第65話 オクラホマ・ミクサー
カフェ「ラパン・アジル」のウエイトレス、泉美玲は2度目の失恋を経験した。
藤田佳乃は、本宮勝己をパートナーとして選んで、ずっと一緒に生きていくという信念を持っている。恋愛や結婚のメリット、デメリットとか、勝己に対する周囲の人や世間一般の評価を気にするよりも、自分の直感と信念で行動している。
たとえば、恋人の勝己がもしもセックス嫌いで、佳乃となにげなく手をつないで歩いたり、一緒に添い寝するだけの男性だったとしても、それはそれでかまわない、愛情を感じられたら問題なしと思っている。
佳乃と勝己の交際には、美玲のつけいる隙がなかった。
空が青いように、太陽がまぶしいように、セックスは誰でも好きな行為と思っている男性もいる。
大学に進学して、そろそろ恋愛やセックスを経験してないと半人前と思い込んでいる男性たちからされる連絡先の交換の申し出を、美玲はわざとこう答えて、断っていた。
「あなたと交際することで、私たちには、どんなメリットとデメリットがあるかを、もし考えがあれば話して下さい」
そう言われた男性のなかには、自分にどれだけ価値があるか、将来的には親も資産家で、裕福な暮らしができると、人生のプランニングを美玲に、自信を持って話し始める人もいた。
(経済的な余裕が無くなったら、相当この人は自信を無くすんじゃないかしら)
美玲はそう思いながら話を聞いてから、微笑してこう言うと、自信満々な男性たちは、唖然とした顔になって、もう美玲に近づいて来なくなった。
「あなたと交際すると、経済的な心配がないのは、よくわかりました。あの、ところで、私と交際したり、結婚したとしても一生、セックスレスでも良いですか?」
セックスレスがデメリットと考えている男性たちには、この質問は効果抜群だった。
美玲は、同性のパートナーとのスキンシップはとても魅力的な行為だと思っている。
だから、今はセックスレスでもいいからつきあって欲しいとねばる男性には「残念ですが、恋愛対象として、私はあなたを愛せません」とずばっと言った。
大学の文学部学術院教授、
和田教授は、大学の近くのファミレスに呼び出して、個人的に生徒たちが持ち込んできた作品に対して真摯に感想やアドバイスをしていた。
「和田教授、浮気相手なら、私以外でお願いします」
美玲がそう答えて、にっこりと笑った。和田教授は、こいつ度胸ある子だなぁ、と感心した。
和田教授は、抱かれてもいいと答えた生徒には「おい、文学をなめるなよ、僕は作品で勝負しないやつは嫌いなんだ」と言ってアドバイスしなかった。
後年、美玲のような反応ではなく、セクハラを受けたと弁護士に相談し裁判を起こした元生徒の人もいた。彼女は大学を中退して、大学と和田教授に対して訴訟を起こした。
「学習するための場所で、性的な対象として扱われているということを、どうしても受け入れることができませんでした」
教師と生徒が対等ではなく、上下関係にあることで、ハラスメントを受けたと、その人は訴えた。
地裁はこの訴えに対して、大学と和田教授に対し、50万円の損害賠償の罰金の支払いを命じた。
大学では判決が出る前に、和田教授を解任するのではなく、自主的に責任を取って辞職するようにと勧告した。
大学はこの判決に対して取材に応じ「極めて
和田教授は、美玲が作品を発表後、受賞した時には、文壇だけでなく世間から騒がれることも覚悟して、新人賞に応募するようにと心配してアドバイスした。
和田教授の起こした事件に対して、大学としてはコンプライアンスの
大学も生徒が受験して入学して学費を集めているビジネスの方向性を持っている。また、生徒も大学へ行くために、奨学金を借りて学費を工面している生徒も少なくない。
美玲のように、三年間で資金をできるだけ貯めて、大学へ進学する生徒はどれだけいるのか?
社会的な権力の関係とは関係なく、何かを学んだり、見聞を広めたり、時には討論さえできる自由な雰囲気は、すでに大学から失われつつあることがわかる。
たとえば、政治に関して現在の権力を持つ議員や、その議員の政党に対して批判することも、学生は大学ですることができるはずだが、大学がブランド性を守ろうとする方針では、そうしたことも、公序良俗に反すると大学側から、生徒は指導されかねない。
論文なども良い評価を受けようとすれば、そうした方向性を求められる。
「彼女にとって、期待できる対応をすることができなくて申し訳ないことをしました」
判決後、そのように和田教授はコメントしている。相手から誤解を受ける言動は、彼自身に問題がある。
ただし、誰が世間から同情を受ける被害者の椅子に座るか、という椅子取りゲームのような状況があるのを美玲は感じた。
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