side fiction /森山猫劇場 第43話
小高い山の一部を切り崩し、そこには団地が作られた。しかし、今は、その団地も老朽化したのと、地域の過疎化によって廃墟の建物だけが残っている。
8月27日の昼間、この廃墟の建物の中へ無断で立ち入り、ネット配信するための動画撮影をしている30歳の男性がいた。
(住人たちが捨てていったゴミが散乱して残ってるのが、ちょっと不気味な感じだな)
古い新聞の束。着古した衣服。台所には、割れた皿や錆びた包丁まであった。
他の廃墟のようにスプレーの落書きがあったり、窓ガラスなどが割られたりはしていない。悪戯で荒らされたりはしていない。
(もし、アパートを引き払って、ここにこっそり隠れて住んだら、家賃分が浮くかもな~)
彼は失業して、転職がうまくいかずに、かといって非正規雇用のフリーターになる気もせずに、趣味の心霊スポット巡りの動画を配信しながら、退職金を食い潰している始末だった。
高校卒業してすぐに就職、工場勤務の平社員のまま30歳になって、急に生産縮小のために工場が閉鎖されることになった。他県の工場へ自費で転勤するか、退職金をもらい別の会社へ転職するかを、選ばなければならなかった。
心霊スポット巡りをしていて、気分の悪い夢をみたことがある。
一度、ひどい霊障が起きた。
謎の発熱、肩こり、寒気、頭痛、吐き気。会社を休んで、市販の風邪薬を飲んで寝た。
着物姿でひどくやつれた顔にひどい火傷している女性が、火事の炎が燃えさかるなかであらわれる悪夢。炎の熱や、煙の臭さがやけに生々しい夢。
ある心霊スポットという噂のトンネルで拾ってしまった。その時はさすがに、彼もあわてて、神社でお祓いを受けた。
彼はその時に、霊障が起きたら神社でお祓いしてもらえば大丈夫なんだ、と思い込んでしまった。
夕方にその団地のそばの、こちらも深夜に幽霊の目撃情報のある公園に彼はテントを張って、昼間に撮影した動画や画像をながめていた。
深夜にテントから出てみたが、月明かりの下に昼間と変わらず錆びた遊具があるばかり。廃墟の団地と寂れた公園で、幽霊どころか他人にも会わなかった。
(あのダムのそばのトンネルに行ったわけじゃないのに!)
そのまま夜が明ける前に帰宅して、動画を編集していて、気づいてしまった。
お祓いされたはずのあの幽霊の姿がそこにある。顔に火傷しているひきつった唇、まっくらな穴に見える目。逆さまに団地の部屋の浴室の天井から立っている姿が、撮影されていた。
結局、前にお祓いしてくれた神社に彼は行くことになった。
日が昇り、昼12時すぎまで、他の神社やお寺に連絡してお祓いを頼んでみても断わられた。同じ神社では効果がないと思って。
神社に向かう途中に車を運転していて、寒気や吐き気、頭痛があったが、神社の駐車場に停車するときにはおさまっていた。
車から降りると、神社の鳥居をくぐる前にお祓いをしてくれた神主が待っていて、その衣装のまま神主の老人は近くのファミレスに行って、彼の話をとりあえず聞いてくれるということだった。
「あの山には貝塚や墳墓の遺跡が団地の反対側にあるのですよ」
穢れを感じるものを集めておく場所が、その山だった。そこを削って団地を建て、公園を作った。
「公園のはじっこに小さな石碑があったでしょう。もう風化して、なんとなく何か彫られている感じのやつです」
「これですか?」
彼のスマートフォンの画面を見た神主がうなずいた。これは慰霊のために山の入口にあたる道端に置かれていたものだという。
昔は、死んだ牛や馬、狩猟した獣の骨なども、山に捨てていた。
「もともと、その幽霊はトンネルにいたわけじゃないんですよ。一度、神社の神様がこわくなって、あなたから距離を取るようになった。あなたに言ったはずですよ。心霊スポットにわざわざ行くのはお止めなさいと。あと、喫煙も。あなたと一緒に穢れを集めた山の跡地に、幽霊はついて行った。そこで、取り込まれてしまった。あそこの穢れは、年期が入りすぎていて祓えない。それを鎮めていた人たちも、今はもう一人になってしまったと聞いています。あなたの記憶では、あの幽霊は怖かったのでしょうね。だからあなたにあの幽霊の姿をみせた。もう前のものとは、まったくちがいます。幽霊よりも強い穢れと、あなたはつながってしまった。だから、他の神社やお寺では、穢れの気配に気持ち悪がって、お祓いを引き受けてくれなかったでしょう?」
「た、た、助けてください」
神主はきっぱりと、うちでも無理ですと言った。
術者の守谷隆信が鎮めていた穢れの集まる忌み地が、彼が祟られた団地の廃墟や錆びた公園がある土地と、小高い山だった。
守谷隆信が亡くなったことで、彼も巻き込まれた。
正確には、神社でお祓いされた遊女の亡霊がもう一度、彼を取り殺すチャンスを狙い、ずっと彼のそばにいて、待って準備し続けていたのだ。
10年前に、守谷隆信が穢れを鎮める儀式が破綻し始めた頃あたりから、団地から自殺騒ぎもあり人が去っていった。
ネットの動画配信で本物が撮影されていると彼の動画が人気が出たのも、穢れに集まった同じグループの亡霊たちがうまくラップ音を録音させたり、わかりやすくいえば、彼が最後に、廃墟の団地へ訪れ、穢れの祟りを受けるようにじわじわと仕掛けられていた。
遊女の亡霊の彼女に、他の亡霊たちも共感して彼を誘導したのだった。
遊女と身請けすると約束しながら、その金を博打で半分失い、また別の商人の娘と夫婦になるために残りの金を使いたかった男がいた。遊女を身請けするには、どうやっても金が足りない。
遊女は男が廓に火を放ち逃げた火事で煙に巻かれた。そうとは知らず、焼ける廓のなかを、彼の名前を煙にむせびながらも何度も呼び、煙と火の中を探しまわり、逃げ遅れて焼け死んだ。
それから、ずっと彼女は、約束した愛しい男を探し続けていたのだ。
彼は遊女と商人の娘を天秤にかけ、遊女を見捨てた男の子孫にあたる。
ファミレスで、神主から見捨てられてしまい、ひとり途方に暮れている彼である。
いや、彼を背後から、火傷の傷がある痩せた腕で愛しそうに抱きついている遊女の亡霊が、彼と寄り添いそばにいる。彼に憑依するほどの霊力は、長くさまよい続けくたびれてしまったこの遊女の亡霊には、もうなかった。
動画配信で、この団地の廃墟に絶対に行くなと、彼は警告した。
それを見た自称霊媒師という女性が近づいてきて、彼に高額の料金を請求した。
彼は自分の貯金をほとんど残さず、この徐霊の儀式に賭けた。
彼のアパートで一夜の徐霊を試みるが、アパートは、彼の部屋に置かれた燭台が倒れ、火がまわり8月31日の早朝、全焼した。
彼は徐霊の途中で亡くなり、火災に巻き込まれないように逃げ出した自称霊媒師の女性の腕には、赤く浮き出る火傷の
自称霊媒師の詐欺師、
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