side fiction /森山猫劇場 第40話
動作はもたもたとしていて、授業中に「あ、あの……そのぅ……え~……は、はい」と担任の先生への返事は、どもってしまいながら、小声で話す。
「あの子とは話したり、仲良くしてはいけない」
そんなふうに、親からは言われていた。忌み子だから、と。
髪は伸び放題で、くしなんて使ったことは無さそうで、お風呂にもいつ入ったのかわからない。服も学校のジャージで、汚れているように見える。
そんな
葉子の笑った顔なんて、今まで私たちは見たことがなかった。
転校生は自己紹介で、親の転勤が五回目で、また転校するかもしれないけど、よろしくお願いしますと明るく言ってから、みんなの顔を見渡し、にっこりと笑った。
転校生の
葉子を仲間外れにするのを、学校の先生も親もおかしいなんて言ったりしなかった。
転校生の咲凪ちゃんは毎日、葉子に挨拶して話しかけていた。
(話しかけても平気なの?)
(笑えないわけじゃないんだ)
クラスの子たちの間で、葉子に関わると呪われる、病気になる、なんて噂があったけど、ただ貧乏な家の子をいじめてただけだったのかもとひそひそ囁かれ始めた。
「転校生だから知らないかもしれないけど、あの子と話したり、さわったら、病気になるんだよ」
帰りに、声をかけて音楽室に呼んで、学級委員の
「そんなことないもん。みんなおかしいよ。いじめちゃだめなんだよ!」
守谷さんは、せっかく教えてあげたのにと怒って一人で帰ってしまった。私たちは、咲凪ちゃんに、お父さんとかお母さんに聞いてみてと言って、泣きそうな顔になって音楽室を出ていった守谷さんを追いかけた。
咲凪ちゃんは、風邪もひかなかった。守谷さんは、葉子ってなんか気持ち悪いと言っていた。
転校生の咲凪ちゃんを守谷さんはクラスのみんなで、内緒の話を教えた日から挨拶されても無視していた。
私たちは咲凪ちゃんから他のところの学校の話とかも聞きたかったから、守谷さんの休みの日には、休み時間やお昼休みにたくさん、咲凪ちゃんに話しかけた。
「葉ちゃんもうちに来てみる?」
駐在所のうしろの家が咲凪ちゃんの家で、お母さんも結婚前は警察官だけど、友達を連れて来たらおいしいホットケーキを焼いてあげると言っていたと聞いて、私たちは咲凪ちゃんの家へ遊びに行ってみたくなった。
咲凪ちゃんが隣の席の葉子もさそったから、私たちは顔を見合せてしまった。
「えっ……ううん、いいや……ありがとう、咲凪ちゃん」
私たちはそれからは、葉子じゃなくて、葉子ちゃんと呼ぶことにして、他の子と同じように挨拶したりもすることにした。
葉子ちゃんは、咲凪ちゃん以外には笑わないし、ぼそぼそと話すのは変わらなかったけど、毎日、同じジャージだけど、汚れてない感じになった。おばあちゃんのお人形さんみたいな髪型だけど、前みたいなバサバサした感じじゃなくなった。
それに挨拶したら、ちゃんと返事は返してくれる。葉子ちゃんは、恥ずかしがり屋さんなんだろうと思うようになった。
守谷さんは、咲凪ちゃんと葉子ちゃんにだけ話しかけないけど、私たちには普通だった。
守谷さんのお家はご先祖様が偉い人だったから、今もおっきいお屋敷に住んでいる子で、離れには立派なピアノもあって、上手にピアノが弾けて、テストの点数も、いつも一番で、先生にほめられている。
毎日かわいい服で学校に来て、かわいい髪飾りもつけていた。
咲凪ちゃんは、居残りの葉子ちゃんと一緒に、教室に残って勉強を教えてあげていた。
「算数のテストで、100点が二人いるわ。守谷さんと霜谷さんです。みんな拍手!」
担任の田中先生が言ったので、私たちは拍手していた。
「やったね、葉ちゃん!」
咲凪ちゃんは、葉子ちゃんに抱きついて喜んでいて、葉子ちゃんが顔を真っ赤にして「はわわわ」と言ったのが聞こえて、私たちはかわいいと思って笑ってしまった。
でも守谷さんだけ、みんなと一緒に拍手はしていたけど、笑わないでうつむいていた。
「……ない……あれっ……ない」
「忘れてきたのかも、私も前は忘れることあったよ。私と一緒に教科書、見ればいいよ」
「うん、ありがとう」
泣きそうな顔で教科書を探していた葉子ちゃんが、咲凪ちゃんに笑った。
次の日、田中先生が朝からみんなに言った。
「ひどいことをした人は誰?」
田中先生がものすごく怒っていたので、私たちは緊張した。
葉子ちゃんの算数の教科書が焼却炉で半分、焼けてしまっているのを、用務員さんのおじさんが見つけた。
「最近、みんな仲良くなって先生はうれしかったのに。やった人はいつでもいいから、私にだけ教えて。わかりましたね!」
私たちは、今日は学校をインフルエンザで熱を出して休んでいる守谷さんの机をなんとなく見つめてしまった。
