side fiction /森山猫劇場 第37話

「線香花火の燃え方には、人生に喩えた四つの段階があります」


 聡と巫女の花純が、緊張しすぎないように気づかい、香織と柴崎教授が手持ち花火をすると二人に声をかけた。


「初めはつぼみだ」


 柴崎教授が言った。

 燃え始めの命の始まりのような、育っていく小さな咲く前の蕾。


「これは牡丹ですね」


 巫女の花純が言った。

 小さな火玉からパチッパチッと子供が無邪気にはしゃくように、弾け始める。


「これを松葉と言います」


 香織が微笑を浮かべて言った。

 さらに火花が弾けるのが華やかに大きくなる。


「これは、たしか……散り菊?」


 小さな流れしたたるような火を放ち、少しずつ小さくなる玉を見つめて、聡は言った。


 線香花火が消えて、五人は周りの夜の暗さに包まれた。

 黙っておとなしく、聡の線香花火の先を見つめていた「もふ」がめずらしく「ふぅ」とため息のようなものをついた。


「終わりはさみしいけど、きれいだったですね」


 巫女の花純が「もふ」の頭を撫でて言った。


「そう、散り菊ですよ。聡くんと美優ちゃんに線香花火を見せて教えたことがありました。覚えていたのですか?」

「なんか、思い出したんです」


 聡は香織にそう言った。

 大人の香織と子供ふたりで花火をしたのは、まだ魔導書グリモワールを美優が聡に見せる前の夏の夜のこと。


(美優ちゃんは覚えてるのかな、線香花火を見たこと)


