第5話 土御門仄
「いやぁ、春が近くなって来たというのに、外はまだまだ寒いっすねぇ」
手に持ったベージュのダッフルコートを椅子に掛け、寒そうにかじかんだ手を揉む。
「……なんで土御門が?」
「なんでとは随分な物言いっすね! ウチと道明寺さんの仲じゃないっすか~」
「ただのクラスメイトだろ……」
「ちっちっちっ! 甘いっすねぇ、道明寺さん。ウチはクラスメイト兼学級委員長兼生徒会長っすよ?」
「兼任し過ぎだろ。つか、最後の一個滅茶苦茶どうでも良いし」
誰が生徒会長になろうが、雪緒には一切興味が無い。至極、どうでも良い情報だ。
「細けー事は良いんすよ! というか、女子がお見舞いに来てるんすよ? ありがたーく、此処はお礼の一つでも言うべきなんじゃないすか?」
「煩い、帰れ」
「酷い!? どーしてそんな擦れた男になっちまったんすか、道明寺さぁん……」
よよよと泣き真似をする少女。
そんな少女を見て、雪緒は喧しい奴が来てしまったとげんなりする。
彼女の名前は
仄は、明るく人当たりの良い性格で、男女分け隔てなく接する事から友人も多い。友人がいない雪緒とは正反対の存在だ。
本人の言う通り、中学では学級委員長をしていたり生徒会に入ったりと、何かと行動力が在る少女だ。
可愛らしい顔に、ぴょこぴょこと跳ねた癖毛が更に愛らしさを醸し出している。活発で男子にも変わらないノリで接するので、男子からの人気が高く、何回か告白されたというのを風の噂で聞いた事がある。友人のいない雪緒の耳に入るくらいなのだから、相当モテるのだろう。
だが、そんな事は雪緒には関係無い。至極どうでも良いし、さほど仲良くも無いクラスメイトが訊ねて来たところで喜んだりはしない。それが例え異性であり美少女である仄であってもだ。
泣き真似をする仄を雪緒が白い目で見ていると、仄は不満そうな顔をしながら、ベッドの横に置かれた椅子に座る。
「ちょっとくらい構ってくれても良くないっすか~?」
「勘弁してくれよ。疲れてんだよ、こっちは」
「あー……ま、そっすね。今日のところは、これくらいで勘弁してあげるっす」
「ああそう。じゃあ、またな。気を付けて帰れよ」
「いやまだ帰らないっすよ?! 来たばっかりじゃないすか!! もー! いけず過ぎやしませんか?!」
「だから、疲れてるんだって……」
疲れている時に喧しい奴の相手などしたくはない。誰だって、そういうものだろう。
ただ、つっけんどんに突き放す理由は、それだけでも無いのだけれど。
「酷いっす! こっちは心配して来たって言うのに!」
「誰が心配してくれって頼んだよ」
雪緒がそう冷たく返せば、仄の眉間にこれでもかと皺が寄る。
「心配っていうのは頼まれなくてもするものっす! 心配とはつまり、それほど相手の事を思ってるって事なんすよ? 道明寺さん、そういう言い方は良くないっす! いくらなんでも、相手に失礼っすよ!」
怒った様子を見せる仄に、雪緒は至極面倒くさそうな表情を見せる。
「……はぁ、分かった。俺が悪かった。ごめんなさい」
酷く棒読みで謝る雪緒。一片たりとも悪いと思っていない様子なのは明らかだ。
そんな雪緒を見て、仄は湿度の高い視線を向ける。
「友達無くすっすよ?」
「いねぇよ、友達なんて」
「そんなんだから居ないんすよ」
「うるせぇ」
友達なんて必要無い。居たところで、邪魔なだけだ。
ただのクラスメイト同士。そんな単純で浅い関係だけで雪緒には充分だ。
「本当に、用が無いなら帰ってくれ。疲れてんだ」
「……まあ、道明寺さんの元気な姿が見れたので、今日は帰るとするっす」
不満げな顔をしながらも、雪緒が病み上がりという事を考慮して帰ろうとする仄。
しかし、思い出したようにぽんっと手を叩く。
