第70話 可愛くてゴメン
【職場になぜか、天使がふたりもいる件について】
三年前、スタジオまかろんで、紗夜先生のイラストを素材にしたVTuber用2D・3Dアバター制作の仕事の依頼を受けることになった。
制作スタッフのチーフ、
彼は子供の頃、流行のゲーム機もソフトも買ってもらえなかったので、ゲームの攻略情報が掲載されている雑誌のゲームキャラクターを自由帳に描いてみて、一人で楽しんでいた。
それがある日、注目されてクラスで絵を描く担当の人気ものになった。
その体験があって、現在、スタジオまかろんのCGデザイナーとなっている。
あるマンガの少年誌で、佳作を受賞してデビューしたあと、有名マンガ家のアシスタント経歴を持つ25歳の
美大を卒業して絵画展で入選したけれど、マンガ家のメイプルシロップという人の画風の繊細さにショックを受けて、画家を続けていくのを断念した26歳の
こだわりが強い癖のあるスタッフ二人を、近藤喜久はチーフに任命されて仕事していた。
近藤喜久はパソコンゲーム用のCG制作を経験していて、山藤正治と河原雅にCG制作を教えた。
年齢の近い山藤正治と河原雅が交際し始めたので、近藤喜久は職場には恋愛なんてものはないと開き直って、もう俺も結婚相談所のお見合いパーティーにでも参加するしかないか、と思い始めた頃だった。
この二十歳の大学生の二人は、紗夜先生のファンで、ある日の午後、駅前で紗夜先生を見かけて、サイン下さいと声をかけてきたという。
紗夜先生はたまに仕事の合間にさぼって、ケーキを食べに出かける癖がある。
この二人は、趣味で自分たちでCGでアニメ絵風のキャラクターのアバターを作成して、VTuberとして配信をしていた。
基礎的な知識や用語の説明は不要で「紗夜先生のおさぼりも、無駄じゃなかったのね」と河原雅が小声で囁き、山藤正治がしきりにうなずいていた。
喜久から言わせれば、君らはセンス抜群だけど、CG制作の基礎知識不足なのだと思う。
スタジオの即戦力になった新人の後輩二人に、近藤喜久が困惑したのは、制作現場の雰囲気が明るくなったことだった。
先輩社員三人に、桐生樹と鳳望はよく相談して、アドバイスされたことを器用に吸収していた。
「ありがとうございます!」
「すごいきれいな線ですね」
「あのゲームのシナリオ、すごく泣けました」
山藤正治と河原雅は、後輩に褒められまくって仕事中にピリピリしていた緊張感がやわらいでいてなぜか、任された仕事は丁寧な仕上がりになっていて、チェックする喜久の仕事も楽になった。
樹と望は見た目がとてもかわいらしい顔立ちをしていて、体つきは華奢。声は声優のような明るいアニメ声で、喜久は時々、ドキッとすることがあった。
「喜久くんは、いつきとのぞみ、どっちが好みなのかなぁ?」
紗夜先生から、そんなことを言われて喜久は「えっ、先生、やめてくださいよ、俺なんてあの子たちからみたらおっさんですよ」と答えていた。
目元の涼やかなさらさらとした黒髪ショートの
ただ、二人とも胸のふくらみはぺたんこなのが、どことなく子供っぽい雰囲気もある。
樹と望はルームシェアをしていて、広めのマンションタイプの部屋で一緒に暮らしているらしい。
「いつき、先輩の部屋って近くだったんだね~」
「だから、同じ駅で会ったんですね。そういえば、のぞみ、何回か先輩を見かけた気がするって言ってたもんね」
喜久と、この美人二人が一緒に通勤するようになった。二人と雑談しながら喜久は通勤するようになって、通勤時間は仕事に必要なくせに退屈な無駄な時間という考えが、すっかり変わった。
(まいったな、どっちが好みかなんて言われたら、変に意識しちゃうじゃないか!)
喜久はこの二人が入社して、一年ほどして三人で外食、といっても職場の最寄り駅のファミレスで仕事帰りに一緒に食事をするようになった。
マンガ家の山藤正治と画家の河原雅のカップルは、プライベートの時間をほぼ一緒に行動している。スタッフ五人全員で食事することはなかった。
才気あふれる山藤正治と河原雅という職場の後輩に、嫉妬まではいかないまでも、引け目のような思いを喜久は抱いていた。
「あー、なんかわかります」
「それを言ったら、スタジオの先輩たちって、いろんな仕事をしてきてるじゃないですか。だから、先輩も自信を持ってもいいと思いますよ」
望は喜久に同意してくれ、樹は喜久を励ましてくれた。
田舎から出てきて、入社したゲーム制作会社から転職してきた喜久は、転職した時に、前の会社の知り合いとはつながりを断ったので、しばらく友達らしい友達がいなかった。
だから、かわいい後輩二人の前で、大人のくせに、ちょっと泣きそうになってしまった。
前の会社は見習いの立場から入社したので、たしかにいろいろな知識は得ることはできた。
しかし、人間関係は正直なところ、しんどいことが多かった。
そんなことも、喜久は思い出してしまったからだった。
ここまで、喜久はひどく困惑したりはしていない。
むしろ、この二人のかわいい後輩たちによって、安心感や安らぎのような思いに包まれていた。
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