 聡はそう思いながら、しゃがんでいた姿勢からゆっくりと立ち上がってのびをした。


 聡にとって今の人生は、線香花火が最後まで燃え尽きずに、途中で玉がぽとりと落ちたあと、ループして、また別の線香花火を着火し続けている感じがする。


「私は、どっちかと言えば打ち上げ花火が派手で好きだがな」


 柴崎教授が、花火のあとの残骸を入れたバケツを持って、すたすたと歩きながら言った。

 暗がりでも、聡以外の全員がすたすたと歩ける。


「聡は普段から視覚だけに頼っているからだ。音や気配を感じていない証拠だ」


 聡は暗がりの中を、柴崎教授の声やみんなの足音に耳を澄ましてついていった。


 聡たちが線香花火をしんみりとながめていた頃、吉原以外でも禍事まがごとがぽつりぽつりと起きていた。


 夜9時頃に凶行の犠牲となった風俗嬢の吉野愛香をふくめ、他の犠牲者たちには、共通することが一つだけあった。


 犠牲者は吉野愛香だけでない。巻き込まれた恋人の横山由香も落命している。

 強い呪術を行うには、その効果を強めるために、生贄を必要とする。呪術を仕掛ける術者が、呪術の代償としてわざわいを受けないように、身代わりが必要だからである。


 陰陽師の光崎香織や祓魔師の鏡真緒の気づかぬところで、隠されている虐げられてきた女性たちの怨念の力を使おうとしている者たちがいた。


 そんな陰謀に巻き込まれていることを、鎌倉の邸宅の広大な庭で花火をしている五人は知らない。


 儀式の開始は午前零時。

 8月28日になった瞬間から、早朝まで。

 陰陽師の香織が、邸宅内で光崎邸と周囲の広大な庭に、結界を形成する。

 柴崎教授と「もふ」は背中に呪符を貼り、美優の自意識が本来の肉体に戻った時の準備に入る。

 「もふ」は使用人の控室に、柴崎教授は美優の自室で、それぞれぐっすりと眠りにつく。

 聡と巫女の花純の自意識が、早朝に渡った異界から安全のために強制的に戻されてくると、柴崎教授と「もふ」は目を覚ます。


 聡と巫女の花純は、まず香織の形成した結界内から、次のより深い異界へ渡るためのゲートを見つけ出す。

 ゲートがどんなものなのかは、誰もまだわかっていない。

 またゲートの向こう側にどんな世界があるのかも、誰もわからない。


 巫女の花純が鬼祓いをする時は、花純の力の支配領域とお祓いを頼みに来た人の心の支配領域が合わさった異界があらわれる。

 しかし、神隠しにあった人たちが心を奪われていく異界がどんなものなのか、行ってみなければわからない。

 柴崎教授の推測では、囚われている多くの犠牲者のなかの心が共通して持つイメージが合わさったような異界なのではないかとのことだった。


 柴崎教授が目を覚ました時に、美優の肉体ではなく、霊獣クダキツネの「もふ」が宿っている元のクダ使い柴崎秀実の肉体で目を覚ますことができたら、儀式は成功。


 聡は魔導書グリモワールの記録のなかに、儀式の結果がどうなったのかの情報はないか思い浮かべようとしてみた。

 過去の世界のループで、同じ行動をしていれば、儀式の結果もわかるかもしれないと、聡は安直に考えた。


 魔導書グリモワールは何も教えてはくれない。


「もふ」を眠らせることで、霊獣クダキツネの意識から、魑魅魍魎ちみもうりょうの異界へ渡る

 ゲートは必ずあらわれるはずというのは、術者の三人の推測が一致している。


 眠りについている柴崎教授の自意識は、心が安らかに本来の肉体に戻るために夢もみないぐらい眠りにつくらしい。

 ぐっすりと眠り込んでいなければ術者の香織の自意識の支配領域と同じく術者の柴崎教授の自意識の支配領域が、神獣クダキツネの支配領域の形成を阻んでしまうかもしれないと用心してのことだ。


「注意が必要なのは、結界内は時間の感覚が変わってしまうことです。こちら側で普通に生活していれば、夜明けまで五時間ほどですが、もしかするとたった五分間かもしれませんし、逆に五年間かもしれないのです」

「特殊な結界だから、そういうこともあるだろうな」


 香織と柴崎教授は、聡と巫女の花純に、なぜ今回の儀式で使われる結界が特別なのかを説明した。


 神隠しで意識が奪われた人たちの心が囚われている異界へ渡る儀式。


 それはかつて、西洋の異端の宗教者たちや錬金術師れんきんじゅつしたちが憧れてきた異界から召喚する儀式の真逆の考えかたの儀式になる。


 陰陽師の香織は生贄の犠牲者を出さずに、光崎邸の土地にある護る力で儀式ができる。

 陰陽師の光崎一族がこの鎌倉の土地に邸宅を建てたのには、いわくがある。

 鎌倉時代の三代目将軍、源実朝みなもとのさねともが、邸宅で夜更かしをして歌を詠んでいると、中庭で足音がした。

 丑三つ時にあらわれた謎の少女が中庭を走り抜けていくのを見かけた。実朝が少女に声をかけた。

 すると松明のような光る物体があらわれ、少女が光とぶつかり消えてしまった。

 驚いた実朝は、宿直の者に言いつけて、陰陽師の安倍親職あべのちかもとを夜中に急いで呼び寄せた。

 安倍親職は安部晴明から七代あとの子孫にあたる。

 その頃は安部氏も多くの庶流ができている。直系でない安倍一族も鎌倉へ下向し、さまざまな儀式を執り行っていた。

 光崎一族は、陰陽師の安倍晴明あべのせいめいの血統の者たちと、もともとは播磨を根城にしていたの蘆屋道満あしやどうまんの血統の者たちが交わり生まれた一族である。

 安倍親職は検分した。特におかしなところはありませんと報告したにもかかわらず、実朝に命じられ、念のため庭で「招魂祭」を行うことになった。これはお祓いと供養の儀式である。

 謎の少女を実朝が見た三ヶ月ほど前の、建暦三年の五月に大きな内乱があった。

 源平合戦では武功を立て、幕府の重鎮だった和田義盛わだよしもりの一族が北条氏に反抗して合戦となっていた。

 実朝の側近には和田一族の者も多く、義盛のことも慕っていた。

 和田一族が御所に攻めてきたのは、実朝にとって悲しい出来事だったのだろう。

 実朝は中庭で行わせた儀式のあと、その後にも何度か、和田一族の慰霊を行っている。

 そのおかげか、実朝は飛ぶ鳥を落とす勢いで地位を上げていくことができた。子供がなかなかできなかった実朝は、せめて鎌倉幕府の将軍の地位を上げようとして、ついに六年後には、右大臣にまで昇りつめた。

 陰陽師の安倍親職に協力して、慰霊の儀式を行ったのが、光崎一族だった。

 内乱の犠牲者の祟りの起きた地を、長い期間をかけて慰霊して鎮めることで、護りとした。

 そこが陰陽師と、西洋で異端とされた宗教者たちや錬金術師たちとのちがいである。


 源実朝が、お祓いと供養の儀式を陰陽師に命じるきっかけになった謎の消えた少女。

 それが何だったのかは、明らかにされておらず、また伝えられていないので、陰陽師の香織にもわからない。


 鎌倉では霊処浄域れいしょじょういきとされているスポットは他にもある。


 たとえば東勝寺跡のすぐそばには、北条高時の「腹切りやぐら」と呼ばれている多くの武者が自害した場所がある。

 やぐらとは、鎌倉やその周辺にみられる横穴式の墳墓のこと。

 「腹切りやぐら」から、骨壷や遺骨は見つかってはいない。しかし、小さな五輪塔があり、花などが供えられている。

 



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