第67話 ラブ・ストーリーは突然に

 私と倉橋彰悟くらはししょうごは、犬猿の仲と言われることがよくある。


 同期入社の同僚で、去年から私たちは同じWebファッション誌の編集部で働いている。


 月額で読者に定期講読してもらえるWeb雑誌は、それまては出版された雑談の内容をまとめたものだったが、去年からWeb雑誌を読む読者のために、特別企画を加えることになった。


【スカートの時代がやってきた。ブランドファッションデザイナーに聞くコーディネート】


 倉橋彰悟が出してきた企画は、ブランド物に何を合わせるのが今の流行です、という企画。


【これが正解、カジュアルファッション年代別のベストコーディネートはこれだ!】


 私が出した企画は、高価なブランド品のスローファッションを止めて、ファストファッションの流行の中で、自分らしさをアレンジするための定番コーディネートのヒントを紹介するものだった。


「では、二人とも具体的な資料を用意して、次の会議で発表して下さい」


 Web企画の担当責任者の水原先輩は、にらみ合っている私たちに言って、この日の企画会議は終わった。


「あのなー、いいものはずっとファンがいて、流行なんかに流されねぇよ」

「なによ、手に入らない高価なブランド品なんて、普通の人には嫌みなだけよ」


 私たちは会議のあとも納得できず、金曜日で翌日は休みなので、居酒屋で焼鳥を食べながら、意見をぶつけあっていた。


「てめぇ、また人の意見に口を出しやがって」

「それは、こっちのセリフだわ」

「あ、文句があるなら、あとでつきあえ。きっちり聞いてやるよ」


 会議室から出て廊下を歩きながら、小声で文句をつけてきた倉橋彰悟に、売られた喧嘩は買ってやるわよと思った。

 

 朝、スマートフォンのアラームが鳴った。土曜日なのにと思いながら手をのばしてアラームを止めようとして、手がぶつかり、驚いてガバッと身を起こした。


(あれ、家じゃない。それに私、なんで裸……あっ!)


 隣にやはり身を起こして、明らかに動揺した表情で、私と同じように裸の倉橋彰悟と目が合った。


 私たちは気まずくて、ほとんど話さずに急いで服を着た。泊まったラブホテルの料金を、倉橋彰悟が全額払うと言い、私はおごられるのは嫌だから、きっちり割り勘にしたいと言った。そこで少し険悪な雰囲気になったが、割り勘でラブホテルから出た。


「俺たち、ただ酔っぱらって一緒に泊まっただけだよな?」

「……そうだよね」


 そんなことあるわけないと、私はわかっていた。ラブホテルのベッドに、裸で一緒に寝ていたわけで……。


(どんなふうにしたか、よく覚えてないけど、セックス……気持ち良かったかも)


 私は隣を歩く倉橋彰悟の顔を、まともに見ていられなかった。

 

 翌週、通常の編集の仕事と、再来週の企画会議の資料作成のために私たちはそれぞれ忙しかった。


(あー、もうっ、これは一生の不覚だわ。倉橋を意識したら負け。集中しなくちゃ!)


 そう思うほど、私は倉橋彰悟の姿が目に入ると、つい見てしまって、手が止まることがあった。

 倉橋彰悟は、私に話しかけてくることはなかった。目が合うと逃げるように移動するか、誰かに話しかけていた。


(あれっ、もしかしたら、倉橋も私のことを意識しちゃってる?)


 金曜日。来週の企画会議の資料をまとめるために、私と倉橋彰悟だけが、編集部に残って残業していた。


 私より倉橋彰悟は、頭ひとつ分ぐらい背が高い。

 茶髪の短髪で、猿っぽいやつと思っていたはずなのに。

 

 出版社のビルを、二人で警備員さんにお見送りされて出た時、私は空腹だった。朝食は食べずに急いで身支度をして、昼食を出勤した時に駅のコンビニで買ったおにぎり2個でごまかして、昼休みも資料を作成していたからだ。


「うわ~、こんな時間かよ」


 倉橋彰悟が、腕時計を見ながら一人言のように言った。疲れきった時は、頭の中で考えたことが口からただ漏れになるのは、私も同じだった。


「……今から駅まで走るの、きついかも」


 すると、倉橋彰悟の腹がきゅーと鳴るのが聞こえた。


「おい、栗原くりはら、俺のうちはお前のうちより近い。ちょっと休んでいくか?」


 私はドキッとしたのと、空腹で軽いめまいを感じた。倉橋彰悟がふらついた私の体を支えてくれていた。


「うわっ、大丈夫かよ?!」

「……今日、おにぎり2つしか食べてなかったから」

「俺も昼飯、ゼリー飲料だけだったけどな。お前、どれだけ俺と張り合う気だよ、まったく。帰ったら、冷蔵庫の中身のありあわせだけど、すぐ飯食わせてやるぞ」


 二人でタクシーに乗っているあいだ、私はひたすら寝たふりをしていた。

 

(もう一度、気持ちいいこと、したいかも)


 薄目を開けて、ちらっと倉橋彰悟を見ると、窓の外を見つめていて耳まで真っ赤になっていた。


(誘われたからって、あっさりついて行くなんて……私ってちょっとバカかも)


 私は窓の外に顔を向けて、そのまま寝たふりを続けた。ちらちらと、倉橋彰悟が私の様子を見ている視線を感じる。


 私がひどく疲れてふらついたから、気づかってくれているのかと思っていると、倉橋彰悟が手を握ってきた。


(あー、寝たふりもバレちゃってるかもしれない。手を握ってくるってことは、倉橋も……私としたくて興奮してるってこと?)






 

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