その日の午後、守谷さんのお父さんが学校に来て、校長室に咲凪ちゃんが田中先生と呼ばれて、自習になった。
そのあと、教室に制服姿の咲凪ちゃんのお父さんも来て、葉子ちゃんに校長室の場所を聞いた。
「はいっ、校長室は、一番上の階の真ん中あたりにあります。職員室の隣です!」
私たちは、葉子ちゃんが大きなはっきりとした声で、大人の人に話したので、驚いてしまった。
それから、もう、守谷さんは学校に来なくなった。病気で遠くの大きな病院に入院したと、田中先生は言っていた。
噂で、守谷さんの家の一人娘の
中学生になった時、咲凪ちゃんは、お父さんの転勤の都合で引っ越していった。
葉子ちゃんは、守谷さんの家の養女として引き取られ、霜谷から名字が変わった。
葉子ちゃんは、守谷さんの家の他に、親戚筋の身寄りがなかったからということらしかった。
校長室で、英理ちゃんと葉子ちゃんが話したり、遊んだことはなかったか、英理ちゃんの父親から咲凪はつかみかかられて聞かれて泣き出したところに、校長先生から呼ばれた咲凪の父親がやって来た。英理ちゃんの父親が、肩を落としてうなだれた。
(駐在さんの子だったのか。忌み子のことを、駐在さんやこの子は知らなかったのだろう)
身の災いを避けるために、身代わりの御守りのように、同じ一族のなかで、年齢の近い子供が生まれるように儀式を行い、産まれてくる子供に呪いをかける。
葉子は、英理の身代わりの忌み子として産まれた。守谷家と霜谷家の間には、古くからの奇習によるつながりがあった。
英理の父親の守谷隆信が風習の儀式にしたがって、巫女の血筋の霜谷家の女性に、薬物を摂取させ続け、土倉の座敷牢に監禁しておき凌辱した。
凌辱された霜谷家の女性は、出歩けないほど衰弱しながらも、忌み子とされる葉子を出産して亡くなった。
そのまま、葉子には守谷家の屋敷で三歳になるまで、英理と葉子に、英理の母親の静江が、同じ母乳を与える。
葉子が三歳になると、守谷家の私有地の山小屋で葉子を英理と引き離し、別々に育てていた。
その守谷家の儀式を古参の住人たちは隠してきた。
言い伝えでは千人の災いの身代わりとなると伝わる忌み子とは、災いをもらうことがないように遊んだりして関わらないように、自分の子供たちには言い聞かせて。
しかし、いじわるをして、身代わりの忌み子の葉子の教科書を、禁を破ってしまうとは知らずに、英理が盗んで焼いた。
葉子に対して英理が呪詛の念を込めて持ち物を焼いた時、その呪詛は、葉子の母親や同じ儀式の犠牲になった怨霊を呼び覚まし、護られるはずの英理自身に災いとして降りかかった。
葉子が守谷家の家長の守谷隆信の養女になり、英理の母親が山で首吊り自殺したことまでは、蛯原咲凪は知らない。
祟られた守谷隆信が、貪るように艶然と微笑する葉子に衰弱するまで弄ばれた。
英理は屋敷にいる。愛娘のやつれ果て、うわごとを呟き続けている変わり果てた姿を見続け、悲しみに暮れていた守谷隆信の妻の静江は、嫉妬と憎悪を養女の葉子に向けた。
「この恩知らずの泥棒猫!」
養女になって三年後の春の宵のことだった。守谷隆信に寄り添い眠る葉子の首に手をかけた瞬間、静江は祟られて、深夜、ふらふらと山に入って行った。静江は山桜の樹に首を吊って命を絶った。山桜の枝は揺れて、月明かりの下、夜風に舞った花びらは、流れる渓流に落ち、また流されてゆく。
葉子は、守谷家当主の隆信から呪法の道具に使うために産み落とされたことを、心の底から恨んでいた。
隆信は娘の英理と妻の静江を裏切り、その罪の意識に苛まれながら、鬼の裔の血を継ぐ葉子に魅了され、肉欲に溺れながら日々、ゆっくりと衰弱していく。
8月27日の夜、葉子が養女になってから約10年かけて、ついに復讐を成就した。
この夜、隆信はついに腹上死した。こうして、守谷家に伝わる身代わりの呪法の儀式の方法の全てを知る人物はいなくなった。
家長の隆信の遺言状により、守谷家の財産を、すべて養女の葉子が譲り受けた。
子供の頃からずっと心身喪失している英理は、葉子によって守谷家の屋敷から出され、大学病院の精神科の病棟へ入院させられた。
守谷英理もまた、古い奇習の犠牲者のひとりだった。医学的な治療で英理の自意識を回復させられるなら……と葉子は考えたからだった。
復讐を果たしても、葉子は人の優しさを失ってはいない。つらい時は、ずっと自分に優しくしてくれた女の子の笑顔や声を、泣きながら思い出してきた。
葉子は今でも、咲凪ちゃんのことを、愛し続けている。
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