第76話 歩いて帰ろう

 たくさんいるYouTuberには、ちょっとめずらしい人がまざっていることがある。


 夕暮れの景品交換所。18時に景品を交換した関口七海が、その近くの小さな公園のベンチで、セブンイレブンで購入したおいしいメロンパンをかじっていた。

 昼食休憩を取らずに打ち続けてしまったのは、久しぶりだった。


(あらっ、ん~、この子の親猫はどこかしら?)


 七海のジーンズのふくらはぎのあたりに三毛猫の子猫が鳴きながら飛びついて、よじのぼり始めていた。


 関口七海は、30代前半の若い美人な女性だが、出版社や同業者からは、実戦派ライターとして実力を認められている。

 配信動画では顔出しNGで、いろいろな噂がある。


 現在、パチンコの実戦企画「七海のパチンコひとり旅」という動画を配信している。

 たとえば、日本だけでなく、レートの高いベトナムにも取材に行っている。


「ああ、なるほど、そうだったんですね。だから今、このベンチが囲まれてるわけですか」

「本当は餌やりなんてしたら、警察官を呼ばれたりすることがあるんですけど、ここは穴場みたいなんで」

「パチンコ店の裏手で、駐車場のおかげでまわりの民家が公園から離れてますもんね」


 餌やりをしている40代後半から50代ぐらいの女性と関口七海を囲んでいる猫たちの中には、去勢された印として耳に切れ込みの痕がある猫や、首輪をつけた猫もいる。どうやら人に飼われていた捨て猫たちのようだった。


「20匹はいますね。子猫も合わせるともっと」

「私の姉は地方で猫の保護活動をしているんですけど、このあたりにはそういう人もいない地域なので。私はお恥ずかしい話ですが、あまり裕福じゃないので」


 七海がにっこりと笑って、猫に餌やりをしているのが習慣の女性に言った。

 最低でも週一回のペースで猫に餌やりをしている田中さんは、左足をひきずって歩いている。子供の頃に自転車に乗っていて交通事故で片足が不自由になってしまったそうだ。 

 今はこの公園の近所で、友達もいないけれど、落ち着いて一人暮らしをしているらしい。


「ふふっ、田中さん、私もノラねこみたいな生活してるから、ここに呼ばれたのかもしれませんね」


 七海はスニーカーの靴紐にじゃれついている子猫を撮影したあとで、女性に自分の名刺を渡しておいた。


 関口七海は【三毛猫ちゃんの家族になりたい人はいませんか?】とタイトルをつけて、宿泊しているホテルから、子猫の動画を配信した。


「関口さん、ありがとうごさいました。三毛猫ちゃんのお母さん猫と三毛猫ちゃんを飼いたいって、わざわざ別の県から来てくれた人がいて、飼い主さんが見つかりました!」

「うん。さすがYouTubeって感じですね。でも、さみしくなっちゃったりしてませんか?」

「娘を嫁がせた親みたいな感じです。パチンコ屋さんが駐車場に猫に餌をあげないでって張り紙がされてましたのはちょっと気になります」

「店長さんは、駐車場とかゴミ捨て場に猫が来て困ってたらしいですよ。ただ、保健所に連絡したりとかできない人だったみたいで。店長さんの奥さんが猫好きで、かわいそうだからダメって言われてるみたいなんですよ」


 取材協力してくれたパチンコ店からも、七海に連絡があった。


「田中さん、猫を探しに来て、換金所の場所を店員さんに聞く人たちがいたみたいですよ。パチンコ店は、お客さんに換金所の場所を教えてはいけないルールがあるから」

「えっ、そうなんですね。私はパチンコとかしないので知りませんでした」


 パチンコ店と換金所は、別の業種の関係ない店舗で、換金所はパチンコ店の景品を売りに来た人から、特殊景品を買取しているということに法律上ではなっている。


 七海が猫の集会のスポットは、換金所のそばの公園という情報を公開したので、同じ日に公開した新機種実戦動画から、取材協力してくれた店の場所はわかったらしく、動画を見て三毛猫ちゃんに惚れた人たちが、換金所を探した。


