side fiction /森山猫劇場 第46話

 魔導書グリモワールという書物のイメージで、聡はそれをとらえている。


 七歳の美優が、父親の光崎公彦の書斎でそれを見つけた時に、赤く染められた皮表紙の分厚い百科事典のような書物になった。

 それはまだ七歳の美優が、絵本がわりに百科事典をながめて、いろいろなことを想像して楽しんでいたから。

 もしも、美優が百科事典ではなく他の興味を引くものがあれば、別のものとして出現していたはず。


 禁断の果実。アダムの最初の妻リリスと再婚したイブ。

 聖書の物語では、神の創った楽園には、土からつくられた男性と女性がいた。神は人を自分の姿に似せてつくられたとされている。


 土から人ができるってなんだ?

 と突っ込まれると、土とは中国の五行思想では……まあ、そんな説明しているうちに、人は男性と女性のどちらも神の分身として同じという考え方があった、ということを忘れそうになる。


 男性はアダム、女性はリリスだった。まだ、イブが存在していなかったわけだ。


 魔導書グリモワールの話はどうなったの、前置きが長すぎて、結論まで説明しきれず、ぐたぐたになる前に、結論から言えって?


 やだなぁ、もう。

 せっかちだと、せっかくついてくる楽しいおまけを、もらいそこねるよ。


 楽園にあった禁断の果実を、イブが蛇にそそのかされて食べちゃったから、知恵や羞恥心とかついて神から、禁断の果実をイブにおすすめされて食べたアダムも一緒に楽園から追放されたっていう話は知っているかな?


 あと、その禁断の果実は、ギリシャ神話の「最も美しい女神へ」と書かれた黄金の林檎だったことも知ってるかな?


 聖書から、急にギリシャ神話の話になるなんて、なんかややこしいって?


 うーん、だから、リリスの話からしなきゃいけないと思ったんだけど。

 あと、古事記の伊邪那美命いざなみのみことという女神がこんなことを迎えに来た伴侶の伊邪那岐命いざなぎのみことに言ったのも、聖書の楽園追放やリリスの反抗と関係がある。


 黄泉の国の食べ物を口にしたら帰れなくなっちゃうという掟があったけど、原初の女神だから無理が通るかもしれないから交渉してみると言ったんだけど。


 あー、たぶん、ここでもう、話についてこれなくなってる人もたくさんいるよね。

 柴崎教授が、俺の両親の調査結果をふまえて俺に説明してくれたのは、世界中の神話は、ひとつだったけど、宗教上の都合で、みんな使いたいところを引用してバリエーションが増えただけって講義が、けっこうな時間がかかるのを俺は知ってる。キャンプ前に研究室で、柴崎教授から、もうね、がっつりと聞かされて、俺もさすがにくたくたになっちゃったから、気持ちはわかるよ。


 魔導書グリモワールは、禁断の果実と同じ。

 世界中の認識を変えちゃうものだし、使い方によってはエロチックなものでもあるから、子供にはまだ早すぎ、これはダメっていう感じのものなんだよ。


リリス=伊邪那美命いざなみのみこと=神々の女王ヘラ


 とりあえず、この公式みたいな関係をおぼえてほしい。

 他にも柴崎教授は、アイヌの神話や民俗学の風習や北欧神話、あとインド神話とか、いろいろ取り混ぜて話すから、もっとややこしいけど。


 神々の女王ヘラって、嫉妬深いオバサンだよねって……それは、嫉妬をわかりやすくお話にする都合で、こんな話だってあるよ。


 春先になるとカナトスの泉で水浴をして、処女に戻って再びゼウスに嫁いでいくっていうね。ギリシャ神話で美人はアフロディーテって女神が有名だけど、美少女はヘラなんだよ。


 まあ、美人や美少女とか話し出すと一生かかっても、魔導書グリモワールの話にならないから、とりあえず、リリスの反抗期の話をしないと。


 イブが林檎を食べることになった誘惑した蛇のことがわからないだろうから。


 アダムも同じ人間なのに特別扱いなのはおかしいって、リリスは神に反抗したことになってる。


 あと、アダムとリリスが交わると、悪霊が生まれてきた。このあたりも古事記のヒルコのあたりの話に似てるかも。

 

