side fiction /森山猫劇場 第50話
8月31日――運命の日。
光崎邸は、大正時代に建てられた和洋折衷の豪華な邸宅である。一階の客間は、広めの和室になっている。
掛け軸がかかっている上座にいるのは初老の紳士、光崎公彦。
和室には不釣り合いなスーツ姿の男性が正座して、俺と向き合っている。
俺の背後には、少し離れて、香織さん、柴崎教授、美優ちゃんの三人が横並びに正座して、俺と同じようにこの邸宅の主人と向き合っている。
中肉中背で、顔立ちは整っている。だが、たとえば雑踏では決して目立つことがない初老の紳士。
俺はこの光崎家の主人に、何が宿っているのかを知っている。
「久しぶりだね、聡くん、いや、審判者と呼ぶべきかな?」
「そう呼ぶなら、俺もあなたを、冥界の王ハデスと呼ばないといけない」
昨夜、美優と一緒に自室で眠って目を覚ましたのは、朝の9時になってからだった。
この人間の世界から肉体を死によって離れたエネルギーは、天上界や冥界という異界へ回収されてそれぞれ分配される。
この人間の世界は、天上界や冥界を維持したあとの中途半端な余剰分にすぎない。
「女神アーテの破片の力で混乱した愚者の行動の結果、君は六歳で死亡していたはずだった。それはもう理解できているかね?」
俺はうなずいて、光崎公彦さんの肉体を使っている冥界の王ハデスに、だいたいこんなことが起きたのではないかと想像した内容を話して聞かせた。
・七歳の美優ちゃんが、女神アーテの破片に「七つ送り」という風習の呪法のルールを使い、死亡する予定の俺の身代わりになる契約を結んだ。あと、美優ちゃんのことを俺が一生忘れないという条件つきで。
・かつて追放されて人間の世界に散らばった女神アーテの力を、天上界の神々の女王ヘラが人に宿って回収していた。
・契約により女神アーテの力の断片は、死亡するはずの俺の肉体に宿ってしまい、知識を記憶する
・旅客機墜落事故で俺が死亡すると、女神アーテが人間との契約を破ったことになってしまう。俺のエネルギーは女神アーテのエネルギーが混ざっていて、契約を破った者は、神や人であれ冥界の取り分のエネルギーとなる。
・神々の女王ヘラをそれぞれ迎えに来ていた女神アテナ、女神アフロディーテがはちあわせた。女神アーテのエネルギーは美優との契約違反で冥界へ、まだ純真無垢な俺の魂というエネルギーは天上界へ渡るはずなのに、混ざってしまっていた。
・美優との契約違反でなければ、美優の魂のエネルギーは、俺の魂のエネルギーの身代わりに冥界で消尽される。女神アーテのエネルギーと、ガキんちょの俺の魂のエネルギーは天上界へ神々の女王ヘラに運ばれる。
英雄ヘラクレスと神々の女王ヘラとの和解の結果、女神アーテの追放は恩赦され、天上界へ復活の途中となっている。
神々の女王ヘラは、女神アーテを天上界へ持ち帰りたい。冥界に女神アーテのエネルギーを渡したくなかった。
・神々の女王ヘラと協力して女神アテナと女神アフロディーテは、天上界の霊力で俺を復活させた。
・女神の霊力を回復させるための
そのために、三人の女神たちは、俺を緊急保護した光崎邸の霊域内にいた香織さん、柴崎教授の一族を加護している霊獣クダキツネの幼獣、美優ちゃんに宿り、休養することになった。
・美優ちゃんと女神アーテの契約が実行できない。女神アフロディーテが、美優ちゃんの魂と一緒にこの世界の過去に渡り、護りながら逃げていた。
「俺の命が助けられたことや、いろいろな事情はわかった。けど、世界がループしている理由がわからない」
「君には女神アーテの破片や天上界の霊力が宿っている。不死なる神の代行者となり、その結果、六歳の救助された日から19歳の8月31日を繰り返している」
「俺がこの世界の神の代行者?」
後ろをちょっと振り返ってみると三人が同時に、それぞれの笑顔でうなずいた。
香織さんが、華やかで同時に艶やかな微笑で。
柴崎教授が、にやりとちょっと野性的な微笑で。
美優ちゃんが、目を細めながらにっこりと、優しげで可憐な笑顔で。
「神々の女王ヘラの霊力の加護、女神アテナの霊力の加護、女神アフロディーテの霊力の加護のうち君は選ぶことで、生き残ることができる。君は不死者ではなくなるが、君の選んだ女神が、この世界に留まり、君が天命を終える日まで加護することで、その期間だけはこの世界の女神となる」
俺が不死の神の代行者なのは、女神アーテの破片、あと天上界の女神たちの分け与えた霊力が俺のエネルギーとして合わさっていて強いため。
「後ろの三人とセックスして精力として、与えられた霊力を少しだけ返還したのだろう?」
光崎公彦さん、いや冥界の王ハデスが真顔で言って、俺の後ろの三人の顔をながめた。
・選ばれた女神が女神アーテの破片がまざった俺の魂を導き、浄化して、天命を終えると一緒に回収し、天上界へ渡る。
ただし、俺に選ばれなかった女神たちは、宿った術者の命をエネルギーとして消尽することで、天界へ帰還する。
・世界から過剰すぎる力の影響が消えることで、世界のループが終わる。
(そんな、俺のせいで、三人のうち二人が死ぬってことか?)
