side fiction /森山猫劇場 第21話

 8月13日。

 運命の選択は聡に、このまま8月末を無事に迎えたいという望みを裏切る決断を求めてきた。



 13日の早朝、聡は目が覚めて何をしなければ「残念」になるか夢の内容でわかった。


 書斎に隠れている紫クダキツネの柴崎教授に、ループからの脱却を目指していることや、魔導書グリモワールに自分が忘れているループした過去の蓄積した情報が隠されていて、お告げのように、聡が何をしなければ「残念」になるか夢の内容で示唆することがあるのを打ち明けた。


(で、了承をもらいにきたと)


 聡がうなずいて、手のひらの上の毛玉を見つめていた。


(ループはともかく、私の体を奪い返す方法はわかったということだな。とりあえず、その前にしておくことがある)


 深夜、寝室で眠っている香織さんに柴崎教授の呪術が発動する。

 香織さんの寝室に、美優ちゃんを催眠状態で行かせ、香織さんが法術で術を強引に破れば、美優ちゃんがダメージを受けるように依代よりしろとして使うというものだった。

 紫クダキツネの柴崎教授が、美優ちゃんを「狐憑き」にするために体内に侵入する必要がある。


 聡が口移しで、つまり美優に、紫クダキツネをふくんだ状態で、キスをする。


 柴崎教授は命がけの大勝負を、美優ちゃんを巻き込んでやらかすという。聡が解放した自分の体で香織さんに勝負を仕掛けても、無駄に消滅させられるだけ。


「僕は美優ちゃんを、危険な勝負なんかに巻き込みたくない」


(ならば、君の頼みを私は了承することはない。君が何回もループして、うまく同じ状況になれば、また同じ決断をするだけだ。今、ここで決断するのと、苦労してこの先で決断するかのちがいでしかない)


 聡が夢で知った運命の選択は、生きた肉人形メイリンとなった柴崎教授の肉体と性交をして、愛蜜と精液の混ざった粘液を背中の呪符じゅふに塗って剥がして力を失わせるというもの。

 ただ呪符を剥がすだけではダメで、柴崎教授の自意識を肉体に戻すことが夢でみた条件だった。


 柴崎教授は、美優ちゃんを依代にして、香織さんと勝負してからでなければ、自分の肉体に戻るために協力しないという交換条件を出してきた。


 これは聡がみた夢ではわからなかった内容だった。


「柴崎教授、美優ちゃんを使って何をするつもりなんですか?」


(終わったらわかる。今、何をするのかは話せない。もしも、魔導書グリモワールが知れば、君にループの繰り返しをさせて、妨害しかねないから)


魔導書グリモワールが妨害するって、どういうことですか、それは?」


(それとも、君が口移しをしないで、ちゃんとあの子に事情を説明して、協力してもらえるのか?)


 聡はそれを言われると、かなり困ってしまう。香織さんとセックスする条件も、話していたら反対されていた気がする。メイドのメイリン、つまり柴崎教授の心はないとはいえ柴崎教授とセックスするのも、きっと美優ちゃんは嫌がる。


(君は何度でも繰り返せるが、私は、一度きりの選択しか与えられていない。不公平な話だが、私にしかできないことがある。夕方になったら呼んで起こしてくれ。私は眠っておくから。聡、いい返事を期待しているよ)


 ふわふわと漂って、並べられた本と本棚の隙間に、紫色の毛玉はすっぼりと入り込んでしまった。

 気配を消して隠れられたら、聡はもうなかなか紫クダキツネを見つけられない。


 聡の想像できていない美優の気持ちを、柴崎教授は想像できる人だった。


 聡と関係して、他の女性に対しては、ひどく嫉妬して残酷な母親の香織に、美優なりに思うところがある。


 そして、聡を好きという気持ちだけは、世界で誰にも負けないという強い信念があることも。


 書斎を出て、聡は自室でパジャマから着替えて、1階の食堂へ行った。


「オハヨウゴザイマス。モウスコシデ、チョウショクノ、オジカンニナリマス。モウシバラク、オマチクダサイ」


 今夜、この無機質な話し方をするメイドのメイリンとするのかと聡は考えると、彼女と目が合わせられない。


 美優に聡の知っていることを全部打ち明けて、相談してみるか。

 それとも、強引にキスをするか。

 いや、これは無理すぎる。


 なにもしないで、ループすることを選ぶのか。

 ここまで、がんばってきたのにそれはつらい。


 メイドのメイリンが朝食を並べていく手や、テーブルの上に並んだ朝食のトーストやサラダをながめながら、聡は悩んでいた。


 香織さんにメイリンとしなければならなくなったと言ったら、どんな顔をするかも聡は思い浮かべてしまい、ゾクッと背筋に冷たいものが走った。








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