 それで、楽園を追放されたわけじゃなくて、リリスは自分から出て行っちゃったんだよ。

 アダムはリリスが楽園から出ていっちゃって、しょぼんっていじけてしまったわけだ。

 アダムは、リリスを連れ戻して欲しいですって、神に祈った。


 荒野の獣はジャッカルに出会い、

 山羊の魔神はその友を呼び、

 夜の魔女は、そこに休息を求め、休む場所を見つける。

(「イザヤ書」34章14節)


 楽園を出て行ったリリスのほうはしんどかった。夜の魔女ってリリスが呼ばれるのは、アダムの祈りを神は承認して、天使を派遣したから。

 おたずねものにされて、それでも逃亡の旅をリリスは続けた。


 やがてリリスの元にセノイ、サマンゲロフ、サンセノイという天使がやってくる。そして、リリスに警告した。


「今すぐ戻らなければ、一日に子どもを百人産み、その子らを失う苦しみを与えられることになるだろう」


 しかし、リリスはそれを拒否。

 楽園に戻ることを拒否したリリスに神は激怒し、罰としてリリスの下半身を蛇に変えた。

 毎日大勢の子供たち、リリンを産むけど、そのうち、百人を失う運命を与えた。

 リリスはショックを受けて、海に身を投げて自らの命を断とうとした。まあ、自分が生んで大好きな子供たちを、必ず失う運命が約束されてるってショックだよな。


 リリスを脅した天使たちは、それを悲しみ、彼女を蘇生させて、力を与えた。

 その力とは、子どもが生まれてから男子は8日、女子は20日、リリスが彼らの運命を操ることができるというもの。一方、人間には三体の天使の名前が刻まれた護符を与え、リリスから逃げられるようにしたらしい。

 リリンっていうのが人類のご先祖ってことになってるけど、なんとなく、このあたりは、古事記で黄泉に通じる通路を、伊邪那岐命いざなぎのみことが大岩でふさいだ時のやり取りに似てるね。


 楽園では神によって、イブがあらわれた。リリスより気性のおとなしいのは、アダムのあばら骨を使ったからとか。

 ちょっとイブは、妹キャラっぽいかな?


 ギリシャ神話でパーティーに呼ばれなかった嫉妬の女神がやってきて、黄金の林檎に「最も美しい女神へ」と刻んで、ヘラ、アテナ、アフロディーテの女神たち前に置いた。

 林檎はひとつ、女神は三人。

 誰がこの黄金の林檎を持つのにふさわしいかともめた。


 リリスは蛇になって嫉妬から、イブに禁断の果実を食べちゃえってそそのかしたのか、ただひたすらイブが、アダムに従順なのが気持ち悪かったのか、そこはわからないけど。


リリス=伊邪那美命いざなみのみこと=神々の女王ヘラ


 要点だからもう一度。

 この要点をおさえておくと神々の女王ヘラが、アテナかアフロディーテに、禁断の果実を譲ったのではないか、という仮説もありえるんだけどね。

 女神たちは大神ゼウスに判断をゆだねた。すると、もともと王子だけど不吉な子と占われて、殺されかけたから、山で隠れて暮らしている人間の羊飼いのパリスに、大神ゼウスは黄金の林檎はだれがふさわしいかを選らばせるのはどうかと提案をした。


 大神ゼウスが選ぶと、選ばれなかった女神のプライドは丸つぶれになる。そうなると、さらにもめて抗争勃発になったら大神ゼウスは困る。

 三人の女神はそれぞれ美しい。

 大神ゼウスとしては、自分が原因で抗争など起こしてしまい、どの女神も失いたくない。


 黄金の林檎=禁断の果実=魔導書グリモワール


「俺はアダムなのか、それとも羊飼いのパリスなのか。はっきりとはわからないですけどね」


 8月29日、香織と美優に、聡が柴崎教授から教わった知識をふまえて、考えていることを話して聞かせた。









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