「私の仕事だと猫と暮らせないですから。飛びつかれた時は、パチプロを続けるか、引退してあの子とのんびり暮らすか迷いました。あの、猫にいじわるする人たちとかは来たりしてませんか?」

「保健所に通報したりする人もいないみたいです。あと猫を虐待する人も来てないみたいです」


 七海は三毛猫ちゃんの動画を配信して、そこが気になっていた。

 世間には猫嫌いの人や、パチンコやスロットで負けて、八つ当たりで、弱い動物を虐待するような人もいる。

 花壇で育てられているチューリップの花をピニール傘で、花を切り飛ばして逮捕された人や、パチンコ店の駐車場で従業員の車を狙って、硬貨でガリガリと傷つける人、トイレからトイレットペーパーを毎日盗んだ人などもいる。


 パチンコ台の演出などを実際に自腹で遊戯して紹介している七海の動画配信は、たとえば、たまに昼食で行った定食屋のかつ丼がおいしそうだったので、定食屋に客が来るようになったなど関係ないところで反響がある。


 七海本人は、田舎から出てきてつきあった彼氏と同棲した時に、彼氏と一緒にパチンコやスロットを打ったことがきっかけだった。

 ライターでもなく、本当にパチンコやスロットで生活しているパチプロと出会い、その人を師匠と呼んで真似をしながら、いろいろな立ち回りを覚えた。

 同棲していた彼氏は負け続け、裕福な彼の実家だけでなく、恋人の七海に借金するようになり、最後には夜逃げしていなくなった。

 さすがに七海は落ち込んだ。パチンコ店で一緒に乗り打ちをしてくれたパチプロの師匠の男性に恋をして、また、パチンコの楽しみを知って、彼女は生きる気力を少しずつ取り戻した。


 ある日、パチプロの師匠の男性も、彼女の生活する地域から姿を消した。

 彼女は旅打ちをして、師匠を探して歩いた。

 憧れの師匠と再会した時には、彼は顔つきだけでなく、考え方や生き方が変わっていた。

 もう自分では遊戯せずにアルバイトの打ち子を使って、自分はお金を運用するだけになったと七海に彼は話した。

 恋の告白した七海と一夜の関係を持ったあと、彼女の前から彼は姿を消した。


 師匠とは、それっきり会ってはいない。ただ師匠への恋はあの一夜で終わってしまったのを、七海はたまに思い出す夜がある。さらば青春!


 七海は、パチンコやスロットの攻略記事を掲載している雑誌のライターになった。今はYouTubeで動画配信をしながら、たまに知り合いの編集者の企画に協力しているパチプロになった。

 七海自身は、自分はパチプロではないと思っている。まだパチンコ店や遊戯機メーカーの業界が上向きで、今のように世間で倒産して減少する前の頃には、賭博師のようなパチプロたちがいた。

 自分はただのパチンコ好きな素人しろうとと思っている。ただのギャンブル依存性の人だとも思っている。


 自己責任で自由に生きさせてもらっている遊び人で、他人とは少しちがう仕事をしていて、いろんな人に助けられて生きているのを毎日感じている。


(三毛猫ちゃんたち、幸せになればいいな。あー、私も猫になって遊んで暮らしたいわ)


 そう思いながら旅打ちをして配信を続けている七海である。仕事熱心な七海が、新しい恋をするのは、もう少し先のことである。


 夜、水原綾子はベッドで寝そべり、三毛猫の子猫と母猫の飼い主になった人がYouTubeに配信した動画を、黒猫のカラスにおなかに乗られた状態でながめて、ちょっぴり微笑していた。


 水原綾子にとって、かわいい猫の動画をながめながら、黒猫のカラスと部屋でくつろいでいるのが快適な暮らしなのである。





 


 





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