第3話 手紙でのやり取り

 昨日のことを、メモに残してきた内容を思い出すと恥ずかしすぎてはっきり言って死ぬる。

 彼女が傷ついていないかも気になってしまいあまり眠れず、学校でも全く授業の内容は頭に入ってこず終始上の空だった春明。


「それじゃあ今日のプリントと連絡事項。よろしくね」

「……」


 放課後部室へと出向けば担任兼顧問の佐藤が待ち構えていて、何があったかなどは聞かずにまたもプリントを手渡される。


「……なにか相談があったら言うんだよ」

「あ、あの、どう考えても人選過ってません? この依頼、俺なんかよりももっと適任がいるでしょ」

「過ってないよ。入試の時から目をつけて入学してきてくれてから約2週間。ずっと私は君を見てきた。そのおかげでたいていのことはわかってる。だから……」

「たいていのこととは?」

「コミュ障と言っている割に頼まれごとは断らないし、やれることはやっちゃう子」

「……」


 入学してきてからのことを思い出す。

 壁を作っているのに、その壁があるとわかったうえでノックをして踏み込んできたのが目の前にいる佐藤美沙。

 拒んでも不気にしても全く堪えることはなくコミュニケーションとアプローチを求められ、結局今みたいなやり取りが成立する関係になった。

 もちろん本当に嫌なら春明は完全なる拒絶を示したが、いつも屈託のない笑みを浮かべられては悪い人には思えず少しだけ壁を取り払った格好だ。

 そんな佐藤は春明が学校内で唯一やり取りをする相手になっている。


「だから君しかいないし、私は君だからこそ力になれると思ってる。言ったでしょ、信頼してるって。私じゃああの子を本当の意味で助けてあげられないの。だから、お・ね・が・い」

「……そんな可愛く言ったってなにも返さないけど……まあやれることはやる」

「ふっ、ほらそういうとこだよ」


 背中を押してくれているのか、ただ単におだてているのかはわからない。だが思ったとおりにやればいいとだけ言われている気分だった。



 そんなわけで今日も志乃の家へとやってくる。

 また玄関の扉が開いたら、今度は会話にならずとも何か話をしようと心構えをしていたが、少し待ってみても誰も出てこず。


 警戒されている。もしくは話すことなんてない。家に来るなと思われているかもしれない。

 そんな後ろ向きな思考がどんどん湧いてきて、この場に立っているのすらつらくなる。


「だいたいこの状況でどうやってコミュニケーションを取るんだよ……っ!」


 本音が独り言のように出てプリントをポストに入れようとしたのだが、何か入っているようで押し込めない。仕方なく開けてみると、そこには大量のお菓子と春明宛ての手紙が入っていた。

 ドキリとして手紙をもったまま固まる。

 なんとなくこの場で見るのは憚られて、近くの小さな公園へとやってきてベンチへと腰掛けた。

 どんなことが書かれているのかを思うと、なかなか封を開けられない。


 もう来ないで。

 余計なお世話。

 もっとましな人をよこして。


 我ながらキモイことをしたと自覚しているところもあって、そんな存在を否定されることも十分にあり得る。


 ええい、今更じたばたしても変わらないと思い、全部受け止める覚悟で猫のシールを剥がし中身に目を通し始めた。


『戸田春明君、昨日は来てくれてありがとう。板垣志乃っていいます。みっともないところを見せちゃって恥ずかしくて死にそうだよ。変な子と思われていないか今書いているときも不安で、何も言わずに玄関を閉めちゃって、君を傷つけたんじゃないかとも考えちゃって心配で……。

 えっと手紙ありがとう。来てくれたのが君でなんかちょっとだけ安心してます。


 迷惑でなかったら毎日来てくれるのを待ってるね。


 それと、その……君がしてくれたように私も誰にも言えてないことをここからは話すね。


 中学のころ、私の友達がグループから無視されてるっていうのを聞いて、見て見ぬ振りができない私は介入したの。

 でも、友達への無視や嫌がらせはこっちに向いちゃって、それでも私はそれでいいと思ったし、どうにか出来ると思ってた。


 でも、私一人が出来ることなんてちっぽけなことだったんだと思い知らされて、だんだん学校に行けなくなって、今は家からも出られなくなって……。


 こんな話をしちゃってごめんね。

 でも少しだけ書いてすっきりした。

あっ、一緒にあったお菓子は来てくれたお礼。全部私の好きなお菓子だよ。一番のおすすめは――』


 文面に目を通し終われば指先に力が入り紙にしわが寄る。

 湧き出てくる感情はいくつもあった。

 まずは自分の存在が迷惑がられているわけではなくてほっとする。

 そして彼女が胸の内を吐き出し返してくれたことが嬉しく目頭が熱くなる。


 最後に彼女が学校に行けなくなった原因を作った人物が、人物たちが憎くて怒りの感情がふつふつと湧いてきていた。


「……落ち着け、落ち着け。これからどうするかで、板垣がどうしたいかだ……それにしても、恥ずかしいとか不安とか、それって俺と同じこと思ってたのか、似てること、あるのかな」


 たくさんのお菓子が入った袋をのぞき込む。定番のポテチやチョコといったものから焼き菓子、ゼリーまでいっぱいだ。お菓子が好きな女の子。それだけで親近感が少し湧くし、その距離はちょっとだけ近く感じる。

 彼女のことをほんの少し知れた気がした。


 とりあえず今自分がやるべきこと、やらなきゃいけないことは一つで……。

 ノートに書こうと思ったが、便箋にしたほうがいいかな思い、近くの文具店に立ち寄る。

 春明もまた思っていることを書き綴り、再度彼女の家へとやってきた。


 そのままポストに入れて帰ろうとしたのだが、玄関でバタバタとした音が聞こえ、そのまま階段を上って行ったような音が聞こえる。


 少し迷ったが、


「……お、お邪魔します」


 と、敷地内に入り縁側へと回ってみた。

 2階を見上げればカーテンが僅かに揺れている。

 そばにあった木の枝をつかみ、庭の土が広い部分に今思っていることを大きく書きなぐった。


『ありがとう』


 手紙を、自分を遠ざけなくて、思いを吐き出してくれて……。

 その言葉にはたくさんの意味がある。手紙にも書いたけど、今そこにいるんなら直接にそれだけは伝えておきたかった。


 カーテンが少し開いて志乃が顔を出す。目の前の字を読んでくれて固まっているのはわかった。もう大丈夫だからと思いながら大きく頷くと、彼女はありがとうと口元を動かす。


 そのまま涙をごしごしと拭い、春明が持っているお菓子の袋を指さすと、どれもおいしいから、お礼、全部食べたら太っちゃうかもと笑顔とジェスチャーで伝えてくる。


 その顔を見たら、春明はなんだか少し安心する。


 こうして志乃との手紙を返したコミュニケーションが始まった。

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