第4話 出会いと別れ、そして出会い
晴明の家に世話になる事が決まり、その日は夕飯をご馳走になって、直ぐに寝る事になった。
腕が吹き飛び、血飛沫の上がる光景を目にした上で食事が喉を通るのか心配だったけれど、御飯はすんなりと喉を通ってくれた。普段グロテスクな幽霊を見る事も在るので、少しは耐性が付いているという事なのだろう。
平安の夜では何もする事が無く、雪緒は用意された布団を被って早々に眠りに着く事にした。
これからの事、自分のいた現代に残した家族の事、そして……。
「……」
色々考えてしまい、中々寝付く事の出来ない雪緒は、居心地悪そうに寝返りを打った。
考えても仕方の無い事だという事は分かる。時間を超える事は容易ではない。それは、分かっているのだ。けれど、それが分かっているからといって、そう簡単に割り切れる事ではない。
「どうなっちゃうんだろうな、俺……」
不安そうに、雪緒は呟く。
その直後、ふわりと温かい何かが雪緒の頭に乗せられる。
「――っ」
突然の事に驚くも、次に聞こえてくる優しい声音を聞いてそれが誰であるのかを覚る。
「大丈夫ですよ。晴明様なら、きっとお力になってくれます」
優しく、温かな手つきで、冬は雪緒の頭を撫でる。
見目麗しい少女の姿をしている冬に頭を撫でられて緊張してしまうも、同時に安堵が不安の溜まった胸中に染み渡る。
少なくとも、今は一人では無い。それだけで、不安な心が少しだけ癒された。
安心したからか、疲れが溜まっていたからか、気付いたら雪緒は眠りに着いていた。
穏やかな寝息を立てる雪緒を見て、冬は柔らかな笑みを浮かべる。
冬は、晴明に言われて様子を見に来た。不安気な声音を聞いたので、優し気な言葉をかけてあげれば安心するだろうと思い、頭を撫でて言葉をかけてみたが、どうやら冬の目論見は正しかったようだと眠る雪緒の横顔を見て思う。
眠ってしまえば冬の仕事は終わりだ。自身も少し休もうと思い立ち上がろうとしたその時、背後から困惑の声が聞こえてくる。
「どういう事だ……?」
冬の背後に立っていたのは晴明。別段気配を消していた訳では無いので、冬は背後に晴明が立っていた事に驚きはしなかったが、晴明が困惑の声音を出している事には驚いた。
基本、晴明は驚かない。遍く事象が晴明の予測の域を出ないため、驚く事が無い。
そんな晴明が、驚き、その事態に困惑しているのは非常に珍しい事だった。
「どうかなされましたか?」
振り返り、冬は訊ねる。
勿論、冬は晴明が何に驚いているのかが分からない。晴明が知覚しているのが、冬の知覚する埒外の事だからだ。
「……冬、今の此奴に魂は在るか?」
晴明の言葉を聞いて、冬は雪緒に視線を戻す。
雪緒は寝息を立てている。心臓の鼓動も聞こえている。にもかかわらず、目の前に寝転がる雪緒の身体には魂が存在しなかった。
その事に、さしもの冬も驚いたように目を見開く。
「いえ、私も確認できません……」
「そうか……」
晴明はふうむと悩むように頤に手をあてる。
「何やら、面妖な事になってきたな……何事も無ければ良いが」
言って、晴明は一つ溜息を吐く。
これが、雪緒と晴明の最初の出会いと別れ。
出会いと別れは二人の奇妙な物語の始まり。
これは、過去と現代を行き来する少年の現代に蔓延る怪異にまつわる話である。
それでは、始まり始まり。
遠退いていた意識が浮上する。
浮上する意識のままに、やたら重たい瞼を持ち上げれば、見慣れぬ清潔感のある天井が目に入る。
「どこだ……此処……」
目を開けたら知らない場所。なんて現象が連続するのは勘弁してほしい。
自分の身に何が起こっているのかとびくびくとしていると、カーテンの開かれる音が聞こえる。
「……っ! 起きたんですね! 大丈夫ですか?」
雪緒を見た看護服を着た女性が、片手でナースコールを押した後に、PHSを操作しつつ雪緒の状態を確認する。
ツンと鼻を突く薬品の臭いに、看護服の女性。そして、自分の置かれた状況を鑑みれば、此処が何処であるかは分かる。
「病院……俺……」
雪緒が呆然としている内に、あれよあれよという間に状況が進んで行く。
どうやら雪緒は曰く付きの山で雷に打たれた後、何故だか病院の前に寝かされていたらしい。
雷に打たれたという事は、医者達も知らなかったらしく、ただ意識不明だったとだけ言われた。
ぼんやりする意識の中、目覚める前の事を思い出そうと記憶を探る。
雷に撃たれて、平安に飛んで、安倍晴明に出会う。
「…………」
記憶を探って思う。雷に撃たれた後の事は流石に夢だろうと。
普通に考えて雷に撃たれて平安に行くなんて有り得ない。先程までぐっすりと眠っていたようだし、完全に夢である。
最近、ずっと働き詰めだった。疲労が溜まっていたのだろう。眠りが深いから、おかしな夢を見たのだ。そう、心中で勝手に結論付けた。その方が、現実的だったから。
意識が戻ったとあって、雪緒は精密検査を受けたり、事件性を考慮して呼ばれた警察に倒れる前に何をしていたのかと聴取されたりした。
一通り検査等が終われば、その後は家族がやってきてこっぴどく叱られた。それはそうだろう。雨の日に山に登るのもさることながら、途中で下山をせずに山頂を目指し、最終的に雷に打たれたのだ。心配もされれば、叱られもする。
自分に非がある事は分かっているので、甘んじて受け入れる。
色々あって、念のために今日一日は入院をして、明日退院する事になった。
一刻も早く退院したい雪緒は最初こそ渋ったものの、家族に猛反対されて押し切られる形で入院という事になってしまった。
ベッドに寝転がり、不満げに息を吐く。
「こんなとこで休んでる場合じゃないのに……」
焦燥が声に出る。
いっそ病院を抜け出してしまおうかと考えだしたその時、病室の扉がこんこんっとノックされる。
「……どうぞ」
雪緒が返事をすれば、病室の扉がゆっくりと開かれる。
「どーもっす! 倒れたって聞いてお見舞いに来たっすよ!」
そう言って病室に入って来たのは黒のセーラー服に身を包んだ一人の少女だった。
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