「君は不死なる世界のループを終えたあとは、女神アーテの破片以外にも、パンドラの箱から逃げだした不和と争いの女神エリスや夜の女神ニュクスの子供たちの回収を天命として、女神の加護を受けた一人を魂の伴侶として、試練を受けることになるだろう」
俺がひらめいたのは、大好きな三人死なないで、世界の厄祓いができる条件だった。
「冥界の王ハデスに問う。
俺に言われて、冥界の王の光崎公彦が目をそらした。
美少年アドニスを、冥界の女王ペルセポネと女神アフロディーテが奪いあった逸話がギリシャ神話にある。
「冥界の王ハデス、俺の命はくれてやるぞ!」
・赤い革表紙の
・光崎公彦さんが香織さんに、美優ちゃんを孕ませるために黒い皮表紙の
・赤い革表紙で作られた冥界の女王ペルセポネの
これは、光崎公彦さんが使った黒い皮表紙の
(そういうことか、なるほど。だから、この光崎家の主人は、香織を美優を産ませたあと、抱かなかったのか。この主人は、私と同じ同性愛者なのか!)
「それはダメだ、聡、誰か一人を選べ!」
柴崎教授が、立ち上がって叫んた。光崎公彦が、にやりと笑い立ち上がった。
「ははは、さすが女神アテナは世間知らずではないな。さあ、女神たちよ、パンドラの箱でも、もう一度作って、この世界の混乱を収めるがいい!」
俺に目をつけていたのは、美少年趣味の冥界の王ハデスだけではなく、光崎家の主人も一致してたってことか。
最後の運命の選択は、三人の女性たちの誰かを犠牲にしないで、俺が冥界の王ハデスの生贄になること。
冥界の王ハデスから俺を赤い革表紙の
こうなると世界のループの原因はむしろ、冥界がこちら側に融合しようとしている不具合の可能性も考えられる。
香織さんと美優ちゃんも立ち上がると、怒りの表情で光崎公彦さんと意識が飛びかけて倒れている俺の間に立ちふさがった。
「霊力を分け与えて力を失った女神など、この冥界の王ハデスの前では赤子同然!」
(聡くん、生きることをあきらめないで。まだ、あなたは審判者。だから冥界の王ハデスは、あなたに選択させた)
俺はみんなと一緒に生きたい!
(うぐっ、な、何だと?)
全身を黒い霧のようなものが包みこみ、光崎公彦さんが心臓発作で倒れる。息がうまくできず、声も苦しくて出せないだろう。
光崎公彦さんは、黒い革表紙の魔導書を私利私欲のために使用した。航空機墜落事故で本は焼けたが、子供だった俺はその本を、たしかに見ていた。
香織さんの両親を襲ったのと同じ祟りが、光崎公彦さんの肉体を霊障が
・術者、光崎公彦。祟りの心臓麻痺にて落命。憑依していた冥界の王ハデス冥界へ退散した。
巫女の花純さんは、光崎邸から離れた神社から祈祷していて、俺の意識に呼びかけてくれていた。
黒い人皮の表紙の
この時、花純さんはその蛇のイメージの鬼が襲ってきたので、激闘の末に、異界渡りの祓いで滅していた。
神社をパワースポットに戻すためだったらしい。
光崎家の女性の術者を贄にする術を破り、怨霊の祟りによって光崎公彦さんは死亡した。
和室から虐げられてきた女性たちの怨霊の気配が消えると、俺も意識を失った。
俺の世界のループは終わった。新たな試練が始まったからだ。
こうした出来事があって、俺は陰陽師の香織さん、柴崎教授、美優ちゃん、そして巫女の花純さんと、術者となるえっちな修行を始めることになった。
人の心は、いろいろな世界とつながっている。
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