★side fiction/森山猫劇場 第30話
パラレルワールド。
物理学の考え方のひとつに、パラレルワールドというものがある。
宇宙が生成されたビッグバンの瞬間に、正物質と反物質がほぼ同数出現し、相互に反応してほとんどの物質は消滅した。ただし、正物質と反物質との間に微妙な量のゆらぎがあり、正物質の方がわずかに多く、その残りがこの宇宙を構成する物質となり、そのため現在の既知宇宙は、ほぼ全ての天体が正物質で構成されている。
だから、正物質と反物質のバランスの異なる世界、つまり時間としては同時平行している世界も存在しているという仮説がある。
・異界はパラレルワールドのひとつと考えることもできる。
8月21日の世界が無数に存在していて、人の意識や記憶された心だけがあらわれる世界がある。平行世界の外界に戻れなければ、心が消滅することになる。
聡が柴崎教授の自意識を、外界とパラレルワールドの狭間の世界である異界から、さらにバランスの異なるパラレルワールドに意識が持っていかれる前に、異界と外界を渡る力がある紫クダキツネに移しかえることで確保したので、柴崎教授の自意識の消滅はまぬがれた。
陰陽師の香織の法術による結界が解かれ、柴崎教授の自意識がない肉体が、外界の光崎家の庭園に召喚されて出現したともいえる。
結界以外にもパラレルワールドの異界が出現するケースがある。
巫女の血統を受け継いでいる家系に生まれた生粋の退魔師は、依頼者の意識と記憶が迷い込んでいるパラレルワールドへ、白昼夢をみるようにして出現した。
霊障で悩まされている依頼者の男性が8月21日、神社へお祓いを依頼した。
社殿にて儀式が始まる。
祓詞が奏上され、次に祝詞の奏上が行われる。
神主が奏上を行っているときは頭を下げた状態で静かに聞き入るのがマナー。
次に、巫女がお神楽を舞う。これは神様への感謝の意味と、楽しんでもらうために行われる。
舞が終わると玉串を拝礼し、依頼者は、おふだを拝受して終了。
その時に、巫女はパラレルワールドに自意識と記憶の姿であらわれる。彼女の心だけが生成された異界にいるが、現実の外界では彼女の肉体はお神楽を舞っている。
依頼者の妄想や記憶から生成されている異界から現実の外界へ影響を与えているモノを巫女は「退散」つまり、もっとバランスの異なる
依頼者の男性は祟られている。
手口は彼のパソコンの中の「お楽しみ」フォルダに、彼に見立てたアニメのスーツ姿のフィギュアをバラバラにされていて、顔を
編集ソフトで音声変換された声色の棒読みで、死ねと早口で108回連呼されて、フィギュアの顔は溶かし潰されて、不気味な短い動画が終わる。
その動画を見てから、ひどく体調を崩して、病院へ行った。内科で血液検査をしても原因がよくわからない。そのつち眠ろうとすると、死ねと呪うあの声が幻聴で聞こえてくるようになった。
誰かに恨まれるようなことは、身におぼえがないと依頼者の中年男性は、神主に話していたが、巫女の
悪い悪戯だと思い、動画は気味が悪いのですぐに消去した。しかし男性に影響が出た。
異界でも巫女装束の花純は、右手に
その
彼女は
闇に浮かび上がって見えるのは、2m以上はある赤銅色の
「縛!」
左手から金色の光のような金剛綱が放たれ、鬼をがんじがらめにしていく。
ぐげぇ、と締めつけられて両膝をついた鬼の顔は、依頼者の中年男性によく似ている。
「……最低」
金剛綱の端を握った花純に、男性がわざと隠して言わなかった記憶と、彼を呪った人の記憶が伝わってきた。
彼の地元では有名な心霊スポットの山沿いのトンネルへ誘い出し、大学生デート嬢に置き去りにされたくなかったら、やらせろと煙草を女性に投げつけて脅した。
その時についた火傷の痕は、まだ消えていない。
男性は自分の車の車内で、怯えきったデート嬢に、肉欲をぶちまけた。
それから、彼女の在籍する大学や住所を所持品から確認して、デート代で貢いだ分は楽しませてもらうと、彼女の暮らす一人暮らしの部屋に押しかけた。
ベッドの上のぐったりしている彼女の姿を無断でスマートフォンで撮影して、パソコンのアダルト動画を集めた「お楽しみ」フォルダに転送して記録した。
彼女の乳房や内腿に煙草の火を押しつけ、泣きながら部屋で叫ぶことも怯えてできず、声を殺して耐えている様子の動画も、笑いながら男性は撮影していた。
彼女は、世の中の男性のことが全員、怖ろしくなった。
大学は退学して、実家の自宅に引きこもり、ネットから男性がどこの誰なのかを特定。彼のパソコンに、呪いの動画をウイルスつきで送りつけた。
花純と同年代の女性に酷いことをしておきながら、自業自得で霊障が起きると、神社で祓ってもらって助かろうとした男性の所業に吐き気を感じながら、苦悶の表情で
そして、鬼の血管を浮かせて勃っている逸物へ、不動明王の三鈷剣を振り下ろした。
(最低のゲス野郎が心から反省するまでインポになっても、償いにはならないだろうけど)
おふだを拝受する前に、叫び声を上げて依頼者は立ち上がった。
激痛を感じ手で股間のあたりを押さえながら、小走りで「ゲス野郎」の依頼者は、神社から必死に逃げ出した。
「……花純、また神社の評判が悪くなるではないか」
父親の初老の神主がため息をついて文句を言うのを、花純は朗らかな笑顔を向けて聞き流した。
「鬼の首を斬り落とせば良かったであろうに。そうすれば悪い噂が流れることもないものを」
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