side fiction /森山猫劇場 第9話
7月5日。
公彦さんの書斎の蔵書を、聡くんと一緒に調べている。
書斎に今まで入ろうとはしなかった。入ってみたいと思ったことはなかった。
典子お母様も、父の書斎には使用人たちが清掃しなくてもいいと命じて、立入禁止にしていた。
聡くんが気絶していた時、子供部屋には、赤い革表紙の分厚い本はなかったと思う。
泣きながら美優が呼びに来たのでかなり動揺していたから、はっきり、そんな本はなかったと言い切る自信はない。
夫の公彦が催眠術を施し、書斎に興味を持たない暗示をかけたのではないかというのが、聡くんの考えだ。
書斎には、館の主人しか入ってはいけない。
その理由を知ることになるとは思ってもいなかった。
「香織さん、気分は悪くない?」
「ええ、何も……大丈夫」
気がついた時は、聡くんの部屋のベッドの上だった。気絶したので聡くんが自分の部屋に運んでくれたらしい。
(どうして、あんな悪夢をみたのかしら?)
「まだ起き上がらないで、まだ寝てたほうがいいよ。昼食は僕が作る。できたら呼びにくるから」
「……はい、ごめんなさい」
気絶していた時にみた悪夢を思い出したら、めまいを感じた。
聡くんには悪いけれど、休ませてもらうことにした。
聡くんは、サンドイッチを作って部屋に運んでくれた。
ベッドで身を起こして、サンドイッチを食べた。聡くんを手招きして、ベッドの端に腰を下ろさせて一緒に食べてみた。
食事を終えると、皿やティーポットなどは、聡くんの机の上に置きっぱなしで、セックスはしながったが、聡くんは優しく抱きしめてくれた。
どんな悪夢をみたのか。聡くんに、全部話す必要がなかった。
もう大丈夫だからと、聡くんは背中をさすってくれて言った。
子供の頃に美優は書斎から、聡くんの探している本を子供部屋に持ってきたと言っていた。
子供だった美優は、書斎で気絶したり、悪夢に
どちらにしても、もう書斎には近づかないでおくことに決めた。
美優が夕方、大学から帰宅する頃には、いつも通り、一階の厨房のキッチンで夕食を用意できるようになっていた。
「私も手伝う。キャベツを千切りにすればいい?」
今夜はトンカツとサラダ。
昼間、ツナサンドとタマゴサンドを作ってもらった。食べていて、トンカツサンドも食べたいと思ったので、トンカツを揚げてみた。
夕食を台車に乗せて食堂のテーブルに並べ終える。
2階の自室にいる聡くんを美優は呼びに行った。
二人で食事をする時には、美優はこんなに笑ったり、明るくおしゃべりをしない。
聡くんは美優の大学の生活に興味があるからと、美優の話すことにうなずきながら聞いている。
9月を迎えることができるかわからないので、それ以上、先のことはまだ考えられない。
昼間、そう言った時のさみしそうな表情は、聡くんは美優に見せないようにしているようだ。
数年前、女子校に通う美優は同級生からいじめを受けていたことは聡くんに話してある。
それを知って、担任や生徒指導の教師に相談したが、私立のお嬢様学校は体面を気にして隠蔽しようとしてきた。
結局、夫の公彦がさまざまな人脈を使って教育委員会まで動かし、校長に詰め寄った。
校長はいじめの事実を認め、加害者の生徒を、無期停学の処分とした。
それ以降、いじめられることなく美優は卒業することができた。
でも、美優はそのことがあって、あまり笑顔を見せたり、明るく話すことがなくなった。
そんな美優が、聡くんには、笑顔であれこれと話しているのを、ながめているだけで気分がいい。
美優の通う大学は、坂口仁教授が在籍していた大学なので、聡くんは美優に、坂口仁教授の研究資料を見せてくれそうな人物を紹介してもらえるように探してもらっていたらしい。
「ちょっと変わった研究をしていたらしいの。世界中の風習とか、宗教の儀式とかを研究してた人みたい」
「民族学かな?」
「そう、それ。坂口教授の息子さんなら、資料を見たければいつでも来て下さいって」
「じゃあ、美優ちゃん、その人の研究室に、大学を案内して、僕を連れて行ってくれないか?」
「ん~、でも、なんかこわくて。変なお面とかも飾ってあったし」
「たしかに見たことない人には、不気味な感じかもしれないね」
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