side fiction /森山猫劇場 第11話

 香織さんが庭で、夏の夜に、子供たちのために手持ち花火をしてくれたことがある。

 美優は、子供の頃の思い出を忘れていない。

 夏の山へキャンプに行くのは、美優が初めての手持ち花火をした時のように、ちょっとこわいのかもしれない。


「花火、聡くんも、いっしょにやるよね……ねぇ、やるよね?」

「……えっ、うん、やるよ」


「花火は火を使うから、危ないから大人と一緒じゃないとダメ」と香織さんから聞かされて、初めての花火を、聡と美優は、ちょっとこわがっていた。


 柴崎教授のキャンプに誘われる今回のループの展開は、柴崎教授が女性になっていたことよりも、聡には驚きの展開だった。


 7月20日。

 柴崎教授が運転する四輪駆動のワゴン車に、キャンプ用品などの荷物を詰め込み、待ち合わせた大学のキャンパスから出発した。

 キャンプ用品の提供は登山部から拝借してきたと言って、柴崎教授はごきげんで運転していた。

 天気も快晴。

 これは調査ではなく、本当に山へ遊びに行くだけなのかと思ってしまいそうになる。


「あ、そうそう、途中でトイレ休憩で、お寺に寄るから」


 聡と美優は、後部座席で思わず顔を見合せる。


 駐車場から車を降りると小さなトンネルを通って、寺の敷地の中に入る。


「ここは四国八十八箇所にならって石仏があって、ここに来れば、わざわざお遍路さんにならなくても、八十八箇所巡りをしたと同様の功徳が得られてしまうという寺なんだぞ」


 柴崎教授は、聡と美優が石仏探しをして歩いているあいだに、寺に上がりこみ、住職さんと何やら話し込んでいた。


「あの寺は地元では幽霊寺と呼ばれている。テレビ番組で心霊写真の供養をしていると紹介されてから、そう呼ばれているそうだ」


 これは民族学の調査なのか、それとも、きもだめしなのか。

 運転しながら柴崎教授は、住職さんから聞き出した寺が幽霊寺という呼ばれかたになった理由を、楽しげに話して聞かせた。


 こうして3人は、S県某所の山中にあるキャンプ場に到着した。


「柴崎教授、ここには怪しい噂なんてない……ですよね?」


 すると、柴崎教授は爽やかな笑みを浮かべながら、美優にこう答えた。


「ここにはない」


 美優がほっとした表情で、車内からバーベキューセットを運び出して、夕食の準備を始める。


(それは、つまり他のところには噂があって、ここは条件が似ていて、怪しい噂があってもおかしくはないってことじゃないのか?)


 聡はそう思いながらも、美優の手伝いや、テントの準備をしなければならず、柴崎教授に質問するチャンスが見つからない。


「大きめのテントは、私と光崎で二人で使う。小さめのテントは、君が一人で使えばいい。君は贅沢だな」


 指示を出しながら、柴崎教授はキャンプに手慣れているのか、てきぱきと宿泊準備を進めている。


 キャンプ用テーブルに炭火で焼いたあれこれを並べて、クーラーボックスで氷と一緒に冷やしておいた口当たりの良いらしい350ml缶チューハイを、ごきげんな柴崎教授が飲み始めて、聡はようやく落ち着いた。

 聡と美優はキャンプ初体験。

 柴崎教授は人をうまく使うのが得意なようだ。

 聡は烏龍茶でよく焼けたウインナーを、ごくりと飲み込んだ。


「よし、そろそろ気分を出そう」


 柴崎教授は、焚き火の前にキャンプ用の椅子を3人分並べた。

 この時、すでに美優はほろ酔いになっていて、少し緊張もあってくたびれたのか、眠たそうな表情を浮かべている。

 あたりは山中なので、民家の明かりはなく、かなり暗い。


 大学の登山部で、熊などを警戒して、ひとりだけ見張りをすることにした。テントの外で、焚き火を、夜通し燃やし続けることにした。

 ひとりで2時間ほど見張りのあと、交代して寝る。


「真夜中に、焚き火のそばに若い女性があらわれた。見張りをしていた登山部員は、話しでもしませんかと言われて、何もおかしいと思わずに、あらわれたその若い女性のために、私たちのように椅子を用意してやったらしい」


 柴崎教授はそう言って、わざとらしくあたりを見渡してから、怪談話を続けた。


「若い女性の服装は、登山へ来るような服装ではなかった。それが白い服だったのか、赤い服だったのか、登山部員はあとからは思い出せなかったらしい。ただし、話しているうちに、目の前の女性の服装が何かおかしいと思ったらしい。その時、その登山部員に交代の見張りに来た先輩部員が近づいてきて言った。お前、さっきから誰と話してたんだ、と。そこで、ハッとして先輩部員を見てから、若い女性が腰を下ろしていたはずの椅子には、誰もいなくなっていた。先輩部員が見張りの部員以外に、クスクスと笑う声や話す女性の声が外からしたので、交代時間には少し早かったが、テントから出てきて、見張りの部員に声をかけたというわけだ」


「……柴崎教授、それって幽霊だったんですか?」


 美優はうつらうつらとしながら、柴崎教授の怪談話の途中で居眠りしていたようだったのに、話が終わる頃には目を覚まして、柴崎教授に質問した。


「さて、どうだろうな。あらわれた時は違和感を感じない。消えたあとは、覚えているはずの事が思い出せないという特徴がある」


 話を終えた柴崎教授はあくびをしたあと、美優を連れて、大きめのテントの中へ入っていく。


 聡は柴崎教授から、火の始末を頼まれて、焚き火の前で残っていた。


 聡が、しばらくのあいだ、火をじっと見つめて、柴崎教授の怪談話は、何についての情報なのかを考えていた。







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