「そうっす! まだ本題話してないっす!」
浮かせかけた腰を椅子に戻す。
「何だよ、まだ用があるのか?」
「だから本題っすよ!」
言って、仄は人目を気にするようにきょろきょろと周囲を見回す。
人目なんて気にしても意味が無い。何せ、雪緒は一人部屋なのだから。
「道明寺さんは、
「きさらぎ駅?」
仄の口から出て来た名前に雪緒はまったく心当たりがない。
そもそも、雪緒は電車にあまり乗らないので、有名な駅や地元の駅しか知らない。
「きさらぎ駅ってなんだ? どっかの道の駅か?」
「道の駅じゃないっす。なんか、存在しない駅らしいっす」
「存在しない駅って……じゃあ、架空の駅って事か?」
「なんか、そうでもないみたいっす」
「じゃあどういう事だよ」
仄の要領を得ない言葉に少し苛立つ。
存在しない駅なのに架空ではないなんて、どんなとんちなのだろうか。
「実際に鉄道会社が運営している駅名にそんな駅は存在しないらしいっす。けど、ネットではきさらぎ駅に行ったって話題になってるらしいっす」
言って、土御門は自身のスマホを雪緒に見せる。
そこには、きさらぎ駅という名前と、そこに行って怖い思いをしたといった旨の事が書き記されていた。
「他にも、こういった駅があるらしいっす! 総称して、異界駅って言うらしいっすよ!」
「ああ、そう……」
そんな事を言われても、雪緒は興味が無い。どうでも良い、ただの噂話。
「で、そのきさらぎ駅が何? 俺になんか関係あんのか?」
「大有りっす! 道明寺さんも視える人なんっすから、気を付けて欲しいっす!」
言われ、雪緒はげんなりとした顔をする。
仄に会いたくない理由の一つがこれだ。仄もいわゆる視える人、つまり霊感を持っているのだ。偶然にも、仄に幽霊を撃退しているところを見られてしまい、それから同じ視える人という事で度々絡んでくるのだ。
雪緒にとって霊感云々は言いふらしたく無い事情だ。そもそも霊感が在るだなんて言っている奴を普通の人間は訝しむものだ。無関心は良いが、害意に晒されるのは面倒だ。
極力、他人に霊感が在る事は知られたく無いのだけれど、仄はお構いなしに人前で幽霊だの怪異だの妖怪だの言ってくる。それが、雪緒には疎ましくて仕方が無い。
「視える人ほどそういうのに魅かれやすいっす! なんで、道明寺さんは暫く駅に近付かないで欲しいっす!」
「なんでだよ。まさか、このきさらぎ駅の話信じてんのか? きさらぎ駅が本当である確証なんて無いだろ?」
「でもでも! 実際に
「――っ。行方不明、か……」
仄の言葉に雪緒は一瞬だけ反応を示す。
「そうっす、行方不明っす! 危ないっすから、ぜっっっっっっったいに!! 駅に近付いちゃ駄目っす!! 良いっすね?」
「ああ。分かった分かった」
釘を刺す仄に雪緒は適当に頷く。
本当に分かっているのか心配になるような反応だけれど、雪緒が検査やら何やらで疲れているという事は先程聞いた。
きっと疲れているから反応も悪いのだろう。仄はそう思う事にした。
「それじゃあ、あまり長居しても申し訳ないっすから、今日は帰るっす。良いっすか? 絶対に、駅には近づかないでくださいっす」
「分かったって」
「これ以上、迷惑かけるような無茶な事はしちゃ駄目っすからね? お姉さんとの約束っすよ?」
「へーへ」
適当に頷き、さっさと帰れと言わんばかりに手を振る雪緒。
「それじゃあ、お大事にっす」
最後にそれだけ言って、仄は今度こそ雪緒の病室を後にした。
「きさらぎ駅、ね……」
ぽつりと小さく呟く。
「よし」
頷き、雪緒はかけてあった自身のコートを手に取った。
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