side fiction/ 森山猫劇場 第33話
「おい、父ちゃんはお師匠さんのところに
タクシーの窓を開けて、スマートフォンを思いっきり高速道路に投げ捨てた。
そう考えると、スマートフォンが、彼にとって最も他人と関係している道具だ。
流行遅れのイタリア風メンズファッションの初老の男性、
その後、奇妙な行動でタクシーの運転手を驚かせていた。
(もしかして、警察に連絡した方がいいのか?)
服装は、全身黒ずくめ。
喪服のような女性用のスーツ、黒ストッキング、黒革の手袋、黒髪のロングヘアー、黒色のロングコート。
彼女は、真夏なのにそんな服装で、汗一つかいていない。
タクシーの運転手の考えを読んだかのように、後部座席で小野良平の隣にいるこの麗人は、タクシーの運転手に言った。
「警察に連絡するのは二度手間。私は警察官だ」
ちらりとコートから警察官であることを示す旭日章の手帳を提示してみせた。
彼女は正確には警察官ではない。公安部に所属している。
鏡真緒、
「え、あ……わ、わかりました、すいません!」
タクシーの運転手は、緊張して手汗をかきながら運転している。
小野良平が小声で「本物?」と鏡真緒にたずねた。彼女はそうともちがいますとも返事をせずに、バックミラーを見つめた。
このタクシーを尾行している車両はないのを、鏡真緒はしっかりと確認している。
8月27日の早朝、神社は放火と思われる火災で、社務所が焼け落ちた。
小野良平は鎌倉へ娘を届けたあと寄り道して、中華料理を堪能してかなり酒を飲んだ。
車はパーキングにあずけて、儲け話に浮かれた彼は、久々に羽を伸ばしていたおかげで助かった。
とりあえず高野山へタクシーは向かっている。
祓魔師の鏡真緒は、公安部の特別捜査を専門とする部署の民間協力者として、心霊現象がらみの事件解決に協力している。
小野良平の「お師匠様」は、
命を狙われたのは、小野良平ではないと鏡真緒は察している。ただし、小野良平が亡くなれば、娘の巫女の花純が不安になる。
美貌の祓魔師の噂は、小野良平も聞いていた。会うのは初めてだったが、警察官だったとは聞いたことがなかったので、いい話のネタになると、彼女のそっけない態度を美人だから許そうと思った。
「他言無用」
つぶやくように鏡真緒に言われた小野良平は、なぜ放火されたのかなど聞きたいことはあった。
とにかく質問するのは、無愛想な美人より、お師匠様にしたほうが良さそうだと考え、肩をすくめると、腕を組んで目を閉じた。
二日酔いでひどい頭痛がする。
鏡真緒は、聡のことや世界のループについては知らない。
ただし、呪術を行った者が引き起こすトラブルが近年、増え続けているのは実感している。
それに対し、トラブルに対応できる術者の数は、常に人手不足。
少子化の影響もあり、後継者がいなくなった土地を鎮めていた神社仏閣が失われて、さまざまな地域で、パワーバランスが崩れた結果、
鏡真緒と公安部は協力して、禍事が起きた地域を鎮めて浄化しているのだった。
また失われた神社仏閣であずかっていた、いわゆる呪物が流出して密売されてしまい、悪用される事案もある。
鏡真緒は高野山から、そうした呪物の破壊や、祟りの処理の依頼を以前から受けている。
現在、密教には、真言宗の東密と、天台宗の台蜜の二つが残っている。
鏡真緒は密教系の術者である。
小野良平が、鎌倉の光崎家の邸宅に、巫女の花純をあずけてあること。この情報を鏡真緒は小野良平が高野山で保護してもらえるように口添えをすることを交換条件に、すでに聞き出してある。
ただし、小野良平は熱心に知識を身につけるよりも、ビジネスに夢中な人物で、光崎家の邸宅で聞いた依頼内容を酒をたらふく飲んだこともあり、かなりのことを忘れてしまっていた。
とにかく、御令嬢の美優という女性が行方不明で、それを陰陽師の香織が探すのを、巫女の花純が手伝うということらしいことが、鏡真緒にはわかった。
日本の失踪者は年間8万人以上。
そのうち年齢が10代の失踪者は23・7%。
もし失踪者が8万人ぴったりでも、18960人。
失踪者の約1/4が10代。
そのなかに、神隠しにあった人は、どれだけの人数がいるのか。調査されたデータは存在しない。
小野良平が「神主さん」をしている神社も、地域のバワーバランスを維持している場所の一つ。
神社を破壊することで、何かを起こうとしている者がいるのかもしれない。パワースポットの喪失が、各地で発生している。
神社への放火事件も、禍事の一つともいえなくもない。
鏡真緒は小野良平を高野山の金剛峯寺に引き渡したあと、放火された神社と、その地域周辺を調査するために、また戻らなければならないと考えていた。
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