side fiction /森山猫劇場 第23話

 光崎家の秘密を聡は美優から聞いていて、魔導書グリモワールが聡に伝えてきている情報が同時にあった。


 柴崎教授の肉体を、本人の意思とは関係なく操る秘術まで使う術者の香織は、力の代償として早死にするぐらい求めても足りない激しい発情に悩まされている、と。


 虜にされた男性を交情と荒淫の果てに、最後には死に至らしめる魔性の女性の一族。

 それが光崎一族の秘密だった。


 今、ベッドで並んで座っている美優も光崎一族の女性で、母親の香織の淫らな乱れっぷりは、光崎一族の女性が持つ宿痾しゅくあだと感じている。

 それを自分も受け入れることになるかもしれないという恐怖や、嫌悪感があることを聡に美優は打ち明けた。


 たしかに、最近、聡は香織に求められるままに交わり続けていて、性欲がどんどん増していることが自分でもわかる。


 美優も聡が邸宅を訪れ、また香織の虜になって荒淫の日々に身を任せているのがわかってからは、自分の性欲が強くなっているのを自覚していた。


「私、なんだか、こわいの。聡くんが今のままだと衰弱して死んでしまうんじゃないかって心配で」


 ベッドに腰をおろし、目を伏せて話す美優の唇がすごく艶かしい気がして、聡は胸が高鳴っていた。


 これが光崎一族の女性が持つ魅了の力なのか、ただ聡の体のことを心配してくれている美優にときめいてしまっているのか、聡は魔導書グリモワールに心の中で問いかけてみるが返答はない。


「……聡くん、お母様や私のことを気持ち悪いと思ったでしょ?」

「そんなことないよ」


 聡のほうが、美優にメイドのメイリンとセックスしなくちゃいけないと言って、美優に軽蔑されそうだと思っていた。


 見つめ合う聡と美優。

 美優が瞳を閉じる。


(これは、今、美優ちゃんが、僕からキスしてくるを待ってるのかっ?!)


 聡が美優の肩のあたりに手をのせても、美優は目を閉じている。


「……ごめん、美優ちゃん、今はまだ、僕は……その」

「……じなし」

「ん?」

「聡くんのバカ、いくじなし!」


 美優が目を開いて、聡の胸のあたりを思いっきり突飛ばした。

 怒ったあと、両手で顔を隠すようにしてうつむいて泣き出した美優の聡が肩にふれると、激しく振り払われた。


 聡は泣いている美優に、どんなふうに話しかけたらいいかわからずに、とまどっている。


 聡としては、まだ、香織さんともつきあっているのに、美優とキスしたらダメな気がした。


「部屋から出てって」

「……うん」


 聡が部屋から出て行ったあと、泣きながら、美優はベッドに寝そべり体を丸めた。


(やれやれ、聡は困ったやつだ)


 天井のあたりで気配を隠して、二人の様子をうかがっていた紫クダキツネの柴崎教授は、ゆっくりと泣いている美優の頬の上に舞い降りた。


「……ねぇ、もふもふ、私、聡くんにふられちゃった」


 手のひらでふわふわの毛玉を撫でながら美優が涙声で、えぐえぐと震えながら言った。


「どうしたらいいんだろう」


 思わず悩みすぎて、聡の口から、考えていることがひとりごとになって出てしまう。


 その時、自室に戻る途中の聡と、ちょうど階段を上がってくるメイドのメイリンの目が合った。

 メイリンが軽く会釈をして、聡が階段を下りても大丈夫なように、端に身を寄せて立った。


(うわっ、なんか気まずいところを見られた)


 聡は一瞬その場で動きが止まってしまい、そう思った。

 メイリンが聡の落ち込んだ顔を見ても無表情なのに気づいて、自室へ逃げ込んだ。


 香織はその時、陰陽師として敵の怨霊と対峙していた。

 本堂から離れた呪符を四方に貼った小さな仏堂で、怯えて身をひそめている若い芸能人のアイドル女優を護っていた。


 うおおおん。

 うおおおん。

 うおおおおおん。

 巨大な人の顔だけが浮かんで、何かを叫んでいる。

 目が香織をにらみつけているが、巫女装束の香織の口元には微笑が浮かんでいる。

 低い不気味な叫び声は、狙われた若い芸能人のアイドル女優と香織にしか聞こえていない。


 本堂では、僧侶たちが並んで、不動明王像の前で護摩木を焚きながら、汗だくで一心不乱に読経している。


 熱愛報道をスクープされた若い女性アイドル女優の顔に、三日間で急激に、たくさんのできものができた。

 熱烈なファンの中には、妄想でそのアイドル女優は自分の恋人だと本気で信じ込んでいる厄介な者がいた。

 だから、熱愛報道のスクープに対して彼女を恨み、ファンレターを呪詛をかける道具にして芸能事務所送りつけていた。

 批難中傷に負けずにがんばって下さいというファンレターの文面を読んだ彼女は、ちょっとだけ感動した。

 しかし、デビューしたての頃のようにファンレターへの返事を彼女は出さなかった。


「滅!」


 香織はそう叫ぶと、不気味な巨大な歪んだ顔へ手のなかにあった数珠玉を投げつけた。


 説得できるようなモノではなく、強引に祓うしかない。


「ああっ!」


 小さな仏堂の中から驚く声。四隅に塩が盛られた中心で、顔のできものが、乾いた泥のようにボロボロと剥がれ落ち始めたからだ。


 呪詛を行っておきながら、自宅でにやにやとパソコンでネットゲーム実況をしていた少女の顔が、全身を襲った焼かれたような激しい痛みに歪む。


 香織の呪詛返しは成功した。

 引退した方が無難、一度でも祟られたら、祟られやすくなると彼女に伝えて下さいと住職へ言うと香織は護ったアイドル女優とは顔を合わせないように気をつけて、厄落としで有名な寺院から立ち去った。


(最近、こんな依頼が多くて困るわ、まったく!)


 報酬はしっかりもらうが、厄をもらって帰るわけにはいかない。





















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