side fiction /森山猫劇場 第39話

 田舎は、余所者よそものに対して閉鎖的で、どこか陰湿な印象を与えるかもしれない。


 集落は全員が顔見知りで、知らない人が来れば、あれは誰だとひそひそ話。余所者には警戒心が強くて、なかなか本音を語らない。


 でも一度、入ってしまえば仲間意識が強いから、困りごとがあるとわかれば助けてくれる。


 大人たちの手伝いで、しいたけの原木作りや、土産物みやげもの草鞋わらじを編んだりしたのも、大人になった今ではちょっとなつかしい。


 遊び場はなんにもなくて、山と田んぼばかりだった。子供も多くないから、子供たちは年齢の上下関係なく一緒に遊ぶ。


 父親は駐在所勤務の警察官で、転勤が多かった。二年か三年おきに転勤していた。

 地方から地方へ、転勤して渡り歩いている駐在所暮らしの家族だった。田舎では交代勤務の交番を作るよりも、そこで暮らして24時間対応する駐在所勤務の「駐在さん」のほうが便利だったのだろう。週一回だけ離れた警察署へ報告に行く日は、「なんだ、駐在さんは、お休みの日かよ」と言われていた。


 田舎の事件はとても少ない。警察官といっても事件よりも、雑用や伝言など、住民の手伝いのほうが多い。


 しかし、余所者が来て起こす厄介事は「駐在さん」のお仕事だった。たとえば、農作物の収穫期にやってくる野菜泥棒、山への不法侵入。あとは、山を切り崩して作られた新興住宅地へ移り住んできた新顔しんがおの住民と、ずっと田舎暮らしの古参こさんの住民たちの間で軋轢あつれきができることがあった。

 先輩と後輩のように、古参の住民は良好な関係を作っていきたいと、それなりに前向きに受け入れてはいるのだが、新顔の住民たちからは、おせっかいなことを言われたりされた、なれなれしく、気持ち悪いと、警戒するような認識を持たれてしまう。

 そんな認識のちがいから、口論などのトラブルに発展することがある。


 「駐在さん」は、そのどちらにも、まあまあと取りなす役割といったところだった。


 田舎の古参の住民たちは、たとえば、酒に酔って興奮して殴り合いになったのを、水をさすために「駐在さん」を呼ぶ。

 しかし、酔いが冷めたと喧嘩していた本人たちが落ち着くと、騒ぎが収まったと「駐在さん」を呼びに来た野次馬も去って、被害届が出されることもない。


 しばらくすると、喧嘩して気まずくなったほうの人が集落から出て「どっかに行った」と噂を聞かされる。

 古参の住民の内輪のルールで、あれこれ解決してしまう傾向がある。「駐在さん」は呼ばれはするが、本当の詳しい事情などは教えられないまま、手伝いを求められる微妙な立場だった。


 「駐在さんとこの子」と呼ばれていた蛯原咲凪えびはらさな

 彼女は、8月27日の夜、渋谷のラブホテル街で鬼のすえの術者である芹沢萌せりざわもえによって救助された。

 咲凪は、現在23歳だが、見た目で実際の年齢よりも若く見られがちなのを気にしている。

 粗悪品のMDMAを不埒な常習者ジャンキーの男性から強引に飲まされてしまった影響で、同性愛者の芹沢萌に連れ込まれたラブホテルの一室で、咲凪は子供の頃の夢をみていた。


――忘れてしまっていた子供の頃の思い出の夢を。


 翌日、芹沢萌はNPO団体「清心女性サポートセンター」の施設であるビルへ咲凪を案内した。


 このNPO団体は、DV(ドメスティックバイオレンス)やストーカー犯罪などの被害者女性を支援している。共同生活用の宿泊用の部屋も建物内にある。

 違法薬物の使用によって、警察署で尿検査をすれば一発で逮捕される状態の蛯原咲凪でも、団体の責任者の倉持志織は警察へ通報しないと、芹沢萌は信頼している。


 朝からいきなり訪問したにも関わらず、清楚な美人の倉持志織は迷惑そうな顔ひとつしないで、咲凪たちを迎えてくれた。

 倉持志織は、優しい声と、おだやかな口調で話す人で、芹沢萌も世話になった恩人らしい。


 職場には体調不良と連絡して、咲凪は休暇をもらった。

 倉持志織から、しばらく自分たちの組織の運営するこのビルで暮らすことを提案された。


 一人暮らしをしていたアパートの部屋を、警察官やマトリの捜査員が家宅捜査に来る可能性が高いと倉持志織から説明された。


 渋谷ではMDMAだけでなく、加熱式タバコや蒸気タバコで使用できる大麻や幻覚剤、覚醒剤まじりの水溶液のリキッドが密売されていて、医療用大麻の規制緩和の議論が議員の間で交わされている時期に、常習者ジャンキー売人ばいにんから転売する者たちが、事件を起こして話題になるのを防ぐために違法薬物の取り締まりを強化している。


「蛯原さん、これ以上、巻き込まれるのは、嫌ですよね?」


 芹沢萌から暴行を受けた常習者が負傷の痛みをやわらげようと、違法薬物の効果に頼るため、薬の入手に動くことが予想される。

 不審者として常習者か売人が捕らえられたら、所持品のパソコンやスマートフォンが押収され、マトリの捜査員や警察は咲凪と常習者との通信履歴や内容をチェックして、疑わしいと判断すれば、家宅捜査と任意同行を求めてくる。


「蛯原さんは、どうしてその男性と会おうと思われたのですか?」


 結婚相談所の3社がスポンサーとして合同で運営するマッチングアプリがある。

 咲凪は会員登録後、紹介された男性と連絡先を交換して、昨夜は初めての顔合わせだった。


 倉持志織は、咲凪の事情を聞き取りながら、心のカウンセリングをすでに始めている。


 







































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