第14話 行方不明の少女
学校が終わり、少年は公園に向かう。けれど、そこに少女の姿は無く、閑散とした空気だけが漂っていた。
ここしばらく、少女に会えていない。少女の事情を思えば何かあったのかと不安にもなるけれど、家まで押し掛けるのは図々しいと思ってしまう。いや、図々しいとはまた違う事を、少年は理解している。
今日会う事が出来れば、この落ち着かない気持ちにけりをつける事が出来たのだろうけれど、どうやらこの気持ちとは暫く付き合う必要がありそうだった。
一つ溜息を吐き少年は公園を後にする。と、少し前を少年の方へ歩いてくる女性が目に入る。
視線を向けた矢先、女性は躓いて手に持っていた大量の紙を道に落としてしまう。
少年は小走りで女性に近寄り、ばらまかれてしまった紙を拾い上げる。
「大丈夫ですか?」
「えぇ……すみません……」
生気の無い声。それに、手足も細い。肌も白く、一目で体調がよろしくないと分かってしまうくらい、その女性は全体的にやつれていた。
それに、襟からちらりと除く胸元には痛々しい青痣ができていた。
青痣が気になりはしたけれど、胸元であったので少年は目を逸らした。それに、そうでなくても女の人をじろじろと見るのは失礼だ。
地面に落ちた紙に視線を向け、拾おうとしたところで思わず硬直してしまう。
その紙は探し人の情報が書かれた紙だった。
その紙に載っている写真と名前に、少年は嫌というほど見覚えがあった。
「……雛、ちゃん……?」
探し人の紙。そこに貼られていたのは、公園で会う少女の写真。そして、その写真の上には大きな文字で少女の名前が書かれていたのだ。
「……っ! 雛を知ってるの!?」
思わず呟いてしまったその言葉を聞いた女性が、勢いよく少年の両肩を掴んだ。
そこで、少年はようやく女性の顔を見る。
血色の悪い顔。目の下の濃い隈。痩せこけた頬。けれど、その中にある、誰かの面影。
少年は少し思い出すのに時間がかかったけれど、目の前の人物を正しく思い出す。
「……雛ちゃんの、お母さん……ですか?」
「貴方は、確か……よく雛を送ってくれてる……」
目の前の女性は、少女を送って行った時に何度か会ったことのある女性――少女の母親であった。
少女の母親も数回会っただけの少年の事を憶えていたのだろう。少年が少女を送っていた事を憶えていたようだ。
「はい。あの、これって……」
頷きながらも、少年は手に持った紙を少女の母親に見せる。
紙を見て、少女の母親は表情を曇らせる。
「……雛、少し前から行方不明になってて」
「行方不明って……そんな、まさか……」
その言葉は少年にとって衝撃的だった。風邪でも引いたのか、それとも外に出られない事情があるのかと思っていた。それが、まさか行方不明だなんて大事になっているだなんて。
「その、警察には……」
言ってから、思う。こんな紙を出しているくらいだ。警察にはすでに捜索願いを出しているだろう。
「捜索願いを出したけど……まだ……」
「そう、ですか……」
少年は少し考える。そして、少女の母親に言う。
「あの、この紙、いくつか貰っても良いですか?」
「え……? 良いけど……どうして……?」
「俺も、探すの手伝います」
紙をまとめて、鞄の中に入れた。
この日から、少年――雪緒はずっと探している。
行方不明の少女を。手を差し伸べたいと思った少女を。
小梅と話をしている間に意識が遠のいたか。気付けば雪緒は寝入っていた。そして、次に目を開ければ視界に映り込んだのは雪緒の寝顔を覗き込むキヨの顔だった。
「……うぉっ!?」
思いのほかキヨの顔が間近に在り、びくっと身を震わせる雪緒。
「あら、ごめんなさい。驚かせちゃったわね」
驚く雪緒を見て、ころころと可愛らしく笑うキヨ。
キヨが顔を上げたのを見計らって、雪緒は慌てて身体を起こす。
「お早う、雪緒くん」
「お、お早うございます……」
寝顔を見られていた事に対する気恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻く。
「どれくらい寝てました?」
「一時間くらいかしら? ぐっすり寝てたわよ」
一時間。雪緒が平安で過ごした時間の体感とそう変わらない。実際のところ、平安でどれだけ時間が経っているのか分からないけれど。
「それじゃあ、今度はキヨさんが休んでください。俺、見張ってますから」
「ううん、私も十分に休めたから大丈夫よ」
「駄目ですよ。少しは寝ないと」
「本当に大丈夫よ。早く娘を見付けてあげないとだからね」
キヨは立ち上がり、身体を伸ばして解す。
「無理しないでくださいよ?」
「ふふっ。ありがとう」
心配する雪緒を見て、キヨは優しく笑みを浮かべる。
「さ、行きましょう」
「はい」
二人は民家を出て怪異の蔓延る街を歩く。
よく感覚を研ぎ澄ませば、周囲に異形の気配はない。それでも、少し先からはそれとなく嫌な気配を感じるので、街中には確かに異形が蔓延っているのだろう。
街は相も変わらず薄気味悪い雰囲気を漂わせている。数時間経過しているのに、空の色も、日の高さも変わらない。
改めて、この世界が非現実的な場所なのだと悟る。
「街の反対に行ってみましょうか。公園とか、駄菓子屋とかあるのよ」
「駄菓子屋……懐かしいな」
雪緒の家の近所にも駄菓子屋が在った。けれど、駄菓子屋を営んでいた主人が亡くなり閉店となった。息子が居たようだけれど、駄菓子屋を継ぐつもりは無かったようだ。
今となっては駄菓子屋は更地になりその後に月極駐車場となった。もはや駄菓子屋が在った面影すら残っていない。
「よくお小遣い握り締めてお菓子買いに行ってました。子供のお小遣いでも一杯お菓子買えるから、すっごい贅沢してる気分でしたよ」
昔、といっても小学校低学年の頃くらいだ。中学三年生の雪緒にとって、そう遠い昔でも無い。
「母さんと一緒に行った事もありました。母さん、大人のくせに俺よりはしゃいで一杯買って……」
今でも鮮明に思い出せる。何でもない日常。けど、雪緒にとっては印象的だった日。
「二人で公園のベンチに座って食べて……何でもない事なんでしょうけど、凄く楽しかったのを憶えてます。……って、ごめんなさい。急に自分語りしちゃって」
謝りながらキヨを見れば、キヨは酷く優しい微笑みを浮かべたまま雪緒を見ていた。
「ううん。そういう話、私には縁が無いから凄く新鮮。それに、親子仲が良いのは良い事よ。羨ましいなぁ、雪緒くんのお母さん。私も、子供と一緒にそういう経験したかったなぁ……」
諦めたように呟かれるキヨの本音。
「大丈夫ですよ。キヨさんのお子さんも、きっと見つかります」
思わず、雪緒は食い気味にそう言っていた。
キヨの言いぶりが、子供を見付ける事を諦めているように聞こえたから。
思いのほか大きな声だったためか、キヨは少しだけ驚いたように雪緒を見やる。
しかし、直ぐに優しく笑みを浮かべる。
「やっぱり、雪緒くんのお母さんが羨ましいわ。こんな良い子が息子なんですもの」
ゆっくりと腕を伸ばし、雪緒の頭を優しく撫でるキヨ。
急に撫でられ気恥ずかしさを覚えるけれど、嫌な気はしなかった。
それでも、やっぱり気恥ずかしさの方が勝つのだけれど。
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