side fiction/ 森山猫劇場 第18話
「うわっ、なんだ!」
聡が突然、本を手から落とし、声を上げて、ソファーから立ち上がった。
隣に腰を下ろしている美優は、驚いて聡の顔を見上げた。
聡が一瞬にして、混乱したのはなぜか美優にはわからない。
「え、聡くん、大丈夫?」
立ち上がったあとしゃがみこんだ聡のひどく青ざめている聡に、美優は思わず声をかけて、背中に手をそえて、さすっていた。
(あれつ、前にもこんなことがあったかも)
美優は聡をソファーに寝かせるようにした。
小さなうめき声を出しながら、聡が苦悶の表情を浮かべて、うなされながら瞳を閉じている。
(ああ、子供の頃に聡くんが子供部屋で倒れて……たしか、その時は、お母様を呼びに行ったはず)
この時、柴崎教授が庭から外界へ突破するか、撤退して、光崎邸へ引き返すかを考えながら、厄介なものと戦っていたのだが、聡と美優は知るよしもない。
(ふむ、すごいな、これほどまでとは思わなかった。
「急急如律令!」
柴崎教授は、のびて迫ってくる木の枝に向かって叫ぶ。
コトリバコや七人ミサキにさえ対応している宮司や住職も、
柴崎教授を枝をのばして引きずり込もうとしている雑木林を、伏せ目になって見据えながら、パンッと手を打ち鳴らす。
すると、柴崎教授を中心とした風の渦が、葉もない尖った長い指のような枝の群れを切り払う。
柴崎家はクダ使いの家系と呼ばれている。
酔っぱらいが、人にとりとめもないことや不平などをくどくど言ってからむことを「くだを巻く」というが、柴崎教授のクダはそのクダではない。
別名は飯縄使いとも書く。
イヅナ、または、エヅナと呼ばれる術者にしか見えない霊的な小動物を駆使し、託宣や占いなど、さまざまな法術を行ったと伝えられている。
(光崎家の香織夫人、とんだ食わせものだった。とはいえ、こっちも
光崎邸の敷地には、呪術による仕掛けが施されていて、侵入することはたやすいが、見えざる力を持つ術者は祟られたあと、現実の外界へ逃がされてくたばる。
香織は聡をつまみ食いしたかもしれない柴崎教授を、さらに深い悪夢へ引きずりこんで、洗いざらい全部吐かせて、泣いてあやまらせなければ気が済まない。
相手が気づかないうちに祟っておいて、ある日突然、そっと知らないところでくたばるなんて、なまやさしいやり方で済ませる気が失せたのは、聡を調査の助手として使いたいと、柴崎教授から聞いた瞬間だった。
どんな術者か知らないけれど、いざとなったら術者の身代わりにして難を逃れるために「私の大切な聡くん」の命を利用させるつもりは、隠れ術者の香織にはない。
先日、聡と雑木林で野外セックスしていたのは、庭の見えざる仕掛けを、
この柴崎教授が直面している危険な状況は、
彼女自身の行いが原因の自業自得といったところ。
光崎家が没落せずに名家の地位を維持し続けている裏には、平安時代に、藤原道長への呪詛を安倍晴明に阻まれて、京の都を追われた敗者と伝えられる術師、
権力者は表向きには逆らった者は排斥したように見せかけて、利用できると判断したものは密かに生かし、取り込んで、利用しようとしてきた。
キャンプの夜に彼女が大胆な夜這いをかけたのは、酔っぱらいすぎた柴崎教授の使役しているクダキツネが、聡に興味を持って悪戯したからだ。
とはいえ、柴崎教授の気持ちのなかにも、聡を自分の後継者にしてみたいという興味があったからである。
婿にして柴崎家を継がせることも柴崎教授は考えている。
術者はあまり子宝に恵まれない傾向がある。
クダキツネもこんなところで、人の嫉妬に巻き込まれて、お祓いされたくないらしい。
元使役主の柴崎教授を手土産にするという条件で、
クダキツネが、きゃあきゃあ騒いで、聡の意識に強制的に同調してきたので、聡はクダキツネの記憶が流れ込んできて、体調を崩したのだった。
もし、光崎公彦がこの日に邸宅へ帰宅しようとしていたとしたらと仮定すると、
現実の外界と、深い意識の世界の狭間に生成された「異界」が光崎邸の庭で発生していて、密かに修羅場と化しているのだった。
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