side fiction /森山猫劇場 第3話

「女ばかりの家で暮らしにくいかもしれないけど、我慢してね」


 もう子供ではない思春期の彼にとっては、女性だけの家は少しやりにくいのではないかと、そこだけを香織は心配していた。


 さとしがこの時、何を考えているのか、香織や美優は想像することができない。


(ここから、慎重に進めないと、また、繰り返しになるからな)


 審判者が19歳になること。

 弁護士夫妻から、聡が19歳になったら、光崎公彦からの手紙を受け取ること。


 それが、封じられている記憶を呼び覚ますために必要な儀式。


 もしも鎌倉の光崎邸へ行かなかったとしたらどうなるのか、聡は知っている。

 

――9月1日は、永遠に、この世界に訪れない。


 6月、7月、8月の3ヶ月で、最終審判が行われる条件が整えられなければ、過去へ戻されて、準備をやり直させられる。


 6月初日から8月末日まで、最終審判の条件を整えるために、聡が鎌倉へ訪れなければならない。


 その初日の天気は、雨が降る。


 必然という言葉がある。

 聡が準備を整えなければ、必ず世界は、9月1日を迎えることができずにさかのぼる。

 それがこの世界の真理なのだ。


 8月の末日に、この邸宅の主人である光崎公彦が帰宅する。

 

「世界の全てを進めるのか、さかのぼらせるのか」


 聡に光崎公彦がこの質問する。

 それまでの聡の言動の過程が一つでも誤っていると「残念だ」と言われ、世界の時は8月末日にループしてしまう。


 今の聡は、世界の全てを進めるのか、遡らせるのかという質問をされると知っている。

 この最終審判の質問を、何度もループを繰り返すうちに、聡は、一度はこの質問を聞いたことがあるということだ。


 部屋に引きこもっていて、眠るたびに「残念」と繰り返されたらさすがにうんざりしてしまう。

 なぜ自分が審判者なのか……。

 こんな責任を背負って、もう生きていたくない。

 自分が自殺したらこのループは終わるのかと何度も試みた記憶まで、聡は鮮明に思い浮かべることができる。

 聡が自殺する直前か直後に、必ず光崎公彦が訪れて「残念」という言葉を聞かされる。

 そのまま命を落としても、生き残っても、光崎公彦に「残念」と宣言されたら世界の全ては、8月末日終了でループしてしまう。


 光崎公彦から最終審判の質問がされる日を目指して、聡は慎重に生活しなければならない。


 全世界の過去の出来事は、8月末日にループするためにだけに用意されている。

 聡の両親が墜落する飛行機に乗ったことも、7歳の聡が光崎公彦に催眠をかけてもらい、19歳までループする世界の記憶を封じてもらったのも、必然の出来事なのだ。


 光崎公彦の催眠による記憶操作を、聡が申し出なかった時に何が起きたのか。

 すると、例外的に7歳の夏休みの最終日に、光崎公彦が「残念」と幼い聡に言う。

 それから聡が何をしても、19歳の8月末日で世界がループすることを知りながら、最終日まで生きていくことになる。


 訪問時に、光崎公彦が待っていて、玄関の大扉が開き「残念」と言い渡されるパターンもある。


 コンビニで安いビニール傘を買わずに、弁護士の里中夫妻と暮らして高校時代から愛用している傘を持参した場合に、このパターンが発生する。

 部屋に引きこもり、何度もベッドで眠り続けて、聡はこの正解を導き出した。


「紅茶のおかわりはいかが?」

「はい、いただきます」


 聡は香織に笑顔を向け、できるだけ落ち着いた口調で答える。

 この紅茶のおかわりを聡が断った途端に、光崎公彦から邸宅の電話へ連絡が入る。

 そして、香織がこう言うのだ。


「聡くん、残念だよと公彦さんが言ってました。成長した聡さんに会いたかったそうですよ」


 運命の分岐点の内容を夢で先に予習できている出来事は、慎重に正解の言動をタイミングを逃さずに、確実、そして慎重に、実行するだけでいい。


 運命の分岐点の出来事だと分かっていても、正解かわかりにくいことがある。

 コンビニでビニール傘が3本売っていた。そのどれが正解の傘なのか、聡はわからないまま、選んで購入した。

 香織の紅茶のおかわりが発生したということは、聡の購入した傘は、正解の傘だったわけだ。

 

 

 


 





 

 

 



 

 


 




 




 



 

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