、今まで簡単に出来てたことが今は出来ないんだなって思ったらすっごく苦しくなって、なんでこんな風になっちゃったんだろうって思って」
「うん……」
「でも、行こうとしても出来なくて、だんだん家から出るのも怖くなって……」
「うん……」
「すごく、自分が恥ずかしくて……」
「うん……」
「そんな今の私が大っ嫌い!」
相槌を打ちながらも、まるで自分のことのように胸の苦しさが増していく。
それもあって、何か力になってあげたいと思わずにはいられない。
最初は依頼を受けただけで乗り気じゃなかった。なのに、志乃のことがわかればわかるほど何かしようという気持ちが強く良くなっているのを自覚する。
「……俺は今の板垣は嫌いじゃない」
「っ!」
「……辛いことや苦しいこと、悩んでることを誰かに話すことはそう簡単なことじゃない。それはすごく勇気のいることだ。その勇気は報われるべきで、そうならないなら聞かせた相手が悪いと俺は思う」
「ど、どうして戸田君はいつもそんな……」
「み、味方だからな。ひ、一つずつやっていけばいいんだよ。今、一番やりたいことはなに?」
「えっ……」
「口に出していってみるだけでも前へ進める」
「私……そ、外へ、買い物に行きたいっ!」
その言葉を聞いて、春明は涙が出そうになる。
手紙でのやり取りからまだそんなに時間もたってないのに、もうそこまでを自分の口で誰かに言えるのかと思えば尊敬の気持ちも出てきた。
「なら行こう。俺が連れていくよ」
「……えっ」
自然とそんな言葉が出てきて、春明は自分自身がびっくりして、志乃もそういわれるとは思っていなかったのか、二人ともしばらくその場に固まった。
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