side fiction /森山猫劇場 第8話

「そのグリなんとかって力を使わなくても、私は聡くんが積極的に迫られたら、大好きだから拒みきれなくて、きっと抱かれてたわ」


 世界の秘密を、聡が香織さんに打ち明けた。

 しばらくして、泣いて気持ちが落ち着いたらしかった。

 そして、聡に恥ずかしそうに小声になりながら、香織さんが言った。


 聡から催眠の力を人に与える魔導書グリモワールの存在と、この邸宅の書斎に所蔵されていたのを、幼い頃の美優が発見したことを香織さんは聞いて、気がついたことがあった。


「その不思議な本の持ち主は、公彦さんだった。聡くんが私を抱くためにその本の力を使ったなら、公彦さんも自分のために本の力を使ったことがあったのかも」


 精神科医の公彦は、光崎家へ婿養子に来た人物だという。同じ光崎姓だが、香織の家は本家で、公彦の家は分家。

 香織の両親に気に入られ、公彦は婿養子と決められ、香織の夫になった。


「公彦さんの実家や親戚の人たちには、お医者様や弁護士の人たちが多いらしくて、病院の設備費やいろいろ資金援助したけれど、それは公彦さん自身の財産というより、私の亡くなった両親が、私に相続した財産から出したものなの」


 財産狙いで、香織さんと結婚した公彦さんは、本家の財産を手に入れたあと、美優ちゃんが生まれてから日本にあまりいなくなった。

 今も海外へ出かけて、邸宅へ戻っていない。

 その理由は、聡が今のところ正解の選択をしているから。

 貞淑で夫の愛情を信じきっている香織さんが、魔導書の催眠で、公彦さんによって性格を変えられたのだとしたら?


魔導書グリモワールを何か手放したい理由があって、坂口教授と恵子さんに渡した。公彦さんはどうして聡くんがそれを持ってるんだって言ったのよね?」


 聡がうなずいた。

 たしかに肩をがっしりつかまれて激しく揺さぶられた。


 聡の養育費と弁護士の里中夫妻への資金援助。

 里中夫妻は、公彦さんの遠縁にあたるのかもしれない。


「聡くんのお父様の坂口教授は、公彦さんとこの光崎家の古文書や歴史を調べていたの」


 世界で起きる全ての出来事は、必然。

 そして過去へさかのぼるループを繰り返している。

 何のためにループを繰り返す?


 光崎家の公彦さんが婿養子という情報を、聡は夢で知っている。

 ただし、それはたしか……。

 香織さんからではなく、美優ちゃんから聞いた情報だったはず。

 それなのに、今、香織さんから聞いている。


 夢で把握した起きる出来事のパターンが変わったということか?


 魔導書グリモワールの催眠で香織さんの欲求不満、夫の公彦さんと理解し合えない不安を癒すように、聡と親密な関係を持った事実とパターンが新しく加えられた。


 それは、8歳から18歳までの間は、魔導書グリモワールの催眠で記憶操作をした。

 世界がループを繰り返すこと。

 光崎家のこと。

 本当の両親のこと。

 過去のループで知った経験の記憶……。

 それらを聡がすっかり忘れるという方法を使用しなければ、19歳の誕生日を迎える前に世界のループが確定してしまうのと同じ。


 新しい試みによって、パターンの変化で最終審判にまた近づいていると、聡は前向きに考えることにした。


(審判者の特権。魔導書グリモワールからの解放)


 聡は魔導書グリモワールの催眠にかかって行動している人を催眠から解放することが、審判者の特権なのではないかと考えた。


 香織さんには魔導書グリモワールによって、性格の変化や考えることを奪う処理が施されていた。


 それを、あとから、香織さんが自分の気持ちで行動して、聡との秘密の関係を隠すという、別の処理が新たに施されて、上書きされてしまった。


 だから、香織さんの性格の変化で作られた貞淑な妻という部分が失われた。


(僕の力は、魔導書グリモワールの催眠の力に似ているけど、ちがう力だったのか。催眠を上書きするって感じなのか?)





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